申し子、会議の仕事をする
「……ユウリ、大丈夫か? 朝から疲れてないか? 無理して来なくてもいいんだぞ」
心配そうな目で見られ、あたしは背筋を伸ばした。
疲れたというか、朝練がアレでバタバタしてただけです。はい。
「大丈夫です。レオさんは、今日も謁見へは行かなくて大丈夫なんですか?」
「ああ。今日もキール護衛隊長が出る。手荷物検査の方も詰めないとならないからな」
そう、魔法鞄の持ち込みに関して、あたしは警鐘を鳴らしている。
今のままだと、なんでも持ち込みできるし、なんでも持ち出しできてしまう。
特に持ち込みは、毒や爆発物など命にかかわるものだって可能な状態。とても見逃すことはできない。
あたしとレオナルド団長は、お茶を挟んで向かい合ってソファーへ座った。シュカはもちろん団長の膝の上だ。
「手荷物検査の方は、お金と人員さえ用意できれば、すぐに解決できると思います」
「お金と人員」
「かかる費用は、魔法鞄預かり箱を人数分用意して、空間魔法に反応する白い線を設置する分です」
「なるほどな、店と同じ仕組みにするのか」
「はい。どうしても中に持ち込む物は、警備が確認します。あたしがいた国では、確認しやすいように、中が見える透明の鞄を使う施設もありました」
「ほう、それは興味深いな。ユウリのいた国はそういった危機管理の意識が高かったんだな」
「そう言うと良さそうに聞こえますが、ようするに物騒だったということですね」
事件はめったにないけど、ないわけじゃないから、人も会社も自衛するしかないのよね。
「ただですね、揉め事が起こりやすいのは、女性の手荷物を男性が見るという場合です。女性警備が適切な人数配置できれば解決するんですけど……」
女性警備が少ない、足りてないって、この間裁縫部屋で聞いたところ。
もしかしたら費用よりこっちの方がハードル高いのかもしれない。
今あたしが着ているスカートの制服で、少しでも入団希望者が出てくれたらいいんだけど。
「警備の女性衛士が少ないのは前々からの問題だ。これは今すぐどうにかできることではないから、後回しにしよう。設置場所の計画を詰めようか」
「もうそこまで考えてしまっていいんですか?」
「ああ。王城管理委員会は名前こそ固そうに聞こえるが、議長の文官と、整備隊長、清掃責任者、『白髭亭』オーナー、庭師長と近衛団というような顔ぶれだ。会議もお茶を飲みながら青虎棟の管理・運営を話し合う、そんなにかしこまった会ではないんだよ。委員長は宰相様で最終的には陛下がお決めになるが、お二方は出席されない」
あら、なんか思ってたのと違うわ。もっと貴族の方々が集まって駆け引きがあるようなのを思い浮かべてた。
「陛下がこの案を次の委員会の席に上げるよう仰ったということは、費用は気にしなくていいという意味だし、そうなれば、次の会の議題に上げればそのまま通ると思っていい」
「……そうなんですか。話が進むのが早いですね。ちょっとびっくりしました」
「そうだな。会と陛下の間に他の人が入らない分、話は早いな」
陛下の話になったついでに、差し上げる調合液を団長に託し、薬草畑のお願いもしてみた。
「――そうか、ユウリは調合師の道に進むのか」
不意に優しい目を向けられて、ドキリとする。
「ユウリからもらったポーションは、効き目はもちろんだが、味がいい。腕利きの調合師となるのだろうな」
がんばりたいと思ってます。と告げると、畑の件も管理委員会議に上がることになるだろうと団長は言った。
「国王陛下のお気に入りなんて評判が流れれば、仕事には困らないぞ」
王族の方々用は王室御用達のものが魔法ギルドから納められるが、献上するのは自由らしい。
気に入ってもらえたらそれはうれしいけど、それ田舎でスローライフのイメージじゃないわね。
今日のお昼ごはんはチキンソテーとサラダとパンのセット。ここのパン美味しいのよね。食事は宿舎棟の『零れ灯亭』の方が美味しいんだけど、パンは負けてないと思う。
シュカはオムレツを食べながらやっぱり(『ユーリのふわふわの方がおいしいの』)と言った。
さすがに、食べている時に声をかけてくる人はなく、あんなことができるルーパリニーニャはすごいわと感心した。
「――そうだ、ユウリ。すまない、言うのが遅くなったが、俺は明日休みなんだ。だから仕事は来なくてもいいんだが、稼ぎたいなら書類整理しに来てもいいぞ」
食堂を出るころになって、レオナルド団長がそんなことを言い出した。
「あ、そうなんですか。レオさんお休みなんですね」
「ああ、副団長たちと交代でな。領での仕事がたまっていて、どうしても帰らなければならない。――――赤鹿の約束もあるし、本当は連れて行きたかったんだが……書類の山が……」
レオナルド団長はそう言ってうなだれるけど、赤鹿のこと覚えていてくれただけでうれしい。
「赤鹿、楽しみに待ってます。稼ぎは調合でするから大丈夫ですよ。休みならじっくりとやれますし。味を気に入ってもらえたなら、また回復薬作りますね」
あたしがそう言うと、団長はふっと笑った。
「土産買ってくるからな」
大きな手がポンポンとあたしの頭とシュカの頭を撫でた。
シュカと扱いがいっしょ? なんかちょっと納得いかないけど、でも、うん、お土産はうれしいかも……。
なんかにやけてしまった顔で、気を付けて行ってきてくださいと伝えた。
退勤後は着替えて『銀の鍋』に美容系調合液の材料を買いに行くのよ。昨夜調べたおかげで、いろんな調合液のアイデアがあふれてくる。どんなの作ろうかななんて、料理に似ていてすごく楽しい。
あたしは足取り軽く、城内を後にした。
* * *
崩壊したかに見えた『食堂で獅子の恋を無言で応援する会』であったが、しぶとく残っていた会員たちを中心に、あっさりと復活していた。
本 当 は 連 れ て 行 き た か っ た ――――。
(((((キタ――――――――――ッ!!!!)))))
ああっ! これですこれ! これのために仕事に来てると言っても過言じゃありません!
胸がきゅんきゅんします! 団長様ーーー!!
あまりの殺傷能力の高さに、何人かの会員が胸を押さえて突っ伏した。
残りの者たちも顔をそむけたまま、上げられない。が、どちらも耳だけはしっかりとそっちを向いている。
親御さんに紹介なんですか?! 相手のお嬢さんも赤鹿楽しみにしてますって言ってますよ! 春はもうすぐ……ん?
(((((…………赤鹿…………?)))))
もしかしたら自分たちは、とんでもない勘違いをしているのかもしれない。
なんでそこに魔物の名が出てくるのか、意味がわからない。
空気が不安で揺れた瞬間。
土 産 買 っ て く る 。
からの、
頭 ポ ン ポ ン ――――――――!!!!
(((((――――落として上げる、最高です――――!!)))))
なんだかんだと今日も楽しい『食堂で獅子の恋を無言(だったり違ったり)で応援する会』の会員たちなのだった。
次話 『* 国王陛下の悲哀』





