申し子、魔量について知る
「……もしかして、【魔量】おかしい感じですか……?」
「普通の人の【魔量】は1000くらいだ。多い人で3000、よっぽど恵まれている稀代の魔法使いで5000というところか」
今度はあたしが口をパカっと開ける番だった。
け、桁が違うっ……! あたし五万以上あるけど……?!
古い書物には、「光の申し子が多くの魔力を持っているのは、魔法で世界を渡ってくる時にその魔を身に蓄えるからだ」と考察しているものもあるらしい。申し子はみんな魔力量が多いということだろう。
何気にレオナルド団長って申し子の伝承に詳しくないです? と聞けば、昔から興味があってなとほんのり顔を赤くした。
「――ちなみに【生命】の方は成人女性なら1000前後、丈夫な男性で2000弱くらい、国軍のバケモノ隊長クラスで3000くらいだな。もしそれと大きく外れているようなら、こちらもバレないように気を付けた方がいい」
「こっちはそんなにまぁ……はい、気を付けます」
「……こうして見ると、そんな規格外なようには見えないんだがな。普通に料理が上手なお嬢さんに見えるのに……。あぁ、昨日のチーズはすごく美味かった。ありがとう」
「お口に合ったならよかったです」
「中の溶けたチーズが、少し辛くて鼻に抜けるいい香りがしたんだが、あれはなんだろうか。知っている香りのような気もするんだが、食べた記憶もない」
「あれは、コショウという香辛料です。あたしがいた国では料理に使っていました。こちらでは調合屋さんで見つけたので、ポーションに入っているんじゃないでしょうか?」
「言われてみればポーションで感じる香りだ。ポーションは美味くないが、あの料理は美味かった。ワインが進んでしまう味だな」
そうか、ポーションか。と頷く顔は笑っていて、あたしも笑ってしまう。
やっぱり、作った料理を美味しいって言ってもらえるのが一番うれしいわ。
食堂でレオナルド団長と向かい合ってランチを食べていると、なんとなく周りの人口密度が高いような気がした。
向こうの方の席は空きがあるのに、この周りは満席だ。食堂の人気エリアなのかしら。
「――そうそう、レオさん。シャワーは使えたんですけど、浴びている途中で石鹸がないことに気付いて……あれって、どこに売ってるんでしょうか」
中に組み込まれた魔法陣が、使ったお湯を清浄して循環させる省魔粒設計だとかいう家魔具は、最初に水魔粒と火魔粒をセットしてすぐに使うことができた。
なのに頭まで全身濡れたところで、石鹸がないということに気付いたわけよ。
お城の客間には石鹸があったから、存在するのは間違いない。でも、なんというか昔の石鹸? みたいな油っぽい匂いの石鹸だったな。後から香油で香りづけするから構わないってことなのかもしれないけど。
ないものは仕方ないので、よーくよーくお湯で流した。
ちなみにドライヤーもないので、[乾燥]を恐る恐るかけてみるといい感じに乾いてほっとしたものよ。チリチリになったりしなくてよかったわ。
はっ! という顔をして、ナイフとフォークを置いたレオナルド団長は眉を下げた。
「そういえば言ってなかったな、すまない。宿舎棟の東門に一番近い棟は、食堂と宿を兼ねているんだ。そこで石鹸やタオルが売られている」
「あー、そうなんですね。帰りに寄ってみます。それにしてもお城に宿があるんですか」
「閉門に間に合わず帰りそびれた文官が泊まっていったり、城で働いている者の家族が泊まったりだな。外部の者が泊まるには事前の申請がいるが、客室はそこそこいつも埋まっているらしいぞ。併設の食堂は、庭師や馬丁など中の食堂を使わない者たちが多く利用している。近衛もよく飲みに行っているぞ。あそこの料理は美味いからな」
へぇ。結構需要があるんだ。
美味しい料理も気になる。帰りにぜひ寄ってみよう。
「もしユウリが料理の仕事を希望するなら、ここでも向こうでも食堂を紹介できるから言ってくれ。まぁでもそんなことになれば、陛下がお抱え料理人で欲しがりそうだがな」
……国王陛下の料理人なんて恐れ多過ぎるわよ。
だいたいあたしの作るものなんて簡単安く手早くの、テキトーおつまみなんだから。
「いやいや、そんなとんでもない。あたしの作るものなんて料理と呼べるかあやしいものですし……」
「そうか? とても美味かったぞ。毎日食べたいくらい……い、いやなんでもない。と、とにかく、困ったことがあればいつでも相談してくれ」
顔を赤くしながらそう言ったレオナルド団長に「じゃぁさっそくお願いしたいことがございます」と食後に付き合ってもらったのは、昨日の朝までお世話になっていた客間。
ドレスなどを返して侍女さんたちに挨拶をすると、また遊びにきてくださいませ! とすがりついてきそうな勢いだった。
団長にいっしょに来てもらってよかった! 一人だったら絶対にあれよあれよという間に身ぐるみはがされて着せ替えショーが始まったに違いないもの。その手際の良さときたら山賊も真っ青よ。
なんかクスクスと笑っている獅子様とは、納品口の前で別れた。
別れ際に後で皿を返しに行くと言われたけど、昨日くらいの時間と思っていればいいのかしら。
通用口で身分証明具を情報晶にあてて、外に出る。
今日はどうしようかな。空は薄曇りで歩くにもちょうどいい天気だ。
とりあえずさっき聞いた石鹸を買いに行こうと、あたしは宿舎棟へ向かって歩きだした。
* * *
毎 日 食 べ た い く ら い ――――。
(((((キタ――――――――――ッ!!!!)))))
密度の高い食堂の一角。
期待高まる中、最近少し柔らかな孤高の獅子こと近衛団長が放った一言で、またも付近一帯の人々は固まった。
(((((今日もまた、公開プロポーズなんですか?!)))))
固まってうつむいた人たちの顔は真っ赤。聞き耳マックス。
ああっ! ねぇ、お相手のお嬢さん、流しましたよ! 流しちゃいましたよ?!
団長も、そこは毎日食べたくなるじゃなくて、食べたいって言わないと! いやもういっそ、毎日俺のために作ってくれだろう!!
(((((がんばれ! 団長様、超がんばれ!!)))))
『食堂で獅子の恋を無言で応援する会』のみんなの心は、今日も完璧に一つになったのだった。
次話 『申し子、もふもふと出会う』
やっともふもふの出番です。
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