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獅子団長、ひみつの仕事


「ロックデール、もう一人副団長を増やせないか」


 上番したばかりの副団長へ、挨拶もそこそこに俺は言った。

 夕方から夜にかけては副団長が近衛執務室に詰めるため、引継ぎを兼ねた一刻の間だけ、団長と副団長が揃うことになる。


「やぶからぼうになんだ、レオ。そんなもん、ほいほいと増やせるわけないだろうが」


「俺が護衛に出る時、デールに団長ポストを頼みたい」


 ああ? と、友人は眉根に思いきりしわを寄せた。

 その顔を見れば、意図は伝わったのだろうと判断する。


「……必要そうだということか? 危険があるんだな?」


「若干気になることがある。……セイラーム殿下が大変興味をお持ちなんだ。あといくつか貴族から問い合わせがきている。『最近近衛団にいらっしゃる黒髪の方と、お話させていただけませんか』とな」


「想定内だがなぁ。城内なら近衛の目もあるし、貴族は断ればいいだろうよ。お前ちょっと過保護なんじゃないか?」


「……過保護は否めないが、ユウリはなかなか行動力がある。近衛の宿舎を案内した一刻後には、街に買い物に出てたんだぞ」


「ほう。さすが世界を活性化させる光の申し子だな。貴族のお嬢さんならあり得んな。普通のお嬢さんにしたってなかなかにおてんばじゃないか。それならやむを得ないか」


「実際はそんな感じがしないのだがな。どちらかと言うと落ち着きがあるようにも見える。とにかく、彼女がどんなスキルを持っているかもわからないし、様子を見る間だけでも護衛につきたい。――――それに、引継ぎ期間に入ると思ってくれ」


 はっと息を飲み、ロックデールは俺の顔を見据えた。

 眉間のしわはより一層深く刻まれている。

 前々から伝えていたことだったから、その口から文句が零れることはなかった。

 ただ、ため息とともに「わかった」という言葉が聞こえた。


 若干の申し訳なさは残るが、こういうのは順番だ。

 俺と同じだけ近衛団に属しているロックデールへとその順番が回るのは、決して早いことではない。

 一気に重々しい表情になってしまった友人に、俺は今日の報告をするのだった。






 本日と明日は政務休日となり、人員配置に余裕がある。団長が待機していなくてもまぁ大丈夫だろう。ほぼ城の敷地内でしか使えないが、空話具(くうわぐ)も一応着けている。


 俺は東門橋の前の公園で木の影に隠れ、〈存在質量〉のスキルを限界まで軽いで使っていた。

 重いで使えば威圧になるこのスキルは、謁見のお供や団長としての職務の時には重くし、お忍びの護衛の時は軽いで使い、いわゆる存在感がないという状態にする。

 だが存在を消せるわけではないから、さらに魔法の[阻害]を重ねて使う。これで、どこかの誰かがそこにいたような気がする。という状態が作り出せる。

 城内で使えるならば中で待てたのだが、[阻害]が中級魔法のため中級以上の魔法不可の魔法陣が敷かれた王城内では使えないのだった。


 俺は体も存在感も大きく、元々、隠密護衛が向いていないのだ。光の申し子の安全を確保しながら、自由にさせるとか、どんな難題か。相手が普通の貴族のお嬢さんなら、この必要はなかった。


 何をするつもりかどこに行くつもりか、さっぱり読めないわからない光の申し子。目の前にいる時はそうでもないのに、目を離した途端にしでかすから、目が離せない。


 ――――あの[清浄]は魔量をどのくらい使ったのだろう。一万は使ったか。それでケロリとしているところを見ると、まだまだ余裕があるということだ。

 末恐ろしい。この国の常識は全く通用しない。本当に目が離せない。

 そう思っているのに、そわそわと心が浮き立ってしまう。


 昨夜を思い返す。

 神獣である白狐を撫で、光の申し子の大変美味い料理をいただいた。

 そんなに神に好かれるようなことをした覚えはないのに、なんだこの光栄な出来事は。俺はいったいどうなってしまうのか。もうすぐ命運が尽きるのだろうか。


 初めて食べるマヨネーズというソースは衝撃的だった。それにあのコショウの効いた豚肉のカリッとした食感。作った本人は、テキトー料理なんですよ。なんてのんきなことを言っていたが、城の料理番の料理より美味いかもしれない。


 ただ気になったのは、あまりにも自然に誘われたことだった。

 彼女がいた国では、男性を招いて食事をするのは一般的なことなのだろうか。それともそういったことをする相手がいたのか。

 だが、今はもうこの国の人だ。返せと言われても返さない。


 普段は凛とした切れ長の目元が、ワインで柔らかく緩むのを見ると、胃の付近がくすぐったくなり落ち着かなくなったことも思い出す。


 まいったな……。

 俺は、片手で口元を隠して目を伏せた。




 しばらくして東門から出てきたユウリは、すぐ近くにある調合屋へと向かった。

 肩の上に乗り首に巻き付いているシュカが、振り向いてこっちを見ている。嬉しそうな顔をしてしっぽをパタリと振った。

〈存在質量〉のスキルと[阻害]の魔法じゃごまかせないらしい。今まで正体がばれたことは一度もなかったのだが、さすが神獣といったところか。

 俺は仕方なく立てた人差し指を口元にあてて、ひみつだぞとシュカに唇の動きで伝えた。

 わかったかどうかは謎だが、シュカはおとなしく前方へ顔を戻した。


 ユウリは調合屋の裏に回り、庭で店主と話を始めた。

[強化]の魔法を頭部にかければ、聴覚が何倍にもなり会話が聞こえる。

 何かあれば踏み込めるように、こういう場合はそうすると俺たちは習っている。盗み聞きの罪悪感はあるが、薬草について聞いたり、他愛のない会話がどうにも微笑ましくて、笑みが漏れた。

 きっとユウリは居場所を少しずつ作っているところなのだろう。この国での居場所を。

 俺はそれを全力で助け応援したいと思った。




 しばらくして調合屋の裏から出てきたユウリは、道を南へと下っていき食料品店(グローサリー)へ寄って、城へ戻っていった。


 このまま部屋へ戻るのかと思いきや、シュカが先導してさらに城裏の奥へと向かう。どうも神獣と光の申し子は、見えないところで意思の疎通がはかれているようなのだ。

 獣使い(ビーストテイマー)は主従契約を結んだ獣と意思の疎通をはかれると聞くから、不思議ではないのだが。

 森の入り口で様子をうかがっていると、シュカが跳んで近づいてきて『クー!』と鳴いたことでばれてしまった。

 聞きたいことがあるのだとユウリが笑いかけてくるが、後をつけていたうしろめたさからうまく笑えない。

 気にした様子もなく植物が欲しいと言う彼女に許可を出した。

 作ったポーションを売ってほしいと伝えると、


「……いつもお世話になってるので、ちゃんとできたらもらってくださいね」


 なんてかわいいことを言うから、顔が赤くなってしまうのが止められなかった……。





 次の日のユウリはまたも調合屋へ顔を出し、今度は店主のお嬢さんと二人(と一匹)で城内へ戻ってきた。

 日頃、用のない者は入れない城の敷地内も、調和日は前庭の神殿が一般公開されるため、門戸を開いている。

 二人は楽し気に前庭へと歩いていった。

 木立に隠れながら追跡するが、[阻害]の魔法が使えない城内は結構苦労する。

 途中、ユウリたちは馬丁のルディルと合流し、神殿の中へ消えていった。

 礼拝後、東門の方へ戻ってきた三人と一匹は、今度は『(こぼ)()亭』へ入っていった。


 青虎棟の『白髭亭』が休みの日は、近衛団や整備隊も『零れ灯亭』へやってくる。

 客が増える週末は食堂前へパラソルとテーブルセットが出されるが、そこもいっぱいになるのだ。

 そんな場所で、ユウリが出てくるまで待つのはなかなか難しいものがある。

 たとえ〈存在質量〉のスキルを使っていたとしても、近衛団長の俺がばれないわけない。


 今日は……いや、今後はもういいだろう。

 彼女を二日間見ていて、俺はそう判断した。

 城内と近くの街を歩く分には全く問題ない。そうでない場所も大丈夫だろうと思った。

 シュカが案外抜け目なく周りを見回し、しっぽをぶんぶんと振って不用意に近づいてくる人間を追い払っているようだしな。さすが神獣、申し子の()りということだな。


 俺は半分開き直って、『零れ灯亭』へ足を踏み入れた。

 そして偶然を装って、ユウリたちに声をかけよう。


 邪魔をするようでうしろめたいが、やっぱり俺も話がしたい。本当はいつだって堂々と彼女のそばにいたいのだ。






 次話 『申し子、獣人と出会う』

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