表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/160

申し子、男爵領へ行く

 

 真っ白い館は、別荘といった雰囲気の小さくかわいらしい建物だった。張り出した岸壁の上に建ち、オーシャンフロントどころかぐるりと海が見渡せる。


「このメルリアード男爵領は、ゴディアーニ辺境伯領の南に隣接した領でな。もともとうちが治めていたんだが、大暴風の後に手が回らなくなった父が俺に譲ったんだ。だからここは元辺境伯別荘で、現男爵領主邸になる」


 やっぱり元は別荘だった。遊びのある洒落たデザインがいかにもだ。

 レオナルド団長が男爵になった経緯いきさつも知れた。おうちの領を引き継いだってことか。上のお兄さんはそのうち辺境伯領を引き継ぎ、下のお兄さんはその補佐だから団長に譲られたと。近衛団長と男爵の仕事って両立できるものなのね。


 扉を開けると、玄関ホールには眼鏡にダークスーツの長身の男性が立っており、(うやうや)しくお辞儀をした。


「おかえりなさいませ、レオナルド様。ユウリ様、白狐様ようこそいらっしゃいました」


「……………………戻った。あぁ、これは領主補佐をやってくれている者でアルバートという」


 レオナルド団長はちょっと変な顔で、執事然としたアルバート補佐を紹介してくれた。

 団長と同じ年くらいだろうか。鋭い目が切れ者っぽい雰囲気を漂わせている。


「はじめまして、ユウリ・フジカワです。このたびはお世話になります」


『クー!(『よろしくなの!』)』


 シュカともどもお辞儀をすると、細い銀縁眼鏡の向こうの厳しそうな目が、あたしを捉えた。と思ったら、すぐに相好が崩れた。


「なんてしっかりしたお嬢さんでしょうか! ……絶対に逃がすわけには……」


「……アルバート、目の色が変わってるぞ。というか、なぜここにいるんだ。今まで一度もこんな出迎えしたことないじゃないか」


「部下とは聞いていますが、若くて綺麗なご令嬢と二人っきりにしておくわけにはいきませんからね。滞在中は執事として側につかせていただきます。レオナルド様には隙を見て領地の仕事もさせますし、一石二鳥です」


 レオナルド団長の肩ががっくりと下がった。

 ……さっきの考えは撤回。団長と領主の両立は大変なのかもしれない。


 お茶をいただいてから、二階のゲストルームへ案内してもらった。トイレと洗面スペースが付いた使いやすそうな部屋だ。手入れが行き届き、花まで飾られている。小さくても領主邸、いつ主が帰ってきても快適に過ごせるようになっているのだろう。

 お風呂は一階にあるらしい。

 入浴後に野営の準備をすると言われたので、早めに入っておこうと浴室へ行くと、ちゃんと男女別に分けられていた。

 猫足のバスタブ横の大きなガラス窓からは外の海が見えている。なんという絶景。なんという贅沢。

 陽は直接見えないけど、黄色に染まりつつある海が夕方を告げていた。

 シュカは膝の上に座り、気持ちよさそうに目をつぶっている。あたしはぼんやりと湯舟に浸かりながら、その優しい青色を眺めていた。


 レオナルド団長、レオさん。メルリアード男爵。ゴディアーニ辺境伯ご子息。

 いろいろな団長を見た日だった。

 辺境伯ご一家はみんな武人っぽくて、団長もそこにしっくりはまっていた。

 でも、三男というのがちょっとかわいい。時々ワンコみたいなのはそのせいなのかしら。

 みんなハリウッド俳優みたいだったわ。


 映画の中のような、舞台の上のような。

 あたしはこの世界に来てから、なんかいつも楽しくてわくわくしてふわふわして、ずっと旅行しているような気分だった。

 非日常が続いていて、異世界ファンタジーテーマパークにいるような気分。

 でもそれもしょうがないのかもしれない。だって日本のあたしの世界には、貴族も王様も物語の中にしかなかったんだもの。


 ――――こんなんでいいのかな。あたし、本当にちゃんと生きてるのかな。


 現実味が足りなくて、自分で自分が不安になる。

 一度死ぬような目に遭ったから、どこか壊れてるのか。転移して間もないからなのか。今後この世界に馴染んで、現実感が戻ってくるのかもしれないけど。

 まぁ、考えていても仕方がないか。

 そろそろ上がって、野営の準備とやらに参加しよう。


 キャンプでもするのかとパンツスタイルで玄関ホールへ行くと、レオナルド団長が「こっちだ」と声をかけてくれた。

 外ではなく、さっきお茶をいただいたサロンへ案内される。そこから外へ通じる扉の向こうは、眼下に広がる海を前にしたテラスになっていた。

 ラタンのような植物を編んで作ったテーブルセットには、グラスとワインが準備されている。


 あたりはオレンジ色で、もうあと少しで日が沈みそうだ。

 迫力ある夕景に目が離せないでいると、団長はグラスにワインを注ぎ目の前へ差し出した。


「あっ……ありがとうございます」


 シュカには小さなお皿に回復液を入れてあげている。あれ? なんか見覚えある封のような……?


「……それ、あたしの……?」


「ああ。『銀の鍋(シルバーポット)』で買ってきた。ユウリも回復薬の方がいいか?」


「ええ?! い、いえ、自分のは必要な時に飲みますからお構いなく! っていうか、言ってくれれば差し上げるんですけど?! シュカの分はあたしが用意しますし!」


「何言ってるんだ。大事な商品を簡単にあげては駄目だぞ。うちの領のお客様として来てもらってる間は、お金も物も出させるつもりはないからな」


「……はい……。ありがとうございます。――――…………うん? 今、お客様って言いました?」


「あ、いや、研修中の衛士に出させるわけないと言っただけだ」


「そうですか……? 訓練とかした覚えがないんですけど……」


「研修初日はいろいろ大変だったな。さ、とりあえず座ってゆっくり休め。ワインもたくさんあるからな」


 大変だったっけ……? ま、いいか?

 ワインのおかわりをつがれて、さぁさぁと勧められるままに飲んでいるうちに話はうやむやになり、日は海の向こうへ消えていった。






 次話 『申し子、野営(?)をする』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ