* 元上司と部下の暴露話
「結婚おめでとう」
ロックデールがそう声をかけると、揃いの衣装を着た二人が振り返った。
「デールか。ありがとう」
「おつかれさまです、団長」
『クー!』
長い付き合いであるレオナルドの笑顔は、かつてなく柔らかい。
ロックデールは、それがとてもうれしかった。
幸せそうな友の笑顔につられて笑顔になる。
それに引きかえ隣りにいる元部下はきりりとした顔で、今にも敬礼でもしそうな勢いだ。
だいたい、おつかれさまってなんだ。夜会の挨拶ではないだろう。
肩に乗っている白い子犬のような神獣は、美味しいものくれる人! とでもいうような期待に満ちた顔で見ていて、ロックデールは苦笑を返した。
陛下に結婚の報告をし、この場にいる者たちに広く知らせるという場でもある萌花宴。
レオナルドとユウリの二人も正式な夫婦となり、さらにユウリが光の申し子だと陛下が知らせたことから、会場中の人たちから挨拶をされていた。
まだ声をかけたそうにしている者の姿もある。
挨拶につぐ挨拶で緊張しているのか疲れのせいか、ユウリの表情は硬い。
「お二人さん。結婚生活の話も聞きたいし、一杯つきあわないか?」
ロックデールは本日、客として参加している。酒を飲んでも問題はない。
広間の休憩場所誘うと、レオナルドが目で合図してきた。
「――――ユウリ。デールと先に飲んでいてくれるか? どうも先ほどから陛下と目が合う。多分お呼びになっているのではないかと思うのだが」
陛下の名を出しているが、もう少しの間一人で挨拶に対応するつもりなのだろう。
ロックデールも目線で合図を返す。
「ユウリ、妻を優先しない気の利かない夫の愚痴を聞いてやるからな?」
ユウリはぷっと気の抜けた顔で笑った。
「陛下からの呼び出しは、応じる方がいい夫だと思います。帰ったらずっといっしょですし、ちょっとくらい離れても大丈夫ですよ」
「――――っ」
ロックデールは思わず上を向いた。
――――のろけか。馬も食わないやつか。俺も食わねぇぞ!
レオナルドは少しだけ申し訳なさそうに、でもうれしそうにして「ユウリを頼む」と背を向けた。
「ロックデール団長は、今日は護衛じゃなくお客さんの方なんですね」
壁の方に用意された席でグラスを傾け、ユウリはやっと硬い雰囲気を解いた。
休憩用の軽食を置いている広間もあるのだが、飲み物と簡単なつまみなら舞踏会の会場にも用意があるのだ。
シュカは当然のようにロックデールの膝へ乗ってきたので、つまみのチーズをとってやった。
「今日の俺は客の姿をした警備係だ――――と言いたいところだが、まぁわりと本当に客だな」
「そうなんですね。貴族の方なら夜会にも出ないとならないですよね。催しごとに持ち回りで護衛をするんですか?」
「いや……陛下がな、『レオナルドは縁があったからよかったが、近衛の仕事のせいで結婚ができなかったなど困る。そなたを含む独り身の年齢いったものから順に夜会へ参加するように』とおっしゃってなぁ。お心を無下にもできず、客として参加しているわけだ」
「え、えっ? 独り身の年齢のいったものから……」
ユウリはそう言いながら、ちらちらと会場を見ている。
「なんだ? やっぱりレオが来ないのが気になるのか」
「違います、他の人です! ヴィ……なんでもないです! キレイな人がいるなぁと思って見ただけです」
からかっただけなのだが、ユウリは慌てて律儀に返してきた。
ユウリはまじめだが硬い感じではなく。どちらかといえば人当たり柔らかで、そういえば、『宵闇の調べ』で会うあの男も似た雰囲気を持っている。
光の申し子とは、そういうものなのか。――――いや、そういう者だから光の申し子となったのかもしれない。
ロックデールはワインを一口飲んで喉を湿らせた。
「――――しっかし、レオも思い切ったもんだ。光の申し子だと周りに知らせてから、何かいやな思いしてないか?」
「今のところは、何もないですけど……。これから何か起こるんでしょうか……」
「どうだろうかなぁ。こんな風に大々的に光の申し子を知らせることなど、普通はないんだぞ。まぁでもレオが大丈夫だと思ったから踏み切ったんだろうしな。あいつは昔から光の申し子が好きでな? ミュゼからは光の申し子信者と呼ばれていたっけなぁ」
「信者……」
微妙な顔になるユウリに、続けて言う。
「光の申し子研究会に入って、教師のじーさまたちとそりゃあもう熱く語り合っていたもんだ。光の申し子のゆかりの地を巡る旅にも行っていたか」
「聖地巡礼……」
「ユウリ、よかったなぁ? 国で指折りの専門家のところに落ちて来て」
「ハハハハ……トッテモ、ヨカッタデス……」
乾いた笑い声に、ロックデールはしてやったりな気分になる。
ユウリが城へ落ちて来てから、どれだけ馬も食わないやつを食わされたか。相談のふりをしたのろけ、報告のふりをしたのろけ、のろけのふりをした甘々すごいのろけ。甘くて甘くて食えたもんじゃないのだ。
――――辛党じゃなくたって食えないっての!
「……だがまぁわりと冗談じゃなく、よかったと思うぞ。俺たちが学院にいたころ、レオが言ったことがあってな。近いうちに魔素大暴風が起こると言われている。だから、きっと光の申し子様がいらっしゃるだろう。知らない国に来た申し子様に、暮らしやすい場所を作るんだってな、大量の本を抱えていた」
「そうなんですか……」
「俺なんか、光の申し子の話を聞いてもどんな人だろう、来たら何をしてくれるのだろうとかそんなもんだった。だからレオの言葉は深く残ったなぁ」
その思いやり深い男は、今も寄ってくる者たちに一人で挨拶を返しているのが見える。
休憩場所では初対面の挨拶をしないのがマナーだから、ユウリのところへ話しかけに来る者はいない。
そんな状況を知ってか知らずか、遠くの大きな男を見たユウリの表情が少し緩んだ。
「――――あー、俺のところにもかわいい光の申し子が来ないもんかね」
本気で思っているわけではないが、長い付き合いの友人であるレオナルドとミューゼリアの二人ともが光の申し子と幸せそうに暮らしているのだ。
ぼやいてしまうのはしかたがあるまい。
するとユウリが、はぁ? とでもいうような顔で、ロックデールを見た。
膝の上のシュカまでも残念そうな顔で見上げている。
「――――ロックデール団長。おモテになる人にわざわざ申し子なんて必要ないと思いますけど」
「ああ? なんだそりゃ。もてる奴は陛下に心配されて夜会に出たりしないだろうよ」
「知らぬは本人ばかりなりか……。案外こういう人の方が難物なのかもしれないよね、シュカ」
『クー!』
「なんだ。勝手に納得して」
「いえ、なんでもないですけど――――あたしのいた世界には幸せのバラを探すっていう物語があるんですよ。探す旅に出たけれども見つからなくて、結局、帰ってきた家の庭に咲いていたバラが幸せのバラだったって話なんです。幸せや探し物は案外身近にあったりすると。だからロックデール団長の幸せの紫のバラも近くにあるかもしれないですよ」
一瞬、脳裏を横切る紫のバラが、人の形になったような気がした。
「……光の申し子様の言うことだ。覚えておくことにしようか」
陛下がくれた場だったが、出会いなどまったく期待していなかった。
だが――――レオナルドが来たら、誰かダンスを誘いに行くのもいいかもしれない。
夜会でダンスなど何年ぶりのことだろうか。
いつになく楽しみになり、浮ついた心を隠すようにロックデールはグラスに残っていた赤ワインをぐいっと飲みほしたのだった。
紫のバラの人(笑)
時々、番外編を上げる予定なのでよかったら見にきてくださいね~
あと、ご報告です。
カクヨム様の方の「楽しくお仕事 in 異世界」中編コンテストで受賞しました!
みなさまの応援のおかげです! 応援こそが執筆の糧です! いつもありがとうございます!
今後もよろしければおつきあいくださいませ。