* 夜会に咲く花
年に二回ある王家主催の夜会のひとつ、萌花宴。
今回の萌花宴では光の申し子が国王によって紹介されるという、非常にめでたい席となった。
ヴィオレッタはその光の申し子であり元同僚を、壁際の休憩場所で見つけた。
近衛団の現団長、ロックデールといっしょにいる。
休憩場所で休んでいる人のところに押しかけ挨拶をするのはマナー違反だが、元同僚と現上司相手であれば許されることだろう。
「失礼しますわ。光の申し子様にご挨拶させていただけますでしょうか」
「――ヴィオレッタ、披露宴ぶり! すごいちゃんとしていてご令嬢の鑑みたい」
「ユウリ。もうせっかくきちんと挨拶しようと思ったのに、あなたときたら。それで子爵夫人なんて務まるのかしら?」
「務まらないから、侍女とか家庭教師としてうちに来てくれない? 人手が足りなくてすごく困っているのよ」
悪びれもせず、ちゃっかりしているわ!
ヴィオレッタは黒髪の元同僚を白目で見た。
ユウリ・フジカワ――いや、ユウリ・ゴディアーニ。
つい先日、デライト子爵夫人となった彼女は、光の申し子だった。
伝説のような存在がこんな近くにいたなんてと信じられない思いではあるが、ユウリ自体はのんきな普通の女性で、光の申し子と言われてもそれもまた信じられない話だった。
「あ……。ロックデール様、お休み中のところへお邪魔して申し訳ございませんわ」
「いや、気にすんな。俺は少し挨拶してくる。ヴィオレッタ、ユウリを少しの間頼むな」
「……承りますわ。ちゃんと見張っておきます」
笑いながらロックデールが会場へ戻って行く。
ヴィオレッタはもう少し話がしたかったような、でも緊張してしまうからよかったような、複雑な気持ちで夜会服の背中を見送った。
「……ヴィオレッタ、踊らなくていいの?」
「……ええ。まだ時間はありますでしょう?」
「んー……時間って、まだあると思っているほど残ってなかったりすると思うんだけどね」
他愛のない話をしながら舞踏会会場を眺めていると、ロックデールがダンスをするところが目に入った。
テーブルを挟んだ隣りに座るユウリにも見えたのだろう。
「――あ。団長、ミューゼリアさんと踊るんだ……」
ぽろりとこぼした言葉で、ユウリも彼女と知り合いなのだと知る。
さきほど宴の始まりにピアノを披露した女性を、もちろんヴィオレッタは知っていた。
ミューゼリア。妙なる調べを奏でる、音楽に愛された人。町に生まれ落ちた天上姫。
有名なピアノの演奏者だ。
王立オレオール学院にヴィオレッタが入学した時、入れ違いで卒業していった彼女。学校で会ったことはなかったが、噂は伝説のように残っていた。
押し寄せる求婚者たちに見向きもせず、男子学生の死体の山を築いた音楽の女神と。
そんな人と、憧れている人が踊っている。
……あの方……ダンスはあまり上手ではないのですわね……?
音楽の女神は動きが遅れがちで、パートナーのロックデールの足を踏みそうになること数回。
見ている方がハラハラしたが、ロックデールは顔に穏やかな笑みを浮かべてミューゼリアをリードしていた。
ふたりの間には確かに慣れ親しんだ空気があった。
胸が痛む。
けれども、そんな権利をヴィオレッタは持っていないと自分に言い聞かせる。
胸を痛めてもいいのは、その恋にちゃんと立ち向かった者だけだ。
ヴィオレッタは何もしていない。
ただ無責任に関わらない遠いところから、勝手に眺めて憧れているだけ。
一曲が終わり、二人は離れた。
次に女神の手を取ったのは、夜会で見かけたことのない黒髪の青年だった。
「――あの方は……。わたくしの誕生日で演奏してくれた方ですわね?」
「そう。ミューゼリアさんのお店で歌っているの」
なるほど、そういう繋がりだったのか。
ヴィオレッタは納得して、二人のダンスを見た。
「…………あら……? 今度は踊れていますわ…………?」
ユウリは小さく笑った。
「ミューゼリアさんって、音楽に聞き入ってダンス踊れなくなっちゃうらしいの」
「ということは、今は聞き入ってないということですのね……」
見ているだけでもわかる。
ちゃんとまっすぐに黒髪の青年を見て、踊っている。
ロックデールとの違いはなんなのかなんて、考えるまでもなかった。
また胸が痛む。
ロックデールにとってのミューゼリアは一体どういう相手なのかはわからない。
ただ、かのレイザンブール国王近衛団の団長が、夜会で踊っているところを見るのは初めてだった。
とても優しい顔をしていた。
「ヴィオレッタ、踊らないの?」
会場の方を見たまま、ユウリがもう一度たずねた。
曖昧な問われ方をしているが、きっとロックデールと踊らないのかと聞いているのだ。
あんな顔を見た後にダンスに誘うなんて、自分には無理。
そう思いながら、違う言葉を口にした。
「……ユウリについているように頼まれていますもの」
ユウリは会場に向かって小さく手を振った。
近づいて来たのは、ユウリの夫であり、近衛団の元団長であるレオナルド・ゴディアーニ。
ヴィオレッタが同士のような憧れのような複雑な思いで見ていた人だ。
「ヴィオレッタ嬢、妻に付き合ってくれてありがとう」
「つっ……!」
ユウリがカーッと赤くなったのが見えた。
面白い。けど、面白くない。
「ごきげんよう、デライト卿。元部下ですし、ヴィオレッタで結構ですわ。嬢と呼ばれるのも気恥ずかしい年ですもの」
少し棘っぽくなってしまったのは仕方がないだろう。
扇子を開いて顔を半分覆うと、レオナルドが苦笑した。
「今宵は、紫のバラがそっぽを向いているようだな」
――――!!!!
あの恐ろしげな顔をしていた国王陛下の獅子がこんなことを言うようになるなんて!!!!
ヴィオレッタは扇子の影で目をカッと見開いた。
「――レオさ……お、夫が来てくれたし、ヴィオレッタはダンスにいけるわね」
「……っ」
今度はレオナルドが顔を赤くし、片手で口元を覆った。
――――なんなの!!
この二人はわたくしにケンカを売ってますの!?
わたくしをダシにして、イチャイチャ甘々ってやつですの!?
よくわかった。
人は変わる。変わっていける。
あの学園中の女子から恐れられていたレオナルドが、こんなに柔らかくなり、赤面し、貴族のようなことを言い。
そして幸せそうに笑うのだ。
ダンスを誘うのは無理だなんて思っていた先刻の自分をつねってやりたい。
近衛団の衛士となり、すでに貴族令嬢の枠からはみ出しているというのに、まだお行儀よく嫌われないように笑われないようにと気にして、動けないだなんて。
――――変わって何が悪いんですの。
先刻の胸の痛みが恋なのか同情なのか、なんなのかはわからない。
ただ、何もしなければ、何も変わらないままだ。
ヴィオレッタはすっくと立ちあがり、近くを通った給仕からグラスを奪い取った。
中身が何かも知らずに一気にあおる。
アルコールの強いパリーニャ産カリコリン種の赤ワインだったらしい。喉からカッと熱が広がった。
「――――ええ。そろそろダンスでもと思っていたところでしたの。素敵な方が他の方にとられる前に、デライト卿が来てくれてよかったですわ」
ヴィオレッタはにっこりと笑った。
レオナルドは驚いたような顔をし、ユウリの顔が大変輝いた。
乗せられたようで気に入らないが、今、この勢いで行くしかない。
* * *
扇子をピシリと閉じると、北方の紫のバラは猛然と歩き出した。
後にユウリはまるで決闘でも申し込むかのようだったと語った。
恋が始まるかどうかはわからない。
だが、くすぶっていた蕾のバラが鮮やかに満開となった瞬間だった。
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