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申し子、美味しいは正義

 

 シナモンって、香りは甘いけど味は苦いのよね。

 前の職場でお姉さんたちが「ターンオーバー、ターンオーバー」と呪文唱えながら、シナモンパウダーをふりかけまくっていたことを思い出す。

 若いうちから取っておきなとかけてもらったおかげで、いつもコーヒーはシナモンコーヒーになっていたわ。


 そんなことを思い出しながら『銀の鍋(シルバーポット)』でアデラと書かれたシナモンスティックを眺めていた。

 来る途中はウトウトしていたシュカも、あたしの腕から乗り出して見ている。商品は密封されているか透明の空間庫に入っているから、店内に匂いはあまりない。このくらいなら、鼻の利きそうな動物でも大丈夫ってことかな。


「ユウリ、アデラに興味あります? 実は今ならライシナモンもありますよぅ」


「え、このアデラっていうのじゃなくて?」


「木の種類が違うし、性能も違うので、うちでは分けて売ってます。ただまぁ……ライ山地のシナモンはお高いですからねぇ。常時置いてませんし、店頭にも出してないんです」


「……ちなみにおいくら?」


「一本、千五百レトですよ。アデラなら半額以下」


「たっか!! でも性能がそれだけ違うのよね?」


「そうですねぇ……。性能が倍違うかといえば、そんなことはないんですよねぇ。ただアデラだと、ちょっと体の負担になる成分が多く含まれているのが、安価の理由ですかねぇ」


「それなら、高くてもシナモンね。ライシナモンをいち……うっ、二本!」


「おおぅ! サンディーラング灯台から飛び降りる気持ちで買っちゃいます?! 何かおまけしますけど、他に必要なものは?」


「あとはターメリックを買おうかな」


 ターメリックの瓶のふたを開けた時、シュカが(「これも知ってるにおい……」)とつぶやいていた。ターメリック、いわゆるウコンよ。二日酔いにはウコンとか聞いたことがあるけど、まさか……?


「では、ターメリックは多く入れておきますねぇ」


「ありがと! ねぇ、ミライヤ、調合液(ポーション)って、ジュース的なのでも大丈夫? 売れる?」


「果汁を絞ったものですか? 買います! どんなの作るんですか?! 楽しみ!! あと、回復薬も追加お願いしたいんです。もう白が二本しか残ってなくて」


「ええ?! もうそんなに売れちゃったの?! 納めたの昨日よ?!」


「お城の人たちが仕事帰りに買っていってくれるんですけど、みんな新製品好きなんですよぅ。ここで飲んだ人がすごく美味しいって、リピしたいって言ってましたから、もっと売れると思います。ワタシも数があれば飲んでみたいんですけど」


「わかった、急ぎで作るわ。……あたし魔量が多くて、そこそこ作れちゃうんだけど……びっくりしないでくれる?」


「あ、そうなんですね? いいなぁ。うらやましいですぅ。あ、もしかしてワタシに気を使ってくれてました?」


「いや、そういうわけじゃ……」


 と言いつつ、目が泳いじゃうわよ。実は、気にしてたもの。

 ミライヤにもだけど、普通に見える量ってどのくらいかなと気にしつつ、納めていたり。


「えーと、とにかく、作れたら多く作るわ。あ、そうだ。あの性能がわかる情報晶っておいくらくらいするの? 高価よね……?」


「ええ、まぁ……。聞いちゃいます? 三十万レトくらい……」


「……うっ……。そうよね……。そのくらいはするわよね……」


 三十万レトか……。なかなか遠いわね……。

 材料と大量の瓶を受け取って、店を後にした。

『セイラーの麻袋』と近くの青果店にも寄り、『(こぼ)()亭』にも寄って調合液(ポーション)の材料や食材を買って帰った。


 今日と明日は調合デーになりそう。

 あたしはさっそく大鍋いっぱいに[創水]で水を出し、魔コンロにかけた。



 ◇



 作った回復薬『森のしずく』を瓶に移し終え、ちょっとだけ残った液をグラスに移す。

 前回はぴったり瓶に入りきったから、実は味見をしていなかったのだ。今回残ったのは、魔力を込める時間を短くして加熱時間が減ったからだと思うんだけど。


(『ぼくもちょっとのんでみたいのー』)


「じゃ、二人で半分こして味見しようか」


 シュカには小さめのお皿に入れてあげる。

 なめるほどしかなかったけど、美味しい水の味がした。

 清々しい香りと後味のほんのりとした甘さ。元々の回復薬の味を知らないからなんとも言えないけど、悪くないんじゃないかと思う。


(『おいしー! ユーリ、これおいしーの!』)


 シュカは回復薬がなくなってもペロペロとお皿をなめまわしている。


(『これ、はじめに作ったのとおなじにおいがするー』)


「あら、正解。わかるの?」


(『わかるよ! きっとおなじお水なの』)


 あれ? もしかして、一度作ったものと効果が同じかどうかは、シュカに聞けばわかるんじゃない?


「じゃ、あとでまた味見してくれる?」


(『うん! する!』)


 バサバサとしっぽを振るシュカを撫でた。

 夜ごはんの後にまた調合することにして、夕練(トレーンング)を広い玄関ホールでちゃっちゃとすまし、ごはんの支度を始める。

 今日はタマネギを買ったので、シチューの予定。これ、タマネギっぽいものじゃなく、タマネギなの。鑑定したら『タマネギ|食用可』って出たから。

 狐にタマネギが大丈夫か心配だったんだけど、相変わらず(『ぼくはふつうの動物じゃないから!』)と言うので、まぁ平気なんでしょう。多分、妖怪だし……。

 いろいろ鑑定したけど、日本で見たことのあった野菜や肉は、だいたいそのままの名前が付いていた。これで安心して使えるわ。


 多めのバターで塩コショウの下味をつけた鶏モモ肉をジュワーと炒める。んー、バターっていい香りよね。

 色が変わったらタマネギも入れて、全体がバターに馴染んだら、小麦粉投入。またよーく炒めてから、ひたひたの水を入れて蓋をして煮込む。これでたまねぎがクタクタになったらオッケーね。

 本当ならコンソメを入れるんだけど、ないからダシ代わりに腸詰(ソーセージ)を薄く切って入れてみたわ。

 最後に牛乳を入れて、塩こしょうで味を調(ととの)えればできあがり。


 あとはトマトとレタスのサラダとパンを盛りつけた。パンはガーリックオイルをちょっとかけて[網焼(アグリル)]を唱え、ガーリックトーストにしたのですっごいいい香りを放っている。


「はいシュカ、できたわよー」


 シュカのお皿に入れたシチューには[冷却(アクール)]をさっとかけて、ちょっと冷ましてある。


 一口食べると、優しい味に頬が緩んだ。そうだ、こんな味だった。

 これは昔、母が作っていたレシピだった。家のにはニンジンもジャガイモも入っていたけどね。サラサラでシチューというよりスープみたいって、食べるたびにあたしと弟が言ったっけ。

 (あの子)、ちゃんとごはん食べてるかしら。

 社会人になってそれぞれ一人暮らしを始めても、時々ごはんを食べに来ては「姉ちゃんの飯、美味い」って笑っていたわね。


(『おいしー! すきな味! ふわふわと似てるの』)


 シュカはきっと牛乳が好きなのね。

 それなら、明日の朝ごはんはフレンチトーストにしようかな。牛乳も卵も入るし。


 夜ごはんを食べ終えたら、また調合。今度は『森のしずく(緑)』。

 シュカは味見する!なんて言ってたけど、結局作っている途中で丸まって寝てしまった。






 次話 『申し子、ほっとする(他意はない!)』

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