申し子、休日の過ごし方
連休二日目は、シュカと裏の森へ遊びに行った。
シュカはうれしそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて、草むらに顔を突っ込んでいる。
「シュカー、なにかおもしろいものあったらおしえてねー」
『クー! (わかったのー!)』
「虫とかヘビはいらないからねー」
この国ではそろそろ夏の前の雨期に入るのだという。
今日はしばらく使う分の薬草を、雨が降る前に摘みに来たのだった。
森には獣道よりは太い道が通っており、木漏れ日が降り注いでいる。
あたしは立ち止まり[空読]の魔法を唱えた。
胸の前に水盤のような輪が広がり、半球状に青が映し出される。所々にある雲は刻々と形を変え、薄っすらと紫色の風が渡っていった。
この魔法で見えるのは今の空模様で、これが読めるようになると先の天気が予想できるのだ。
腕のいい天気読み魔法使いは数か月先まで予想したり、ざっくり一年を予想することもあるそうで、どこの領でも引っ張りだこだとか。特に農業がさかんな地域なら、絶対に欲しい人材よね。
でも残念ながらあたしには、現在晴れで森にいる間は晴れているだろう。ということくらいしかわからなかった。凄腕魔法使いまでの道は遠いわ。
『クー! クー!(ユーリ! おいしい実がなってるよ!)』
鳴き声のする方へ行くと、草にまぎれた低い木に黒色のように濃い青紫色の実が生っていた。
シュカはすでに口元を紫色にしてかぶりついている。
こんな雑草みたいな木をよく見つけるわよね。よく見てみれば、近くに同じ木がいくつも実をつけている。
「鑑定」
|ナイトビルベリー|食用可|体によい成分あり
スキル値が上がった鑑定[食物]が微妙な仕事をしている。体によい成分ってざっくりし過ぎじゃない?
[洗浄]の魔法をかけて一つ口に運ぶと、見た目のまんま濃くて甘い。ブルーベリーと巨峰の間のような味だった。
このままにしておいたら雨でダメになるだけだろうから、摘んでいってもいいわよね。
鳥が食べる分を残して、熟していた実だけ摘んだ。
あとはベースになるブルム、アバーブの葉、レイジエの根と、鑑定をかけて体によいと出た葉を数種類をいただいて帰った。
調合液にするほどの量はなかったので、生食分を少し残して、残りは果実水にしてしまう。瓶にナイトビルベリーと[創水]で出した水を入れ、魔冷蔵庫へイン。魔法鞄に入れちゃうと時間経過がないから、魔冷蔵庫へ。明日の朝には美味しく飲めるかな。
回復薬を作ったり『音ってみた』を見たりしていると、そろそろの頃合いになってきた。
夕方、ちょっとだけお洒落なんてして、シュカもブラッシングされてフカフカになって、待ち合わせ場所へと向かう。
着いた場所は『零れ灯亭』。
一番奥の個室に案内されて入れば、ミライヤ、ルーパリニーニャ、リリーの女子たち三人に出迎えられた。
「あ、ユウリが来ましたねぇ」
「おそいぞー!」
「おつかれさまですぅ」
本日、女子会開催。
遅番のルーパリニーニャが休みで、早番のリリーが翌日休みの日に予定を立てたのだ。東門が夜九時に閉まってしまうため、ミライヤはうちにお泊り。宿泊の申請は抜かりなく通っている。
ミライヤと警備女子二人は、お店の人とお客さんの関係で元々知り合い。ルーパリニーニャとリリーはもちろんお互い知ってはいるけど、女子はバラバラに配置されるからじっくり話をしたことがないということで、三人は初の飲みということになる。
あたしもミライヤとしか飲んだことがないから、楽しみだわ。
ミライヤはエール、警備女子はワイン、シュカは果実水と回復液が手元に来たところで、おつかれさまでしたーと会が始まった。
「警備女子の集まりに呼んでいただき、ありがとうございますぅ!」
ミライヤがエールを両手で持ってお辞儀した。いきなりおもしろいんですけど。
ルーパリニーニャは膝にシュカを乗せて、ゴキゲンでワインをあおっている。
「三人しかいないからなー、多い方が楽しいに決まってるよなぁ」
「そうそう、ミライヤ来てくれてありがとー」
「ミライヤさん、よろしくお願いしますね」
おっとりと言うリリーに、ミライヤが首を振った。
「ミライヤでいいです! リリーさん!」
「私もリリーでいいですぅ、ミライヤさん」
白ヤギさん黒ヤギさんが浮かんだのはなぜかしら……。
リリーは上品にワインを飲み、あっと声をあげた。
「いいニュースですぅ。お二人はお休みだったからご存じないと思いますけど、新しい女の方が警備に入ってくるみたいですよ~」
「え、本当?!」「そうなのか?!」「もう一人入ってきたらユウリは辞めて調合に専念できますね……ふふふ」
小さい声でなんか変なのが聞こえた気がする。
「なんでも金竜宮のお掃除の人で、異動を希望したらしいです~。男爵家の四女とかいう噂で」
そうそう、王城内で働いている人は、基本的にお掃除の人まで貴族か元貴族の親族だ。馬丁のルディルですら、子爵の子息。とにかく身元の確かな人しか勤務できない。
近衛団だけ特別に、国軍で五年働いた人も在籍することができるけど、その場合は軍が身元を保証しているということになっているらしい。
その新しく入ってくる男爵家の息女さんは、リリーが見たところしっかりした感じの三十から四十歳くらいだという話だった。
「へぇー、まぁ護衛隊にはそのくらいの女衛士が何人もいるしな。警備にいてもいいよな」「……ユウリの恋のライバル登場でしょうか……」
ルーパリニーニャが言う向いで、やっぱりミライヤが小さくなんか言ってる気がするのよ。
「ミライヤ? なんか言った?」
「いえー、なにも言ってないですよぅ? っていうか、みなさんおいくつです?」
「アタシは十九だぞ」
「私は二十一歳です」
ニーニャ、十代なのね?! この国では十八歳で成人を迎え、お酒が飲めるようになり結婚もできるようになるから、十九で飲んでても問題ないんだけど。
それにしても二人とも若いわね。
そんな若者たちに対して、勝手に後ろ向きなのはピンク髪の調合師。
「……うぅ、みんな若いですね……ユウリも若いですよね……」
「何言ってるのよ、ミライヤの方が若いに決まってるじゃない。言ったことなかったっけ? あたし、二十六よ」
あたしがそう言うと、えええええーーーー?! と三人に叫ばれた。
何よ、二十六歳じゃダメなの?
「ユウリ衛士、同じくらいの年だと思ってました~」
「そうだよなぁ、そんな上だとは思いもしなかったぞ」
「大丈夫です、ユウリ! ワタシ二十四歳ですし、そんなに変わらないです! これからですよぅ」
なんか微妙にチクチクするし、これからなんなのかしら。
次は何食べます? ユウリの好きなものでいいぞ。ってなんとなくみんなが優しいのも解せぬ。
宴もたけなわになってくると、いろんな話が飛び出す。
リリーの家が元男爵家で、魔素大暴風の時に被害が大きくて国に税が納められず、爵位を返上した話は涙を誘った。
リリーも働きに出るしかなく、馬に乗りたかったから国軍の騎馬隊に行きたかったけど、親に反対されて近衛にしたって、そりゃ反対されるわよ。
ミライヤの年ごろの男の人との出会いがないという切実な話も、みんなの涙を誘った。
「近衛団なんて、男の人いっぱいいるじゃないですかぁ! うちなんて、お客さんは疲れてくたびれたおじさまばっかりなんですよ?!」
失礼な。それ、高位文官さんたちよね?
「男がいればいいってもんじゃないぞ。ロクでもないのもいるんだからな」
ルーパリニーニャがそう言うと、あたしもリリーも思いっきり首を縦に振った。
「そうですよ~。今は懲戒免職だとか謹慎処分だとかで、ずいぶんよくなりましたけどね。警備だって嫌な男性はいるんですよ」
「おお、そうだな。結局ロドリコも辞めちまったらしいな。さっぱりしたな! ハハハ!」
あら、槍男を売った本人も辞めちゃったのか。ま、謹慎なんて不名誉な処分を受けたら居ずらいだろうね。
ますますお酒が美味しいわ。
いい人がいたら紹介してほしいとちゃっかり頼んでいるミライヤは、好みのタイプを聞かれてどんなタイプでもいいとか言いつつ「背が高くて細くて優しくてかっこいい人ですかねぇ」とか両手を組んで目をキラキラさせていた。どんな人でもいいって割に、条件多い。
「んー、護衛隊長とかか?」
「駄目です! キール隊長は駄目! 私の王子様だから駄目!」
リリーがドンと机を叩いて、すごい迫力であたしたち三人は引きました。はい。
リリーはああいう正統派な美形さんが好きなのね。
青み帯びたプラチナブロンドに切れ長の目、スマートな物腰。確かに王子様っぽい。って言っても本物の王子様見たことないけど。
「あ、ワタシもキール護衛隊長さん、知ってますよぅ。でも、綺麗すぎません? 美人過ぎてちょっと緊張しちゃうかも」
「アタシもああいう細いのより、ロックデール副団長みたいな男がいいな。やっぱ男はがっちりとして腕っぷしがよくないとな!」
がっちりと腕っぷしがいい男がいい。っていうのには同意する。ロックデール副団長は素敵だし。大人の余裕みたいなのがあるわよ。
「ニーニャさーん、じゃぁ団長さんはどうです? がっちりと腕っぷしもいいですよぅ?」
ミライヤ、そこでなんでニヤニヤしながらあたしを見るの。
あたしはそっぽ向いてワインを飲んだ。あー、美味しい。
このラムチョップも美味しい。
シュカのお皿にも取り分けてあげようと思ったら、ルーパリニーニャの膝の上でもうすっかり丸くなって寝ていた。
「んー、団長かぁ。男爵様、スカしててなぁ。副団長みたいな男の色気っていうか、野性味が足りないんだよな」
「ニーニャ衛士、それ以上にあの顔が怖いですよぅ! 体も大きくて怖いし、団長はないですよ~」
「そ、そんなことない! ……と思うけど……」
ミライヤのニヤニヤが痛いわ……。
「そういうユーリはどういう男がいいんだ? マクディ副隊長と仲いいよな。エクレールともよくしゃべってるし」
「私が他の早番の人に聞いたのは~、国土事象局の長官補佐に口説かれてるとか~」
「モテですか? モテですね? ユウリが憎いですぅ!」
痛い痛い痛い! 笑いながら二の腕叩かないで!
ミライヤとリリーは、すっかりできあがっている。
ニーニャは酔わないでよ。三人運ぶとか無理だから。
「いやいやいやいや。補佐の人はよく知らないし挨拶程度よ? エクレールはまぁちょっと話するけどなんか恐れられてるし、マクディ副隊長は若いのに仕事できる人で割と好きだけど、弟みたいな?」
「じゃ、誰がいいんだよ」
「そうですよー。キール隊長は駄目ですよー」
「さぁさぁ、吐くがいいですぅ」
うわぁ、困った。どうしてこう女子たちは恋バナ的なものが好きなの。若いノリで誰々さんが~とか言える年でもキャラでもないんだけど……。
って言うかね、こんな入ったばっかりで誰がいいも何もないわよ。レオナルド団長以外にそんなによく知らないから!
苦笑しながらのらりくらりしていると、
「大人ぶってるんじゃないですよぅー!」
というミライヤのくすぐり攻撃に落城した。
なんか吐かされて生暖かい目で見られたわよ……。一生の不覚……。
次話 『獅子団長、休日(?)の過ごし方 1』





