申し子、最後の確認
あたしが魔素大暴風防止作戦に参加するということは、シュカが言うところのダンジョンをただの洞穴にするということだった。
――――あんなにも焦がれていたというのに、ダンジョンをただの長いトンネルへ変える仕事をするとか…………。なんという皮肉よ…………。
ただ、一時的に魔素がなくなるだけでそのうちまた溜まってくるらしいから、そんなに悲観しなくてもいいらしいんだけど。そのうちまたがどのくらいかはわからないみたいだけど!
魔素大暴風は起こらない方がいい。
でも、ダンジョンの中の魔物と資源は重要なわけで。魔素を無くすというのはいいことばかりではないし、そう単純なことではなかった。
どんな影響がどのくらい出るのかなど、やってみないとわからないのでとりあえず計画を進めてみましょうと、裏でひそかに事が動き出した。
それよりもこちらにはそれよりも差し迫った案件があった。
――――婚礼式とお披露目という、大変な案件が。
いや、案件とかいっている場合ではないわ。
人生の門出とか晴れ舞台というやつよ。
今のとこ、ただ言われたままに流される笹船状態ですが!
「――――衣装三点よし! 萌花宴用のも来週には仕上がってくるわね?」
「はい、ヴァンヌ様! あとはレースの縫い付けだけですわ」
「アクセサリーも準備できてます!」
「マッサージ用の香油はノスラベンダーでしたか?!」
「バラよ! 王領のロジエ農園の最上級のを注文してあるでしょう?!」
「来てますよ! ラベンダーは式後のリラックス用なので、みんな気をつけておいてください!」
「…………師匠が本業よりいきいきしてますぅ…………」
まわりがわちゃわちゃとする中、あたしはおろおろと座ったり立ったりを繰り返している。
婚礼式の一週間前でこれって、前日や当日はどうなっちゃうの…………。
「まぁまぁユウリ。座ってお茶でも飲んだらいいですよ? 準備はうちの師匠が全部やってくれますから」
ミライヤだけはいたって通常営業。そのマイペースさはホント見習いたいところ。
トントンとノック音の後に案内されて部屋に入ってきたのは、レオさんだった。
「――――今、忙しいだろうか?」
「いえ……。あたしはあんまり……」
ばたばたしているのはヴァンヌ先生とメイドのみなさんです。
「よかったら少し出ないか?」
「ええと……どうなんでしょう……?」
一週間後に婚礼を控えたこの部屋の主は、いなくてもいいものなのか。
困ってレオさんを見ると、苦笑で返された。
「新しい馬車が出来上がって来たんだ。乗り初めに行こう」
『クークー!(あたらしいばしゃ乗るの!)』
「ユウリ~、師匠たちは放っておいていいですよぉ。行ってきてください」
ミライヤに背中を押されて、部屋を抜け出すことにした。
そういえば、最近はずっと邸に詰めていたっけ。だから、こうして外に出ると開放感がすごい。
ぐーっと伸びをした早春の空の下は、確かに日の暖かさも感じられる。雪解けも近いんじゃないかな。
「だいぶ疲れているみたいだな」
「あはは……。慣れないだけです」
婚礼なんて何度もあることじゃないから、こんな忙しいのは今だけなんだと思う。
先に乗ったレオさんが差し出す手を取って、新しい二人乗りの馬車に乗った。
オープンタイプだという馬車は、いつもの箱馬車と違って絵本で見るサンタクロースのソリに車輪を付けたような感じだと思った。幌が開いていて日差しを遮ってくれている。
二頭の馬が棒で繋がれているのは、速度を揃えるためらしい。二輪だからか、とにかく軽やかな感じの馬車だった。
レオさんが操縦する馬車は、まだ雪が残る海沿いの道をサンヒールの町に向けて走っている。
「思ったより寒くないですね」
「風除けの魔法陣が書かれている。あまり揺れない魔法陣も組み込まれているらしいぞ」
たしかに乗り心地も悪くない。馬も専用の新しい子たちだし、お高かったのでしょうね……。
「父が奮発してくれてな」
「えっ! 辺境伯……お義父様が買ってくれたんですか?!」
「ユウリへのおわびの一環だそうだ。一番高級な箱馬車も付けてくれると言っていたぞ」
「一番高級な箱馬車?!」
「国王陛下がお出かけの際に使われる馬車と同じものと言っていたか」
「陛下と同じ?! お、お断りしたんですよね?!」
ハハハハハとレオさんは笑った。
えっ、どうなの。お断りしたの……? してないの…………?!
馬車は軽やかに走る。疑惑とご機嫌な領主様を乗せて。
すれ違った荷馬車の御者が、驚いた顔をしていたので、レオさんと手を振った。
「――――びっくりしてましたね。こういう馬車もいいですね」
「そうだな」
こんなドライブもいいなと思っていたら、レオさんが逡巡ののちに口を開いた。
「ユウリは――――……後悔しないか?」
「後悔ですか? 結婚を、ですか…………?」
「それは後悔していると言われても離したくないから聞かないぞ。その――――光の申し子だと、みなに知らせることだ。今ならまだ間に合う」
なんとなく、最初から言いたいことがあるかのような雰囲気だった。
これが聞きたくて、連れ出したのかな。
光の申し子であることを悪用されないように、その存在であることとその能力を隠さなければならないと聞いていた。
ずば抜けた魔力量と特殊なスキル。それをこの世界の人たちにいいように使われないようにしなければならないと、言われていた。
――――バラの花の中でプロポーズされたあの時。
レオさんは、光の申し子が安心して暮らせる場所を作りたいと語った。そんな町を作ろうと思うと。
その旗印として、あたしが光の申し子であると公表するのはどうだろうかと聞かれたのだ。
次回、最終話です!