申し子、魔量怪物
「――――ただの洞窟になってしまったな」
行けども行けどもなんにも出ないダンジョンで、レオさんが笑った。
『クー(ユウリがしたの)』
「あたしの楽しいダンジョン冒険ライフが!!」
嘆くあたしのうしろで、「ワタシの調合素材がぁ!!」「シュカ様の普通の狐様姿が!!」と同じく悲嘆にくれる声が聞こえた。
冒険者ギルドの人たちがいい顔で、誘ってくれるけど……。
「ダンジョンは他にもありますよ! 他もごいっしょします!」
『クークー(ユウリがぜんぶほらあなにしちゃうの)』
しないわよ!!
シュカにちゃんと話を聞けば、違う世界と繋がっているのは変わりないらしい。
溜まっていた分の魔素がなくなっただけで、そのうちまた魔素は溜まるんじゃないかってことだった。
ダンジョンから出て、また会合の部屋(まだ誰もいない冒険者ギルド出張所)に戻った。
ヘリオスさんと国土事象局現地調査部の方たちはまとまって話し合っていたが、そのうちレオさんとあたしにお願いがあると切り出した。
「――――ユウリ嬢にご協力いただけないかと思いまして」
そう言ったのは度々こちらに来ている銀髪のおじさまだ。
「神獣様のおっしゃることなどを統合して考えた結果、もしかしたら魔素大暴風を防げるのではないかと」
未曾有の大災害レベルの魔素大暴風というのは百年に一度程度だったが、もっと規模が小さい大暴風と呼べないほどのものは時々起こっていたのだそうだ。
どの事例も魔素が濃いところで起こっている。それは長年のデータからわかっていた。
その濃い場所へ暴風が嵌るから魔素大暴風になるのだと思われていたのが、今回のことで違う可能性がでてきたということだ。
魔素が濃いところへさらに濃い魔素が噴き出て魔素大暴風になるのか、もう一つの世界とやらとこちらのその場所の魔素が増えすぎて圧がかかっている状態からの爆発なのか。
「――――どちらにしろ、魔素を薄くすることで解決するかもしれないというわけです。それで、今後子爵夫人になられるユウリ嬢に実験のお手伝いをしていただくのは大変失礼なのですが、できればお願いできないかと…………。他の魔素が濃い場所でも今回と同じようにしていただくことはできませんか?」
「その場の魔素をなくすなど、今まで誰も考えつきませんでした。魔法を使うことで多量の魔量を使えば、その場の魔素が一時的になくなるなんて…………誰も知らないことだったのです。でも、考えてみれば大変納得できることで。実験もやる価値が大いにあると思います」
「常人には無理ですが~」
「無理ですね」
「魔量怪物…………」
最後に発言した人はやっぱり怒られてたわ…………。
レオさんはさりげなくあたしの肩を抱き寄せながら言った。
「ユウリがよければ、俺は構わないのだが――――山の中など危険で大変なところへ連れて行くのではないのか?」
「そうですね、場所によっては多少は。ただ、要注意箇所は記憶石が用意されていますので、難所を歩かせるなどということはありませんよ」
「そうか。まぁ、ユウリには護衛がつくからそんなに心配することはないな」
護衛…………。
肩に置かれた手で、誰が護衛するのか察してしまったわけですが。
まさかその護衛が国王陛下の獅子、子爵様本人だとは誰も思わないでしょうねぇ…………。
「――――あたしでお役に立てるのであれば、協力します」
そういうわけで、魔素大暴風消滅作戦への参加が決まったのだった。
◇
なにはともあれまずは腹ごしらえでしょう。
もうお昼の時間も過ぎて、お腹空いていますよ。
冒険者ギルドの出張所はまだ機能していないけれども、二階の食堂や宿の準備は進んでいる。
せっかくなのでここの厨房使ってみたいです! って言ったところ、許可が下りました。
銀色の調理台をメインに棚なども銀色の金属でできている。どこも新しくてピカピカ。そんなに大きくない食堂で魔コンロは六つ口、オーブンは二台としっかりした設備だ。
「――――何にしようかな」
ダンジョンに入ったメンバー全員での昼食。
国土事象局現地調査部の調査員さんに冒険者ギルドの職員さんと、デライト子爵領のあたしたち。コース料理じゃなくても問題なさそうな顔ぶれだよね。
「料理長呼んできます。あと材料も持ってきます。シュカ様、何がいいですか~? やっぱり肉ですか? 新鮮な魚ですか? 卵も好きですよね~?」
『クー。クー。クー(やっぱり肉がいいの。もちろん魚もいいの。卵も大かんげいなの)』
「全部持ってきます!!!!」
うちの神獣ってば一切の遠慮をしないスタイル。
そしてヘリオスさん、言葉通じてるんじゃないの…………? 恐ろしい子!
っていうか、うちの神獣そんなに甘やかさなくていいのよ…………。
魔法鞄には食材もたんと入っておりますので、ポップ料理長が来るまでに多少進めておこう。
まずはスープ代わりにホワイトシチュー。まだまだ寒いからね。
北方の幸がいろいろ入るし。タマネギやらイモやらニンジンやらと、ノスサーモンを入れようかな。
立派なのが丸々一尾あるんだけど、ちゃんちゃん焼きするには味噌がないしどうしようかと思っていたところなの。
大きなノスサーモンでも一応おろせるけれど、[強化]を使ってちょっと楽をしよう。
マイ包丁を取り出したら、鱗とヒレ類を取って、お腹から内臓を除いて、エラのところから骨に沿ってザクザク――――っと身を外した。
いつの間にやら見に来ていたギャラリーから、「おお――――っ!!」と歓声と拍手が。
マグロの解体ショーを思い出すなぁ……。
このまま半身を焼いたら盛り上がるかなと、ノスサーモンは後でオーブンで焼くことにして、塩コショウをたっぷりまぶして置いておく。焼けるの早いから、シチューの準備のあとでね。
シチューは基本の鶏肉でいいか。あたし、皮目はしっかり焼いて入れる派です。香ばしくて好きだな。
フライパンで焼いているとなりで、真新しい大きな寸胴にどーんと野菜を入れてシチューを作っていく。
途中、ポップ料理長が加わって野菜系の皿が追加された。
出来上がったのはこんがり皮の鶏肉のシチューとノスサーモンのオーブン焼きに、ポップ料理長の特製パンと温野菜とスノイカのマリネ。
温野菜にゆで卵のっているから、シュカも文句はいわないでしょう。
食堂の大きなテーブルに料理がずらりと並べられた。
「これがユウリ嬢にさばかれていた魚か……」
「すげぇ!」
「子爵夫人、豪快だな……」
まだ夫人ではないですけどね……。
半身焼きのままどーんとテーブルに載せられたので、まぁ、豪快かもしれない……。
ポップ料理長がきれいに切り分けてサーブしてくれるので、安心。
みなさまの評価も上々の模様。
ノスサーモン、脂がほどよくのって美味しい。身がふっくらよ。
「美味い! 魚ってこんなに美味かったか?!」
「温まるなぁ……」
『クークー!(マヨたっぷりでおねがいしたいの!)』
「国土事象局の宿舎でもこれ出してほしい……」
「ここに住みたい……」
なんだか悲しいつぶやきは、聞かなかったことにする……。
レオさんはうれしそうに「ユウリの料理でうちの領の職員も釣れそうだな」なんて言っていた。
いやいや、あたし焼いただけですから! 北方の幸がすばらしいのです!
これで白ワインがあったらもっとすばらしかったなぁ……。
昨年は応援ありがとうございました。
もう少しで完結します。最後までおつきあいいただければ幸いです!