獅子団長、怪しむ
――――光の申し子は死の直前に渡ってくる。
俺は華奢な体を抱きしめながら、思い出していた。
赤鹿がいる場所へ向かう時も、確かにユウリは馬上でとても怯えていた。ただ、初めて馬に乗るご令嬢は怖がることがほとんどで、ユウリもそういうことなのだと思っていた。
それに[転移]の魔法は、[位置記憶]した記憶石がないと使えない。護衛の仕事上、各地の記憶石が魔法鞄に入っているが、自領の赤鹿が出る場所の記憶石なんてものは持っていない。だから馬で移動するしかなかった。
だが、無理に狩りに出なくてもよかったのだ。
最初に馬に乗った時に気付けば、こんな泣かせることもなかっただろうに。
いつもは凛としたユウリが幼子のように泣いていて、切なく愛おしかった。
死の直前にこの国へ連れてきてくれた神には感謝するが、その前に助けることはできなかったのかとも言いたくなる。
俺が知っている光の申し子についての文献や言い伝えの中には、亡くなる時にこの世界へ来るという話はなかった。
だが、きっとそういうことなのだ。俺の中でユウリの話はぴたりとはまった。
何もなく平穏に暮らしている人が、いきなり渡ってくるわけない。
神が介入できる死という瞬間のみ、それが為されるのだ――――。
だとしたら、心の傷についてのケアも考えるべきだ。城へ戻ったら、早急に王へ奏上しなければならない。
落ち着いてきたユウリを屋敷で休ませ、俺は赤鹿を解体屋へ持っていった。解体屋の主人は、傷がなく状態がいいと驚き喜んだ。
肉の一部を熟成まで頼み、残りの肉や角や皮は買い取ってもらうと、手数料を引いても機能性能計量晶が買える金額になって戻ってきた。
これでユウリが少しでも元気になればいいのだが。
屋敷へ戻ると、アルバートの妻のマリーと、息子のミルバートが来ていた。
シュカがしっぽを振って気を引きながら跳び、ミルバートが追いかけている。神獣は子守りも上手いようだ。
ユウリはマリーと料理の下ごしらえをしていたらしく、横顔に楽しそうな気配を漂わせている。ふと、俺に気付き笑顔を向けた。
「レオさん、おかえりなさい」
やはり、笑っている方がずっといい。
美味いものをたくさん食べさせ、好きなことをさせて、たくさん笑わせたい。
土産だと言って帰りに買ってきた果物をテーブルにどさりと置くと、ユウリは目を輝かせた。
「これなんですか?」
「スコウグオレンジだ」
「こんなに緑色なのに、甘い香りがする」
ユウリは香りを確かめて、[洗浄]の魔法を唱えた。
そこで俺ははっきりと、疑惑を抱いた。
――――腰にベルトが付いてない。
日中から気になっていた。ユウリは魔粒をどこにしまっているのだろうと。
魔法鞄から魔粒ケースへの補充は、魔法を使う中に組み込まれた動作だ。だから、それが全くないのは不自然でどうにも気になった。
短杖を差しているベルトには、小さい魔粒ケースが付いていた。だがその大きさでは、四つのポケット全部に風魔粒を入れたとしても[創風紐]十回分くらいにしかならないだろう。
練習も含めて三十回は使ったのに、ユウリは補充を一度もしなかったのだ。
シルフィードの加護があったとする。付近の風の気を魔法に使い足りない分を魔粒で補うが、せいぜい消費が一、二割少なくなるくらいだ。ゼロにはならない。
その後もよく見てみれば、[創水][点火][網焼]とさりげなくちょくちょく魔法を使っている。
五人と一匹で夕食を取る間も無防備に魔法を使うから、アルバートやマリーが不自然さに気付くのではと、俺が冷や冷やしてしまった。
次の日も魔法のスキル上げ中だというのに、全く補充をしない。
聞くのが怖いが、これはもう、放っておくわけにはいかないだろう。
「……ユウリ、魔粒はそのベルトのケースだけか?」
「はい、そうですけど。魔法鞄にまだ入ってますよ」
得意げな顔をしている。いや、そういうことじゃないんだが……可愛いな。
「補充しているところを見ていないが……。――――もしかして魔粒、必要ないのか?」
そこでやっと気付いたようで、黒曜石の瞳がまん丸になった。
そしてきまり悪そうな顔をした。
「……実は、いらないです……」
「四種類とも?」
「……はい」
やはりそうなのか――――――――。
なんでもないように聞いたが、そうだと言われると衝撃で言葉に詰まってしまう。
どうりで、魔法スキルを上げるのに魔粒代がかかるぞと言った時、困った顔を見せなかったわけだ。
魔粒がいらないとは、どういうことなのだろう。気を集める力が強いのか?
しかも四大元素全部。
光の申し子、一体どうなっているんだ。
目の前で不安そうにしている顔に、笑いかける。
「――――では、ユウリ。スキル上げのメニューを変えよう。今まで教えたのは、魔粒消費を抑えたものだ。魔粒を消費しないのであれば、遠慮しないで最短コースでいこう」
「は、はい! スキル上げにもセオリーがあるんですね。よろしくお願いします!」
「今、スキル値はいくつだ?」
「56です」
俺は魔法鞄から自分の魔法書『上級』を取り出して、ユウリに渡した。
「自分のスキル値よりも高い魔法が成功すると上がりやすい。だが、高過ぎても全く成功しなくて上がらない。だから、『必要スキル値』が20ほど高い、稀に成功するくらいの魔法を使うのがコツだ。今なら、上級魔法の[位置記憶]がいいだろう」
「[位置記憶]?」
「[転移]と対になった魔法でな。この記憶石に場所を記憶させておき、[転移]の指針とするんだ」
銅貨ほどの大きさで穴のあいた環型の石を差し出して、手のひらに乗せる。
「これを持って、[位置記憶]を唱えればいい」
「はい。――――えーと……[位置記憶]……[位置記憶][位置記憶]…………」
[位置記憶]は位置を読み石へ記憶する、比較的魔粒も魔量の消費も少なめの魔法だが……。
大変な勢いで消費されているだろう元素と魔量を思うと、恐ろしいものがある。
俺はシュカを撫でて精神安定を図りながら、見守った。
「あっ! 色が変わりました!」
「成功して記憶されたということだ。上書きできるからどんどんやっていいぞ」
「はい! [位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶]…………」
…………。
「――――[位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶]…………」
…………おい…………。
「――――[位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶]…………」
…………おいおいおいおい…………。
「――――[位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶][位置記憶]…………」
――――おいいいいいっ!! 本当に、一体どうなっているんだ光の申し子?!
魔粒を必要とせず、この魔量。
冗談ではなく現在最強の魔法使いなのではないか?
魔法の匙加減一つで町一つ無くせてしまいそうだ。しかも朝飯前で。
こんな小さい男爵領なんてあっという間のイチコロだろう。
これはまずい。絶対に誰にも知られてはいけない。陛下の耳にも入れられない。
悪用される恐れもあるが、光の申し子を、ユウリを危険分子として扱われてしまうかもしれない。
光の申し子とはこういうものなのか。
この世界の常識では測れない存在だということが、やっとわかった。身に染みた。
こんなに強いのに、全力で守らないとならないのだ。
片手に魔法書を持ち真剣に魔法を唱えている横顔に、風になびく黒髪がかかる。
可愛くて強くて無防備で心配で。
俺の心臓を締め上げにくる。
本当に、恐ろしい生き物だ。
次話 『 * 辺境伯家の人々』
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