申し子、立つ
朝のトレーニングに、訓練場での人形叩きが追加された。
敵を素早く無力化するのにモヤが有効そうだから、モヤのコントロールの練習を始めてみたのよね。
棒のモヤを振り入れれば魔粒はいらないはずってシュカが言うのでやってみたら、藁人形がものすごい動きで襲ってきて大変だったわよ。返り討ちにしたけど。
棒を振り下ろすとヒュッと飛んだモヤが、藁人形に巻き付き拘束する。足を払って倒したところにのしかかりカウントを取る。
今日は誰も来なかったので、貸し切りだ。途中にシュカのもぐもぐタイムを挟みつつ、みっちりと棒を振った。
もし使いこなせるようになったら、ダンジョンとか行きたい。ぜひ行きたい。
日本にはなかったダンジョンに、ただならぬ興味がございます! 魔物の肉を食べてから募るばかりでございますのよ! いつかはダンジョンBBQよ!
◇
「レオさん、昨日の注文の回復薬ですけど、五本ずつでいいんですよね?」
近衛執務室の執務机の上には、回復薬が十本乗っている。
昨夜、ごはんを食べながら、知り合いが売って欲しいって言っていると聞かされて、用意してきた分だ。
「ああ。優先させてしまって悪いな。店にはいくらで買い取ってもらってるんだ?」
「『森のしずく』が八百レトで、『森のしずく(緑)』が千四百レトです」
「では、倍の金額で買い取ろう」
?!
団長の言葉にぽかんと口が開く。
な、なにを言っておりますか……?!
それ、『銀の鍋』で売っている金額よりもかなり高いと思うの!
「融通を利かせてもらっている分だ。きっと、店の方でも売れて追加が欲しいって言われてるんだろう?」
「……おかげさまで……」
なんか怖い! お金がザクザク入ってくる!
ミライヤが言っていた、貴族の人が回復薬にお金をかけるって言葉がわかったような気がした。
「買ってくださった方のおうちは、大人の女性が何名いらっしゃいますか?」
「三名、だな」
「それじゃ……これ、新作なんですけど、おまけにつけますので、よかったらどうぞとお伝えください。お肌にいいやつなんです」
「ほう……。それは喜ばれそうだ。伝えておこう。ありがとう、ユウリ」
お得意様になってもらえたらいいなと下心アリアリですけどね。
それと陛下へのお礼も『森のしずく』と『森のしずく(緑)』を三本ずつ団長に預けた。
「そんなに差し上げていたら、利益が減るだろう」
「いいんです! お城の葉で作らせてもらっているので、材料費の代わりです」
「確かに材料は使うが、調合師は知識と魔力を売る仕事だからな。もっと自信を持っていいんだぞ?」
ちょっと困ったような顔を向けられた。
そうか、調合液を売るのって、魔力を売るってところがあるのか。
でも申し訳ないし気が済まないから、やっぱり陛下に献上させてもらいたいなと思う。魔力も今のところ有り余っているしね。
今日は、魔法鞄預かり箱を設置する場所の下見だ。
めずらしくシュカは自分で歩いていて、きょろきょろしたり匂いを嗅いだり忙しい。縄張り的な何かなのか、好奇心なのかナゾ。
青虎棟の正面玄関は青虎口と呼ばれ、中は広いホールとなっていてその先の廊下へ通じている。金龍宮の玄関と比べ、質実剛健といえば聞こえがいいが、正直なんにもない。魔法鞄預かり箱を設置するのには、好都合だった。
納品口の方はいつも通っている出入り口の方だ。こちらも広いけど、検品する場所と思えば広いのは当然で、そこに預かり場所を作るとなれば手狭な感じがする。
「――納品口のホールはちょっと狭いかもしれないですね。機能を分散させて、預かり場所か検品場所を外にした方がいいかもしれません」
「そうだな……副団長や警備副隊長とも話してみよう」
情報晶横で立哨しているエクレールが、こちらをちらちらと見て気にしている。見てないで、ちゃんと仕事したまえよ。
ホールから外に出て見渡せば、金龍宮の建物の先に東門が見えていた。城外壁まで木立以外には何もない。空いている場所は十分にあった。
レオナルド団長は、周りを見ながらノートらしきものにいろいろ書き留めている。
そんな時だった。
「じーさまが倒れた!」
東門で大きな声が放たれた。あたしも団長もとっさに東門を見た。
二名立っていたはずの警備隊員が、一人は地面に伏せもう一人はそれに跪いている。そこへもう一人警備が走って向かっていた。
レオナルド団長は耳元に手をやり、聞こえないやりとりをしている。そしてさりげなくあたしの肩に手をあてて、納品ホールの中へ入れた。
「ユウリ、執務室に戻っていてくれ」
そう言うと、さっと身を翻してまた外へ出ていってしまった。
真剣な顔をしたエクレールが、あたしを見て手を振る。
「ユウリ様、いいところに! ここに立っていてもらえますか?! 治癒室に行ってきます!」
「あっ、了解」
短く答え、中へ駆けていく後ろ姿を見送った。エクレールが立哨していた青虎棟入り口の情報晶横に立つ。
そんなあたしの足元で、シュカは大きなあくびをして丸くなった。
倒れていた人、どうしたんだろう。大丈夫かな。みんながつけている空話具があれば、他の人たちの会話を聞いて状況を掴みやすいと思うんだけど。
金龍宮側に立哨していた警備隊員と目を合わせ、どちらからともなくお辞儀をした。
「すみません、臨時で入ります。何かあったらよろしくお願いします」
「了解。ポストに入ってくれてありがとな」
制帽の下でニカッと笑う顔は、ワイルド風のイケメン兄さん。近衛団、イケメン率高いわよ。
建物の奥から騒がしい足音が聞こえてきて、エクレールを先頭に薄い青色ローブを着た集団と、最後にマクディ警備副隊長が、嵐のように情報晶横を通り抜けていった。
駆け抜けざまに、ちらりと横目であたしを見たマクディ副隊長はぎょっとした顔をしていた。まぁね、制服こそ警備だけど、警備じゃないのが立ってたらびっくりするわよね……。
引き受けたからには、ちゃんとやるわよ。
エクレールが戻ってくるまで、あたしがやれる限りの仕事をする。出入管理の基本は、どの施設でもそんなに変わらないはずだ。
久しぶりだし初めての場所の立哨は、緊張するけれどもわくわくもして、自然と口角が上がってしまうのだった。
次話 『申し子、笑う』





