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申し子、体力訓練をする


 少し高台にあるゴディアーニ辺境伯邸からは、賑やかな街並みが見下ろせた。お屋敷の前の石畳はまっすぐに街中へ伸び、街の向こうには一面の青が広がり海岸線がくっきりと浮かび上がっている。大きな港には、こんな遠くから見ても大きいと感じる船が数(せき)停泊していた。

 辺境伯領都ノスチールは控えめに言ってもものすごーく栄えていた。

 白壁の建物が多く、青い海とのコントラストが美しい。


「素敵な町ですね。それに大きい」


「王都、ラトゥーユ領都ラトアに次ぐ、国内で三番目に大きい町だ。――正直、この後に男爵領へ連れていきづらいものはある」


 そんなことを言ってはいるけど、見上げた横顔はほんのり笑っている。

 きっと、レオナルド団長も生まれ育ったこの町が好きなんだろう。

 王都レイザンよりも冷たい風が、あたしたちを撫でて通り抜けていった。


「あ、ちょっと待ってください」


「どうした?」


「いえ、ちょっとメモを……」


 あたしはレオナルド団長の背中に隠れ、慌ててスマホを立ち上げた。

 こんなところに来ることなんてそうそうないから、マップアプリを開いてピンを差し、お気に入りに入れておく。後でゴディアーニ辺境伯邸ってタグをつけておこう。


「――お待たせしました」


「今日は近衛団の研修だからな。体力訓練で歩くぞ」


 体力訓練って、ブートキャンプみたいだわ。男爵領がどこにあるか知らないけど、そこまで歩くのかしら。

 大変そうだけど異世界の町を見ながら歩くのは楽しそうだ。あたしはちょっとわくわくしながら、レオナルド団長について街へ向かって歩き出した。






「あっ、レオさん! 屋台で殻ごと焼いたホタテが売ってます!」


「よし、補給だ。水分も取るんだぞ」


 レオナルド団長から手渡されたホタテは、殻から外されて串に三つ刺さっていた。

 続けて持たされたのは抜かりなく白ワインだ。


「ありがとうございます! いただきます」


 一つはフーフーして肩に乗ったシュカにあげ、一つは自分でかぶりついた。

 噛むと濃いホタテの出汁だしがじゅわーっと口中に広がる。軽い塩味だけなのにこの美味しさって、どうなっているの? その出汁と混ざりながら口の中をすっきりとさせていく、白ワインがもうたまらない。


「美味しいーー!! すごい美味しいです!」


『クー! クー! (『おいしーい!! ホタテさいこーなの!!』)』


「ああ、美味いな。これはノスホタテだ。このあたりの海で 捕れる海産物は、味が良く人気がある。王都でも扱っている店があるんだぞ。――だが、やっぱり新鮮なものをその町で食べるのが一番だな」


 レオナルド団長は物足りなさそうにしているシュカに、もう一つ食べさせている。本当に優しい。

 あっという間にみんなでペロリと食べて、ワインも飲んでしまった。

 賑やかな通りには両側に店が立ち並び、ちょっとした隙間には露店や屋台が店を開いていて、あちこちで美味しそうな煙が上がっている。


「すごい活気がある町なんですね」


「今日は調和日だから特にな。神殿へ礼拝する人たちで人通りが多いから、店も稼ぎ時なんだろう」


 商魂たくましくて素晴らしいわ。

 海産物食い倒れツアーとかしたいところ。

 あたしがあちこち見ていると、大きな手が頭にポンと乗った。


「あまり食べ過ぎると昼食に響くぞ」


 なんでいろいろ食べてみたいってバレたんだろう。あたしはニマっと笑ってごまかした。


 それから野営の準備だと言って、服屋で暖かそうな毛織物の服を何着か買い与えられた。すごくかわいい普通の服だけど、この後近衛団の研修に使うってことよね……?


 次は礼節を学ぶと言われ、領都でトップクラスだという高級店へ連れていかれた。多分ドレスコードがあるお店。近衛の制服は正装だからどこに着て行っても問題ないらしいんだけど、もしかしたらこの店のために制服でって言われていたのかも。


 そこで出された昼食は、ゴディアーニ辺境伯領の南端にあるデラーニ山脈で放牧されている牛肉(超高級品)のステーキだった。

 さすが高級店、塩のみの味付けなのにものすごくめちゃくちゃ美味しい。うっすらと魔物肉のあの爽やかな香りが漂う気もする。


「――この牛が放牧されているデラーニ山脈って、魔素が濃いんですか」


「おっ、気付いたか。そうだ、そのあたりは聖地と呼ばれている。魔素というよりは土の気が濃いんだ。だからそこで育った動植物は、魔物肉に似た香りがするのだろうな」


 魔物に近いのかなんなのか、いまいちよくわからないうちの神獣も、この肉は大変お気に召したようだ。


(『レオしゃんのまりょくのあじと、ちょっとにてるの』)


 赤身の肉を夢中で噛んでいる。

 レオナルド団長の魔力は、土の気が混じっているってことだろうか。

 肉の味に負けない重めの赤ワインも大変美味しゅうございました。ごちそうさまでした。


 今まで生きてきた中で一番高価だと思われる昼食の後は、また野営の準備と物資の補給だと食料品を買いまわった。新鮮な海の幸からバターたっぷりのビスケットまでいろいろ。夕食も楽しみになってくる。

 でもなんか疑問も残る。だって正直、今日、研修とか訓練なんてした?

 納得いかないあたしに、レオナルド団長はほんのり笑顔を浮かべた。


「こっちでの研修は終わりだ。うちの領へ行こう」


 差し出された手に自分の手を置き、団長の[転移]でメルリアード男爵領へ向かう。

 浮遊感の後で視界に入ったのは、教会にも見えるかわいらしい建物と、そのうしろに広がる海の青だった。






 次話 『申し子、男爵領へ行く』

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