申し子、お酒を飲ませてしまう
ちょうど売られていたのが、トマトらしきものレタスらしきものというさっぱり野菜だったので、ここはスパイシーおつまみの出番ではないでしょうか?!
魔コンロにフライパンをかけ、ひき肉を炒めていく。脂が透明になって火が通ったら、塩と砕いたクミンとコショウとナツメグで味付けして、軽く炒めたらお手軽タコミート出来上がり。
『クー! クー!』(『いいにおいー! すごくいいにおいー!』)
シュカが大騒ぎしている。
いい香りでしょ? クミンが入るとたいがいスパイシーでたまらない香りの料理になるわよね。本当に好きだわ。案外お醤油とも相性がよくて、そぼろにも入れたりしてたな。ああ、お醤油。お醤油が恋しいなぁ……。
タコミートのままだとシュカは食べづらいだろうから、卵と混ぜて焼いてあげよう。
もう一つ作ろうと思ったのが、ガーリックオイル。
細かくしたニンニクとトウガラシを瓶の中に入れ、ポクラナッツオイルを注ぐだけ。タコミートにかけても美味しいし、パンに塗ればガーリックトーストも食べられる。
『クー! クー! クー!』(『しってるこれ! ぎょーざ! これもいいにおいー!』)
餃子かぁ、いいわねぇ。食べたい……。
あ! 確か皮は小麦粉しか使わないし、肉と野菜はあるし、作れるじゃない! コショウとワインビネガーでタレ作れば食べられるわ。
「皮を作るのに時間がかかるから、近衛団の仕事がない時に作ろうか」
(『たのしみー!!』)
ニンニク臭くなったまな板に[清浄]と[消臭]をかけて、トマトはざく切り、レタスは短冊切りにした。これで準備オッケー。
ちょっと早いけど夜ごはんにしよう。
シュカにはタコミートたっぷりのオムレツ。
自分用には、クレープ生地にトマトとレタスとタコミートを乗せてガーリックオイルをかけ、くるりと巻いた『なんちゃってタコス』。
それだけじゃさみしいので、トマトの残りにチーズをすりおろし、バジルとポクラナッツオイルをかけた『味だけはだいたいカプレーゼ』を作った。
足りなかったら、〆にガーリックトーストを食べようかしら。
この間レオナルド団長にいただいた、赤ワインのボトルを開ける。
グラスに注ぐと、シュカがじとーっと見ている。
「……シュカも飲む?」
(『いいの?! 飲む!』)
……まぁ、うれしそう……。しっぽ、すごい振られてるわ……。
それならこの間も飲ませてあげればよかった。
小鉢のような皿に入れ、シュカの前に置いてあげる。
「日本酒飲む人……じゃなくて狐なら、白ワインの方が好きかもしれないけど、今日は赤しかないのよね」
(『赤いのおいしそーだよ! いただきまーす!』)
「いただきます」
まずワインを一口。うん、重くはなく気軽なんだけど軽過ぎない、ちょうどいい重さ。チリパウダーもサルサソースもない、このなんちゃってタコスに合わせるならぴったりな感じ。爽やかな果実の香りと酸味がおいしい。
団長のワインの趣味は、あたし好みかもしれない。
そしてタコスをかじる。やっぱりスパイシーなタコミート美味しい。漬けたばっかりだけど、ガーリックオイルがいい仕事してるわ。トマトとレタスがさわやかさでたくさん食べられちゃう。この国はそろそろ夏になるらしいから、これからの季節に合いそうね。
タコスから赤ワインに戻ると、もうまろやかで甘くてたまらない! 美味! このワインも覚えておかないと。タグを見ると『メルリアード領:ロスゼア:一八四四』とあった。ロスゼア種の四年前のものってことね。
「――メルリアード領……。聞いたことがあるような……あっ! レオさんの領じゃない! メルリアード男爵様!」
『……ほう、あの男のところでは、こんな美味い酒を造っておるのか。感心、感心』
…………え…………?
今のはいったい誰の声ですか…………?
キリキリキリと油の足りないロボットのような動きでシュカの方を見ると、なんか違う生き物になってますけど?!
「……シュカ?! なんでそんな大きくなっちゃってるの?! しかも縁が溶けてるわよ?!」
毛玉のようだったかわいらしい体は、小象か牛のように大きく、白狐というよりは巨大魔狼だ。毛がふわふわと揺らめき空気と溶け合って透け、ワインをぺろりとなめては、にんまりと目を細めている。
『あの小さき体は、仮の姿じゃ。この姿もまぁ仮の姿じゃがな。狐とは化けるもの。ほれ、ぬしのいた国ではいい言葉があったじゃろ? TPOに合わせて臨機応変というやつじゃ』
どっかの営業マンみたいなことを。
もっとありがたみのある古っぽい言葉でくるのかと思ったわよ。さすがあの神様の使いね。
「……お酒を飲むと変わるの……でしょうか?」
『よいよい、そんな固くならなくてよいのじゃ。ぬしとわしの仲ではないか。楽にするがよい。――――そうよのぅ、酒が入るとわしが出てしまうわ。どうにも我慢ができん。小さき体の方が欲する魔力も少ないし、周りが撫でたりなんだりと魔力を与えてくれるもんでな、便利なんじゃがな』
かわいい姿には理由があるのね……。
「――まぁでも、どっちもシュカだし、どっちでも構わないわよ。卵は? もっと食べる?」
『……馴染むのが早いのぅ。わしが怖くないのか?』
「そうね。あんまり怖くはないわね」
『変わった娘じゃのぅ。卵はまだあるのかの? いただけるならもっと食べたいぞ。あの、ほれ、マヨネーズもいただきたいものじゃ』
そわそわとしっぽをゆすっているのがかわいい。
うん、おじいちゃんぽいけど、シュカはなんかかわいいわ。
卵のおかわりに、マヨネーズを添えて出す。ワインも空だったからつぎ足して。
大きいシュカはうれしそうにまた食べだした。
『久しぶりの酒は美味いのぅ~。日本酒の研ぎ澄まされた気も美味いがのぅ、この赤ワインの野性味あふれる力強い気もよいのぅ』
「お酒の気……なんとなくわかるような気もするわ」
『日本酒はキリッとした風の気と水の気が入っておったなぁ。たいがい酒はその二つの気が入っておる。この赤ワインは土の気も入っておるの。温かい気じゃ。あの男の魔力となんとなく似ている気がするのぅ』
へぇ、おもしろいものだわね。
レオナルド団長の魔力と似たワインか。
美味しいと思ったのよ。好みだな、って…………。
団長を見ていて察したのは、どうも奥様も恋人もいないみたいだということだ。
昨日ルディルが「団長にもとうとう春が……!」とか言ってたし。何をもってそう言ったのかはわからないけど、今まで春が来ていなかったことはわかる。
なんでだろう。
顔はすっごい整っているし、優しいし、頼りになるし、近衛団の団長だし、あたしは貴族とかよくわからないけど、男爵様っていうのはちゃんとした地位も持ってるってことだろうし。
この国のお嬢さんたちに見る目がなかったってことなのかしら。
それとももしかして何か秘密があるとか……?
――――でもまぁ、何かあったとしてもレオさんはレオさんだしね。
あたしは自分の見たもの感じたものしか信じないわ。
レオナルド団長はあたし好みの美味しいワインを選ぶ人。それだけは間違いない。
残っていたグラスのワインを飲みほした。
調合師で暮らしていけそうな気がしてきたし、作らせてもらえるなら薬草畑を作ろう。
思い切った配合の、調合液も作ってみたい。
なんせここには、ダーグルというチートツールがございます。
お肌にいいハーブや香辛料をダグって美容特化の調合液作れば、売れそうじゃない?
あたしはさっそくスマホを取り出した。
するとシュカが『おお、最近日本で流行りのアレじゃの。スマッホ。映えいいね~じゃな』と、得意気に目を細めた。
よくわかってるじゃない。やっぱり神様に似てるわよねぇ。
次話 『申し子、お人形と戯れる』





