申し子、違う世界というもの
シュカの語ることを翻訳して話し、ダンジョンの奥で起こったことをまとめると、従来言われていたことと違う事実が見えた。
魔素大暴風というのは、魔素の濃い多いところにたまたま強い風がはまって起こると言われていた。だが、魔の領域という部分から魔素が吹き出して起こるのではないかということだ。
「……そうか、別の領域だか世界だかの気が吹き出しているのか……」
冒険者ギルド・ゴディアーニ支部長のギズドラさんは、納得がいくようだったが、他のギルド職員は少々混乱しているよう。
「というか、なんだよそれ! 知らないうちに別の世界を歩いていたってことか?! どういうことだよ。別の世界って。死者の世界みたいなものか? 信じられない話だ!」
光の申し子が違う世界から来ている話が有名なこの国。
違う世界というものが普通に理解されているのかと思っていたら、そうでもないみたいだ。
おとぎ話のようだものね。そう思っている人もいそう。
「――――分かりづらかったら申し訳ないんですけど、あの、魔法鞄って違う空間を使いますよね? あんな感じなのではないですか?」
あたしが話しかけると、混乱していたギルド職員は一瞬きょとんとしたあと、目を見開いた。
「あ……ああ! なるほど! ものを入れれば入る道具だと思ってあんまり気にしてなかった! そうか、魔法鞄のように見えないけれどある領域ということか!」
「なんじゃないかなと思います。そこに魔素と魔物が存在するのかなと」
ようするに、シュカが言うところの魔の域とこの世界の接点が、魔素の濃いところなのだろう。
話を聞きながら固まっていた元国土事象局現地調査部の調査員テリオスさんは、おかしな辺りの一点を見つめながら独り言のようにつぶやいている。
「――――魔素と魔物の吹き出す事象が、ダンジョン内なら異常発生暴走で外なら魔素大暴風になるということか~…………それなら魔獣や魔物がいきなり現れたり増えたりするのもわかる~…………」
思考に入り込んでいるテリオスさんに聞くのも悪いかと思って、ダンジョン内の魔物についてレオさんに聞いてみたところ、どこからか入ってきた卵や幼体が魔素で急速に育つのだと思われているのだそうだ。
「――――まぁ、それよりは別の世界から吹き出してきたという方が自然だろうな」
レオさんがそう言うと、ギズドラさんもうなずいた。
「目の前で見てしまいましたからね。大きくなったではなく、“突風とともに突然現れた”でしたよ」
「別の世界か…………。光の申し子がいた世界も、見えないだけで近いのだろうな」
「そうですねぇ。すっごい近いんじゃないですか~?」
あはははと笑うミライヤに、困った顔を返すくらいしかできないわけで。
他の人たちは微妙な顔をしてこちらをちらちら見ていて、ちょっと居心地悪かったわよ…………。
◇
ダンジョン内でシュカが普通の狐くらいの大きさになって暴れ……いや、戦ったことを知ったテリオスさん。
「シュカ様の勇ましいお姿を拝見したいです~~~~!!!!」
と泣きつくので、調査もあることだし翌日またダンジョンへ潜ることになった。
冒険者ギルドは本部からも人が来ていて、連絡を入れた国土事象局現地調査部の人たちもその翌日だというのに来た。
なので結構な大所帯で調査に入ることになった。
ミライヤは行かないつもりだったみたいなのに、巨大海兎は薬に使えそうな成分があるよと言ったら考えをひるがえしましたよ……。
誰かに獲ってきてもらうとか? と聞いたんだけど「己の力で獲ってきてこそ!」だそうだ。無理ならその時は冒険者ギルドに依頼することにするとのこと。
とりあえずは試してみたいらしい。
すぐ近くに材料があっていつでも好きな時に手に入れられるってわかっていれば、安心するものね。気持ちはわからないではない。
「あ、ね、ミライヤ。えっと、その…………すごい野性的な格好だけど、調合師ってそういう服装で狩りに行くものなの…………?」
大勢の冒険者や調査員の中にマタギが一人混ざっているので、勇気を出して聞いてみたわよ。
レオさんも笑いをこらえているみたいだったから、ええ……? と思ったのはあたしだけじゃないと思う。
はい? とこちらを見たミライヤは、全身モコモコと目立たない色合いの厚地の上衣とパンツに、毛糸の帽子、なんかの動物の毛皮のベスト、背には植物で編んだっぽい籠を背負っている。
「そうなんですよぅ。ワタシの狩り採取装備です! 寒い時はこれじゃないとだめです!」
なんでも、ベストにしている毛皮は三つ目熊だとかで、弱い魔獣は避けて行くのだそうだ。一財産なんですからね! と自慢された。
背中のカゴは魔獣専用にしている魔法鞄だとか。薬草用のは腰に付けたポーチ型のもので、魔獣と薬草をいっしょに入れるのは気持ち悪いから分けているって。
トータルコーディネートで見るとマタギか文明に取り残された狩人にしか見えないけれども、由緒正しき調合師の装束だと思うことにしておくか……。
なんやかんやとしゃべりながらあまり緊張感もなく、一団のうしろのあたりを歩いている。
けれども、シュカがの様子が変わることはなく、すぐうしろを歩くヘリオスさんの視線が痛い。
先頭の方から「全然魔素がないぞ」「えらい綺麗なダンジョンだな」という声が聞こえる。
それにこたえるように『クークー。クークー。(ユウリが魔法つかったからないの。魔の気ほんのちょっぴりしかないの)』という神獣の声も聞こえて、情報を伝えるべきか握りつぶすべきか悩ましいところよ…………。