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申し子、じわりじわりと

 

「お前はなぜ彼女をあそこに立たせた?」


 レオナルド団長の低い声が聞こえる。ほとんど人が通らない金竜宮の出入り口の方で二人は向かい合っていた。眉間しわ男がガタガタと震えているのが見えている。

 青虎棟へ入ってくる人を考慮して、叱るような声ではないし大きくもないけど、団長の声は通りがいい。

 あたしは「おはようございます」と言いながら入っていく人を見送りつつ、耳をそばだてた。


「……ノ、ノーマン衛士に命令されました!」


 あっさり同僚を売ったわね。


「ほう。そのノーマン衛士はどこにいる?」


「……外の番におります!」


 それを聞いて、レオナルド団長は納品口から外へ出ていってしまった。

 ぴしりと固まったままの眉間しわ男を眺めたりしながら、十五分ほど経ったころ。

 空話具に通信が入った。


『ノーマン衛士、こちらレオナルド。聞こえるか?』


『――は、はっ! レオナルド団長、ノーマン聞こえます!』


『ノーマン衛士、現在地を述べよ』


『――げ、現在、ま、前庭、繋ぎ場付近巡回中でありま…………うわぁぁぁぁっ!!』


 な、何?! うるさい! 通信でわめくのやめてほしい!


『――――マクディ警備副隊長、こちらレオナルド。服務規程違反者、確保。『(こぼ)()亭』まで急行せよ』


『こちらマクディ! 『零れ灯亭』急行の件了解!』


 『零れ灯亭』? 前庭を巡回しているのに、裏の宿泊棟で確保……。

 ――――サボってたってこと?! 他全員が立哨している中、食堂で休憩?! ありえない!!


 中からマクディ警備副隊長が出てきて、早足で駆け抜けていった。通りがかった時にこっちを見て事態を察したのか、がっくりとうなだれたのが見えた。






 今の時間は、本来であれば巡回の時間。なんだけど、臨時でレオナルド団長とマクディ副隊長と、手荷物検査の打ち合わせをする時間の予定になっていた。

 ――――でも、その前にやることがある。

 警備室で身を縮めて座っているマクディ副隊長の前で、あたしは仁王立ちになった。


「ユウリ、ごめんなさい……。ちゃんと言っておいたのに、まさかあいつら命令無視するなんて思ってなくて……」


「確認しないと駄目なんです! 隊長番はもう少し早い上番時間にしないと! 他の配置も時程もあまあまのゆるゆるだし! 人がいないっていう割に無駄が多いんですよ! すぐに変えましょう!」


「ぅえ……でも……俺、副隊長だし……」


 マクディ副隊長は、横に立つ団長をちらりとうかがった。


「マクディ、今はお前が隊長だ。俺が許可する。やってみるといい」


 団長のお許しが出ました!

 あたしはさっそく配置表と地図と時程表を執務机に広げた。


「まず、グループで番に入らせるのではなく、一人につき一番ずつ最初から振り分けるんです。そうすると、他の誰かにやらせるというのはなくなりますし、一番ずつ上番時間の調整ができるから無駄がなくなるはずです。で、まず早朝二番はいらないのでなくしましょう」


「え。いらない?」


「はい。朝の東門の立哨は、納品業者の通行許可証を確認するのが主な仕事ですよね。でも、納品口の中へは四件しか納品業者はきませんでした。外の倉庫に入れる業者がいたとしてもたいしたことないですよね?」


「……言われてみれば、そうかも……。門には左右に一人ずつ就くものだって疑いもしなかったわ……」


「確かに、見栄みばえも必要なんですよ。二人で立って隙を見せず、守りに堅い城だとイメージ付けるのは大事ですけど、それは正門の方でやればいいんです。何かあった時は三番がすぐ近くで立哨していますし、東門は一人で大丈夫だと思います」


 そう言い切ると、マクディ副隊長は目を輝かせて新しい配置表を書き始めた。


「ってことは、単純に一人減らせるってことだよなぁ?! すげー! 団長、ノーマンはクビにしても大丈夫です!」


「そうか。では懲戒免職の手続きを行おう。もう一人はどうする? 本人は脅された、言わされたって言っているが」


「ロドリコ衛士か……。でも持ち場を勝手に変えて、新人に不当な扱いをしたわけですし、懲戒は必要だと思います」


「では、そちらも手続きしよう。二か月の謹慎と、その後半年の減俸程度でいいだろう。配置する人員は大丈夫か?」


 レオナルド団長の問いに、あたしはうなずいた。


「大丈夫です。配置する人数は確実に減ります」


「わかった。ではユウリ、頼んだぞ」


 そう言って、レオナルド団長はシュカを抱えたまま出ていった。

 人員が二人減ることが確定。早急に変えてしまわないと。


「マクディ副隊長、今日中に時程考えちゃいましょうね。明日は……無理かな。明後日までには変更しましょう。基本の早朝番、朝番、昼番、夜番はかわらないので、そんなに混乱はないと思います」


「ユウリー! 頼りになるー!! そーだな、とっとと変えよう」


「そうそう、あと、青虎棟正面玄関の外の立哨もいらないです」


「ん、やっぱ、二人もいらないか」


「いえ、一人もいらないです」


「え」


「だって玄関の中に、出入り監視の警備がいるじゃないですか。正門に二人いるし、巡回者もいるし、外はいなくても問題ないですよ」


「……王城の正面玄関に警備を置かないとか、容赦ねぇ……」


「一応、正面玄関立哨と巡回を組み合わせた番を用意しておいて、人が足りない時には抜ける番にしておけば使いやすいと思うんですけど、どうですか?」


「……素晴らしいっす! 師匠!」


 誰が師匠よ。もう、副隊長ったら調子がいい。

 こんな感じで見栄えに目をつぶって削って整理して、二時間後には仮の時程表ができあがった。一日に必要な人員は五人も削れた。青虎棟正面玄関の番も無くせば九人。

 これで人が足りないとか、どの口が言ってたのよ。

 うん。――――これなら()()()()()()()退()()()()()()()()


「これでだいぶ余裕ができますね。休みの日数も増やせますし、急な欠勤にも耐えられると思います。あたしが警備やらなくても大丈夫です」


「師匠! 見捨てないで!」


「ふふふ。冗談ですよ。女性が入ってくるまでって約束ですからね」


 あたしはニヤニヤしながら、チキンサンドにかぶりついた。食事も取らずに作業に熱中してしていたところへ、レオナルド団長が差し入れしてくれたのよ。

 丸パンにグリルチキンとレタスをはさんだだけのサンド。こういう忙しい時は手軽に食べられて助かる。きっと忙しい文官さんでも仕事の合間にさっと食べやすいように、作ってあるのだろう。

 となりでシュカはお弁当をはぐはぐ(『やっぱりユーリのふわふわオムレツが一番なの。ケチャップも合うの』)と食べている。

 それをレオナルド団長とマクディ副隊長は微妙な顔で見ながら、チキンサンドをかじっている。


「……狐、口がすごいことになってるよ……? それ美味いの?」


『クー! (おいしいよ!)』


 トマトケチャップ、見た目がちょっとアレかしらね……。

 瓶を取り出して、チキンサンドにちょっとかけてみる。ん、美味しい。塩味だけのチキンが華やかな味になる。鶏肉とトマトも合うわよね。

 ふと前を見ると団長と副隊長がじっとこっちを見ていた。


「――よかったら、かけます? トマトのソースなんですけど」


 ケチャップの入った瓶を、スプーンごと勧める。


「いただきます!」


「ありがとう。いただこう」


 ふたりとも慎重に少しだけかけていた。見た目の鮮やかさに恐る恐るなんだろうけど、元々塩味が付いてるから、それで正解。

 二人の目が見開き、さらにもう一口もう一口と食べ進めている。


「ウマー! 狐、コレもウマイな?! お前、ウマイものばっか食ってるんだな?!」


『クークー。(そうなの。ユウリのごはんおいしいの。マクしゃんよくわかってるの)』


「美味いな……。うちの領の煮込みに似ている」


 いやいや、あのペスカトーレにはかなわないですよ。新鮮な魚介の煮込みおいしかったなぁ。


「これはケチャップって言うんですけど、トマトと野菜を煮込んで作ったソースになります」


 気に入ってもらえたみたいなので、お昼に食べるつもりだったお弁当も出すと、二人の顔が輝いた。

 眩しい黄色のオムレツの上に、真っ赤な波線を描くケチャップ。この鮮やかな色彩は大人もときめくわよね。


 新しい職場での緊張をほぐすため、自分のお楽しみ用に作ったお弁当だったけど、結局あたしの口には一口も入らなかった。


 でも、いいのよ。ほぐさないとならない緊張は、なくなったからね。






 次話 『申し子、働く』

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