獅子団長、警備副隊長からの信じられない話
* * *
俺、いったい何を見せられてるんだ……。
マクディ警備副隊長は、油断すれば遠退きそうになる意識を必死に留めた。そのとなりには、同じく魂を飛ばしかけているエクレールがいる。
笑う子も泣き、泣く子はおおいに泣き出す。近衛団の獅子ことレオナルド団長が、ふんわりと笑っている。
昼食が載ったトレーをかいがいしく二つ持ち、当たり前のようにテーブルのとなり同士におきましたよ! 奥さん!
当然のように調味料を回したり、これ恋人か、いや夫婦ってことですかね?!
砂糖吐くわ!!
なんだよもー、かわいくておもしろいユウリ嬢。憎からずっていうか、いいなって思ってたのに、すっかり団長が囲い込んでんじゃねーか。
ユウリの方もまんざらでもない様子で、にこにこしながら団長を見上げているのも信じられない。あの獅子をこんなに手なずけるとか、猛獣使いなの? そういえば白狐もなついている。凄腕の獣使いかよ。
マヨネーズとかいう卵のソースと同じトローリとした笑顔の我らが団長を見て、マクディは半目になった。
確かにマヨネーズはめっちゃウマイけどさ。ってか、ユウリ嬢、料理も上手いのか。まったくもってずるいわ、団長。
マクディはさらにちぇーと思うのだったが、そんなことばかりも言ってられない。
早急にシフトをなんとかしないとならない。
団長と別れ、警備室に戻ってからも、人員のリストとシフト表を見ながら頭をひねる。
後はもうみんなに謝り倒して、休みを減らしてもらうしかない。ため息をもらしていると、休憩に入った昼番が警備室に顔を出した。
「副隊長ー、じーさまどんな感じだ? かなり悪いのか?」
気軽に声をかけてくるのは、獣人の女性衛士ルーパリニーニャだ。マルーニャ辺境伯の姪だが、彼女の辞書に敬語の文字はない。
「過労だってさー。しばらく休みになるわ。なぁ、ニーニャ、お前の地元とかで誰か警備に入ってくれるやついねー?」
ルーパリニーニャは怪訝な顔をした。
「ユーリはいつ入ってくるんだよ。今、研修中じゃないのか? 早く入ってもらえばいいじゃないか」
「へ? そんな話聞いてねーよ? 書類整理している普通の令嬢が、警備になんか入るわけないだろー?」
「普通の令嬢? あれが? ププッ! ユーリの棒術はなかなかのもんだよ。あの殺さず確保するための型。あれ、絶対に警備やってたって」
「はぁ?!」
「朝、訓練場に行ってみりゃわかるよ。毎朝振ってるって言ってたからな」
「……マジか」
「アタシもう飯食いに行くから、エクレールにも聞いてみろよ。アイツも知ってるからさ」
そう言い残して、ルーパリニーニャは出ていった。
マジか。ともう一度マクディは思う。
警備をやっていた光の申し子。そんな都合のいい存在がちょうどよく城に現れるもんか? てか、ユウリのあの小さく細くかわいい姿で、警備? なんかの間違いだろ?
半信半疑のまま、早朝番の仕事を終えたエクレールにも聞いてみた。
「ユウリ様ですか? 棒術は素晴らしいですね。すぐにでもポストに入れるとは思います。……いや、でも……ひ……ですよ? そんな方に警備など……」
「何? ユウリの話か? あいつ出入り監視の仕事上手いのな。長官も適当にあしらってたし、ニーニャとリリーより上手いんじゃないか。あれってなんなのかね、性格なのか社交性なのか。そろそろポストインするのか? よかったじゃねーか、副隊長。っていうか、なんでエクレールはユウリに様付けなの?」
同時に戻ってきたリドまでそんなことを言いだす。
なんか、俺たちが知らない光の申し子がいるらしい――――?
狐につままれたような気持ちのマクディは、とりあえず団長に報告しようと、そのまま近衛執務室へ向かったのだった。
* * *
「――――と、いうわけなんですけど……」
報告を終えたマクディ副隊長が、困惑しきった顔でこちらを見ている。
多分、俺も同じ顔で見返しているだろう。
「確かに、ユウリは不思議な棒を持っている。だが、あれは魔法使いの杖で、殴ったり棒術に使うようなものじゃなかったぞ」
「でも、ニーニャもエクレールもなかなかの棒術だって言うんですよ? 魔法を使う時の杖として使っているなら、素晴らしい魔法の使い手だって言いますって」
それは確かにそうだ。第一、城の敷地内では、生活魔法の初級魔法しか使うことができない。訓練場で水を出して見せたりはしないだろう。
ルーパリニーニャもエクレールも、嘘をつく性格ではない。
が、ユウリのあの華奢な体で、棒術と言われてもにわかには信じられないじゃないか。
だが、もしも、本当にユウリが警備をやれたとする。
近衛団警備隊は貴族の親族か、国軍に五年以上在籍した者でないと入隊できないが、特例もあるし……そうか、うちの親族として入れるな。陛下も駄目とは言わないだろう。入るのに問題はなさそうだ。
ユウリにとってはどうだろう。
調合師として楽しい時期のようだし、警備をやらせるのはかわいそうな気がする。
彼女は根が優しいのだろう。「役に立てるのはうれしい」そんな言葉を、何回か聞いた。
そこに付け込んではいけないと思うのと同時に、そこが警備にとってのかけがえのない資質のような気もした。
そして俺自身は。
もちろん、近衛団団長としては、入隊の勧誘はしなければならないのだと思う。しかし……俺は……。
大勢の目に触れさせたくないと思う。本当は、執務室にかくまっておきたい。
しかし、初めて会った日に見せた、美しい答礼も思い出した。
そうだ、なぜ忘れていたのか。こめかみ横にピンと揃った指、完璧な敬礼だった。その姿は格好良く、一瞬見惚れたのだ。
あの姿をもう一度見たい気持ちもある――――。
「まずは明日の朝、確認してからだな……」
俺はマクディと目を合わせ、うなずいた。
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