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申し子、調合する

 

「素敵~! いかにも調合師らしい作業場ね。かまどを使って大鍋で作るの?」


「いえ、それは昔祖父が使っていたかまどで、今は使ってないんです。それがあると見栄えがするから、そのままにしてるんですよぉ」


「確かに、雰囲気出るわ」


「今は家魔具を使ってちっちゃく作ってますよ。ワタシ、魔力が少なくて、大鍋には作れなくて。[点火]の魔法ですら魔力がもったいないから、家魔具さまさまなんですよぅ。もっと魔力があれば調合師だけでやっていけたんですけどねぇ」


 ふぅとミライヤはため息をついた。

 魔法系生産職っていうのは想像以上に【魔量】が重要みたいだ。

銀の鍋(シルバーポット)」はポーションも素材も豊富でいい店だけど、調合師としては不本意なのかもしれない。


「――ミライヤの飲む人のことを考えて作ってあるポーションって素敵。ちょっとしか作れないのは買い手にとっても残念なことだけど、その思いはお店にも表れてると思うな。飲む人それぞれに合わせて選んでもらえるように、たくさんの種類を置くなんて、愛しか感じないもの」


「もしかしてワタシ褒められてます?」


「思ったことを言っただけ」


 ふふふと笑ったポーション愛あふれる調合師は、小さい鍋を魔コンロにかけた。


 ポーション作りは、材料の計量と水分コントロール、煮込みの火力と魔力の四点が重要。

 計量をしっかりするのは基本中の基本。

 水分コントロールはドライかフレッシュでだいぶ変わる。

 火力は最近の高性能魔コンロなら一定を保てるから失敗がない。

 薬草をコトコト煮ると、ベースの液が仕上がる。出来は調合スキル次第。もし失敗していた場合は廃棄となり、もう一度最初から作り直しとなる。


 ベースの液ができたら、かき混ぜながら魔力を込めていく。魔力を鍋に入れていく感じらしいんだけど、全然ピンとこない。この作業は魔法スキルで成否が問われる。失敗すると、魔力を込める作業を魔量を消費してもう一度やり直すことになる。


 そこまでメモをして、顔を上げた。

 鍋から()された液体が、ポーションサーバーへ移される。


「瓶に詰めやすいっていうだけで、漏斗(ろうと)でも横レードルでもなんでもいいんですけどねぇ」


「でもサーバーがあると便利よね」


「そうですねぇ、こぼす事故は減りますねぇ。ワタシは量作れないから、ちょっとでも無駄にできなくて必需品だったりします。――で、濾した後のこの状態で性能を計ります。瓶に入った状態でもできますけど、ポーションの性能が悪くて使えないとまた抜かないとならないですからねぇ」


 取り出されたスプーンは、持ち手が木製ですくう部分が水晶でできている。これですくったものを情報晶の上にかざすと、性能がわかるらしい。


「[性能開示(オープンプロパティ)]」


 |魔量回復 性能:5

 |疲労回復 性能:2


 半透明のスクリーンに、情報が映し出された。


「回復薬の基本レシピだと、魔量回復の性能がだいたい4から5になるはずです。4あればお店に出せますよぅ。3のものでも有効な特性があれば売ることができますし」


 ミライヤは数値を見て満足そうにうなずき、さきほど渡したマヨネーズの瓶を手にした。


「ユウリ、これはかき混ぜ(ミキシング)とかしてます?」


「かなりしてるわよ」


「計ってみていいですか? 調合師が作ったソースなら、もしかしたら何か性能があるかもしれません」


「おもしろそう。ぜひ計ってみて」


 あたしの作ったマヨネーズは、瓶ごと情報晶にかざされた。


「[性能開示(オープンプロパティ)]」


 |治癒 性能:1

 |疲労回復 性能:2

 |特効:集中力向上(小) 学習能力向上(小)


「へぇ! おもしろい効果ありますよ!」


「……普通に作っただけなのに。不思議過ぎるんだけど」


「かき混ぜる時って魔力が入りやすいんですよぅ。このソース、うちに置きませんか?」


「いやいや、待ってミライヤ。一応ソースだし、味をみてから決めない?」


「そうでした。ワタシったらすっかり食べた気になってました。せっかくだし、お昼いっしょに食べましょう。試食会ということで」


 食べるという言葉に反応したのか、椅子の上で丸くなって寝ていたシュカがむくりと起き出した。

 マヨネーズをおすそわけに来たはずだったのに、結局焼いたチキンと野菜のオープンサンドをごちそうになってしまった。大変美味でございます。

 パンに塗ったマヨネーズをミライヤはすごく気に入って、追いマヨしながら食べている。


「……こってりしてるような、酸味がさわやかなような、もったりと優しくて、もっと食べたくなる……。なんなのこの終わりなき美味しさは!」


 うん。やっぱりマヨは正義。


 試食会の後は「セイラーの麻袋」へ。闇曜日でもお店を開けているみたい。

 マヨネーズをおすそわけすると、なんとセイラーさんはマヨネーズを知ってたのよ!


「ちょっと前に港の方で話題になってたよ。マヨネーズっていう異国の卵ソース。パンに塗ると美味いって評判でね。あたしも食べてみたかったんだよ。ありがとね!」


 だって。

 きっと、他の申し子が作っていたのだろう。

 港の方は治安があまりよくないって聞いているけど、その人は大丈夫なのかな。

 そのうち、あたしも港の方へ行ってみようか。


 せっかく来たついでに、マヨネーズ用に卵を三十個買った。

 王城の卵がいつも手に入るとは限らないから、売る用のマヨネーズの卵はいつもここのにしようと思う。

 お店を出たところでこっそりとスマホを立ち上げ、マップに『セイラーの麻袋:粉・チーズ・卵』のラベルを貼りつけた。

 この埋めていく感じ楽しい。今後どんどんラベル貼っていくわよ。




 お城まで戻ってくると、襟巻きになっていたシュカがふわっと地面に降りた。


(『葉っぱ見にいく? 森にあるの』)


(「行く行く。畑じゃなく森の中なのね」)


 先導するシュカについていくと、たどり着いたのは宿舎棟よりもずっと奥の森。


(『サラサラする葉っぱは明るいとこに生えてるの。お皿の葉っぱは奥の池の方。根っこはちょっと中に入ると匂いがあるの』)


(「レイジエの根っこ、どれかわかる?」)


 シュカはトントンと軽やかにジャンプしながら森へ入り、草むらの中に鼻を突っ込んだ。


(『これこれ、ユーリ!』)


 カリカリと前足で、長い葉が埋まる地面を()いている。

 確かにさっき見た葉も、こんな形をしていた。

 掘りだしてみたいのはやまやまだけど、勝手に取っちゃダメよね。


(「レオさんに聞いてみて、使ってもいいって言ったら採りにこようか」)


(『レオしゃんに聞く?』)


(「うん。聞いてみる」)


 シュカは何を思ったのか、また素早く跳ねながら森の入り口へ戻り『クー!』と鳴いた。

 すると木々の向こうから現れたのは、レオナルド団長その人だった。


 え。

 神獣って、人を召喚するの?!


「――――レオさん? こんにちは?」


「あ、ああ。……すまない、見かけたからどこに行くのかと思ってな。ついてきてしまった」


 なんだ、そういうことか。びっくりした。シュカが召喚したのかと焦ったわよ。


「いえ、聞きたいことがあったのでちょうどよかったです。ここの植物をいただくことってできますか?」


「森の自然を破壊するほとでなければ構わないぞ」


「回復薬を作ってみようかと思ってるんですけど、葉が二枚と根をひとかけ使うんです」


「そのくらいなら、全く問題ない。少量ならまた採っても構わないからな。森に無造作に生えてるもの、たとえばキノコや実だな。そのへんは、採ってもいいことになっている。薬草を採ると言ったのはユウリが初めてだ。もし大量に使うなら庭師に確認を取っておこう」


「ありがとうございます。調合液(ポーション)が作れるかどうかはわからないんですけど。もし上手く作れたら株を分けてもらって、薬草を増やせたらうれしいんですけど」


「そうか。作れるといいな。 ああ、回復薬ができたら俺にも売ってもらえるか? 疲れが抜けない時があるんだ」


 年齢(とし)かな……と団長が悲哀のこもった表情をするので、これはなにがなんでも成功させないとイカンと思った次第。


「……いつもお世話になってるので、ちゃんとできたらもらってくださいね」





 団長があんまり美味しくないって言ってたし、あたしもコショウなしバージョンで作ることにした。

 ブルムの葉とアバーブの葉と薄切りにしたレイジエの根を、[乾燥]でドライにしてしまう。これで水分調整よし。あと[創水]で水を用意して。

 厨房から借りてきたスケールは、0.1グラム単位まで計ることができた。性能は十分。

 魔コンロに[点火]を唱え火を入れて、火力は弱火固定にする。

 こういう長時間に渡って火力が必要な時は、魔法だけでとなると大変。ずーっと魔法をかけておかないとならないから。[点火]だけ魔法を使って、薪なり魔コンロなりを使うのが現実的だ。

 材料を入れた鍋を火にかけて、木べらでぐるーりぐるーりと回して魔力を入れる。魔力を入れる……。魔力を入れる……?

 ……魔力を入れるって、やっぱりよくわからないなぁ……。

 入れー入れーって念じればいいのかしら。


「シュカ……魔力って何なのかな……」


 魔力を入れている手ごたえがあまりにもなくて、狐相手に問答のようなことを言ってしまう。

 作業を見守っていたシュカはひょこっと耳を立てた。


(『まりょくはおいしいよ!』)


 おっと、斜め上の答えが戻ってきたわよ。


(『ユーリのはおいしいいつものごはんのあじ。レオしゃんのはとくべつな……ジュル』)


「ちょっと、シュカ! まさかあたしたちの魔力食べてるの?」


(『た、食べてないよ! ちょっとなめてるだけ……』)


 一応悪いことをしている自覚はあるのか、シュカは目をそらしている。

 それでやたらレオナルド団長に抱っこされたいのか。

 最近疲れが取れないって言っていたの、シュカのせいじゃないでしょうね?

 神の使い、油断もすきもないわ。


 魔力が入ってるのかどうなのかさっぱりわからないし、もういいかと半ば諦めて鍋を火から下ろし、濾しながら紅茶のポットへ移した。このポットなら、瓶に入れるのが楽かなと思ったのよ。

 あとは性能がチェックできればいいんだけど……ラノベの定番、鑑定魔法なんてないわよねと思いながらも、ダメ元で言ってみた。


「鑑定!」


 すると半透明のスクリーンが開き、文字が浮かび上がった。

 うそ! やった! 鑑定使えるんだ?!


 |食用可


 ……使えたけど使えないわ……。

 あたしは諦めて「銀の鍋(シルバーポット)」で性能を計ってもらうことにしたのだった。






 次話 『獅子団長、ひみつの仕事』

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