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申し子、野営(?)をする


 海風がひんやりするので、毛織物のコートを羽織った。野営の準備だって買ってもらったものが、さっそく役に立ってる。


「王都より北になるから、夜になると冷えるだろう?」


「ちょっと涼しいですね」


 レオナルド団長と向かい合い、卓上魔コンロで昼間買ったものを温めながらつまんでいた。シュカは焼きイカ(マヨネーズ付き)に夢中だ。

 アルバート補佐は家族と食事をすると言って、一旦帰宅している。奥様と三歳になる息子さんが待っているらしい。それは帰らないとだめよ。


「ユウリはこの国の地理を少しは知っているか?」


「いえ、あまりよく知らないです。王都のあたりはなんとなくわかるんですけど」


「そうか。一つの島大陸が丸々レイザンブール国となっていて、丸まった飛竜の形だと言われている」


 レオナルド団長が指で描いたのは「?」のような形だった。


「北西の端が大陸最北端ゴディアーニで、そのすぐ下にある大陸最西端がここメルリアードだ。王都は入江の中になる。距離的にはさほど遠くはないが、高い山脈が隔てているから実際に移動するなら、ぐるりと海側を行かねばならない。[転移]か転移門を使って行き来するのが一般的だな」


「転移門、ですか?」


「ああ、[転移]は高位の魔法になるから、使えない者も多いんだ。だから王都と五つの辺境伯領都は転移門で結ばれていて、通行料さえ払えばだれでも通れるようになっている。一回一万レトだが、馬車の移動で二週間かかることを考えれば安過ぎるくらいだな」


 馬車で二週間……。想像できない……。


「高位の魔法だから使えない人がいるって、どういうことですか? 魔法スキルは使っていればあがるんですよね? もしかして魔法書『上級』が高くて買えないとか……」


「『上級』は高いな。三十万だったか」


「……ポーションの性能計る情報晶と同じお値段……」


「ユウリはあれが欲しいのか。あの情報晶は機能性能計量晶というんだが、中古品も出回っているはずだぞ。魔法書も古本があるしな」


「中古、いいですね! 検討してみます。あ、中級の魔法書を買おうと思ってたのに、忘れてた……。もう初級では全然上がらないんですよ」


「そろそろ50くらいになるのか? 常に自分のスキル値より必要スキル値が高い魔法を使っていかないと、上がらなくなってくるのは知ってるんだな? 今後はより上位の魔法を使うことになり、魔粒の消費が激しくなるぞ。魔法スキル値は経済力値と言えるくらいだ。上級までとなると、魔粒代がかなりの額になる。だからさほど魔法が必要ではない者は、初級の生活魔法に困らないほどしか上げないんだ」


 ああ、魔粒代ね。それなら大丈夫だわ。チートで魔粒いらないから。


「それで[転移]が使えない人が多いんですね。あたしは調合するのに必要なので、できるだけ上げたいと思ってます。[転移]も使いたいですし」


「そうか、では明日は魔法のスキル上げを研修に組み込もう」


 明日はちゃんと研修するみたい。魔法のスキル上げも手伝ってもらえるらしいし。

 よくわからないからなんとなくで上げてたら、きっとだめなのね。魔法もよくわかってなかったけど、スキル自体ももう少し勉強した方がいいのかもしれない。

 よし! 明日から、魔法の練習本腰入れてやるわよ。






 次の日、あたしは林の中で赤鹿(レッドディアー)を前に魔法を唱えていた。

 団長からもらったおさがりの魔法書[中級]から、一つだけ覚えさせられた呪文だ。

 赤鹿の四本の足にはすでにモヤが絡まって身動きできない状態で、すぐ前にはシュカが飛びかかろうかと待ち構えている。

 慌てずに詠唱するのみ。練習の時のように落ち着いて。


[創風紐マエアホールド]……[創風紐マエアホールド]、[創風紐マエアホールド]!」


 五回目で成功した。ヒュッと風を切る音とともに、赤鹿の首にモヤが巻き付く。魔力を引き絞って締め上げていくと、抵抗していた大きな体は草むらへ横倒しになった。シュカがすかざず跳びかかり、モヤにかぶりつく。

 林の中で遠巻きに見ていた他の赤鹿たちは、慌てて森の方へと逃げていった。


「いいぞ! ユウリ、よくできたな! これでしばらくは里へ下りてこないだろう」


 うしろで控えていたレオナルド団長が、頭をポンポンと撫でた。


「――緊張しました……。体が大きいと、締め上げる力がいるんですね。練習の時の魔畑鼠(デビルマウス)とか一角兎(ホーンラビット)はちょっとの力で退治できたんですけど」


「そうだな、この魔法で大きな魔物を狩るのはちょっと効率が悪い。魔法スキルが上がれば威力の大きな魔法も使えるようになるから、地道に練習だな。効率で言えば、ユウリのそのワンドの魔気で、捕獲から締めるまでやってしまえば一番早いんだが」


「それだと魔法のスキル上がらないじゃないですか」


 そう言うと、団長は笑って赤鹿の回収へ向かった。

 魔物の中でも魔獣といわれているものは魔力を持った獣なので、存在自体が悪というわけではないらしい。

 自然の生態系に組み込まれた存在だから、根こそぎ狩る必要はない。人の生活圏に出てきてしまったものだけを駆除しているのだそうだ。


 そしてこういった畑や家畜に害なす魔獣の駆除は、冒険者ギルドに依頼を出したり(受けてもらえるかわからない)、傭兵ギルドに依頼を出したり(日単位での雇用なので割高)、自衛団で対策するか(農民には危険)のどれかになる。

 で、ここ男爵領では、自衛団と領主が対応していると。それはまぁ、近衛団団長ならあっという間だろうしね。


「解体屋に出してから、屋敷に戻ろう」


「はい。今日食べられないのはちょっと残念ですけど」


「冒険者や国軍はすぐに食べることもあるがな。俺も学生の時に授業で食べたが、あまり美味くはなかったぞ。専門の業者に処理してもらった方が美味い。熟成してからユウリに返すから待っててくれ」


 それなら楽しみに待っていよう。

 ひらりと馬に乗ったレオナルド団長が、さぁと馬上から手を差し出した。

 ああ、やっぱり乗るんだ……。そりゃそうだ、乗らないと帰れないんだし……。


 馬の頭の上に乗ったシュカが、得意げに(『はやくはやくー。おうまたのしいの! びゅんびゅんしてほしいの!』)なんてことを言っている。

 ちょっと! びゅんびゅんとか冗談じゃないわよ?!


 大丈夫、行きもなんとか来れたんだし、帰りもなんとかなる!

 あたしは一瞬目を閉じ、眉間にぎゅっと力を入れてから顔を上げた。


「よ、よろしくお願いします!」


 苦笑いした団長は片手であたしを持ち上げ、横座りで自分の前に座らせる。


 ……………………高い……………………。


 馬なんて今日初めて乗ったけど、日本で見た馬より大きいのよ。

 怖い。本当に怖い。

 団長の太ももに軽く挟まれていて、落ちそうとかそんなことはないんだけど、高さに恐怖しか感じない。

 あたし高所恐怖症ではなかったはずなのに…………。


「大丈夫か?」


「――――大丈夫、です…………」


 あたしはがたがたと震えながらレオナルド団長にしがみついた。


「有能な女性衛士にこんな弱点があったとはな」


「……こっちに来る時、高いところから落ちて……死んだから……だから……多分……それで……」


「[同様動(ダスチェフォロー)][転移(アリターン)]」


 浮遊感の後、そっと地面へ立たされて抱きしめられる。


「――――大丈夫だなんて言うな。そんな目に遭ったなら、高い所が怖くて当然だ。辛い時は辛いって言っていいんだ。言えばみんな気付くからな。俺もできる限りのことをする。だからちゃんと言うんだぞ」


 耳元で聞こえる声は優しくて。


「……はい……」


 安心したら、我慢していた涙がこぼれてしまった。

 本当はすごく怖かった。今まで高いところで怖いなんて思ったことなかったから、理解できなくて余計に怖かった。


「すまない。辛い思いをさせた。乗馬ができなくても、高い所が苦手でも大丈夫だからな。そんな人はいっぱいいる。それでもできる仕事もたくさんある。だから心配するな」


 暖かい胸、力強い腕。

 レオナルド団長の言葉を聞きながら、あたしは次から次へとこみ上げてくる涙を止められなかった。






 次話 『獅子団長、怪しむ』

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