申し子、ダンジョンへ行く 1
引っ越し完了。
あっという間だった。
大きい家具や家魔具は元々あちらにあったものだからそのままで、新しいものは届けてもらったり大きい魔法鞄を持ったレオさんが買いに行って設置していた。
あとは服やら雑貨やらを移動させるだけだけど、やっぱり魔法鞄があるからパパパと入れて、ポンポンポンと出して片づけて終了。
なんという手軽さよ!
これなら何回でも引っ越せる! と言ったら、レオさんがちょっと慌ててたわね……。そのくらい簡単っていうだけで、今さら住まないなんて言わないから、すがるような目で見ないでください…………。
そんなわけで、新居の居間にて二人と一匹でお茶をいただいているところだったりする。
『クークー(お茶もいいけど甘いものもほしいの)』
「お昼前だからちょっとだけね。レオさんも焼き芋食べますか?」
「惹かれるが、食事の前だから遠慮しておこう」
シュカの分だけお皿にのせ、レオさんにはおやつの時に出してあげようかな。
邸内は新しく入った使用人たちが増えたこともあって、引っ越し作業でごたごたしていることだろう。
それなのにここだけこんなにのんびりしていて、なんだか申し訳ない気もする。
新しい領主邸は海と山の間の平地に建つ、大きな城だ。
その口の字型の建物の、山側の棟の三階フロア一番西端が領主のプライベートスペースになっている。
廊下のつきあたりの扉から入ると、正面には石造りの立派な壁。デライトで作られた布を飾りとしてかけ、ちょっとした玄関スペースとなっている。廊下から中が見えてしまないように目隠しの役割も兼ねていたり。
この裏には台所がある。玄関からでも台所からでも、北側と南側へいけるようになっていて、北側が居間で、南側が寝室などになっていた。
居間の窓からは真下に領兵舎の棟、右手にダンジョンのある中庭とそれを取り囲む棟、遠くには海とデラーニ山脈が見えていた。
大変よい眺めです。ソファに座ると遠くの景色だけが見える計算された窓の位置が最高です!
引っ越し作業も終わり、一息ついていたレオさんもとなりでくつろいでいる。
「ユウリ、午後から中庭を見に行ってみないか?」
「え! いいんですか?!」
「他の者たちは今日は忙しいだろうから、いい機会だろう。――――ダンジョン用の装備はあるな?」
「はい、革の鎧があります」
「では、昼食の後に行こう」
本来なら食事は料理人が作ったものを食堂でいただくのだけど、今日は忙しいだろうからあたしが作ることになっていた。
現在片付けやら新しい使用人とのやり取りでめちゃくちゃ忙しいと思われるポップ料理長は、明日からはがんばれるそうだ。
ささっと作った昼食をダイニングキッチンのテーブルに出すと、レオさんは大変うれしそうにしている。
「いつも美味い食事をありがとう、ユウリ」
「ありあわせのもので作ったから、ちゃんとしてないですよ……?」
「美味いからいいんだ」
『クー!(おいしいからいいの!)』
こちらこそ、いつも美味しいって食べてくれてうれしい。
けど、照れくさいから「いっぱいあるのでおかわりしてくださいね」とだけ言った。
◇
あたしのプライベートスペースとやらには、メイクルームがある。めちゃくちゃ広くてドレッサーがあるのはもちろん、着替えもできるしマッサージもできるし、クローゼットとバスルームにも繋がっている。
普段は大層なドレスとかは着ないから一人で着替えるけど、何かがある日は侍女さんたちが入って戦場になるのだろう。がんばれ、未来のあたし……。
他人事のようにエールを送って、着替えをする。
シャツの上に、前に冒険者ギルド近くで買った革のビスチェとパンツ。
その上に裏が毛織物の厚手ジャケットと、オーバースカートを身につけた。これは朝練の時に着ているものだ。動きやすくて暖かくてとてもいいの。
「――――お待たせしました」
「では行こう」
『クー!』
廊下に出て階段を降り、二階にある棟を繋ぐ扉から領兵舎に入り、一階の中庭へ出た。ちなみに一階には棟同士を繋ぐ扉はない。セキュリティ上、その方がいいと思う。
外にまわると結構な距離になるけど、領兵舎通るとずいぶん近かった。扉は領主と補佐しか開けられないらしいので、実質レオさんがいないと、あたしはダンジョンに行けないということになるのかも。
邸内のいたるところで人がわさわさしていたけど、中庭にもトレーニングしている領兵さんや、冒険者ギルドの制服を着た人がいる。
中庭はまだ何もなくてがらんとしているけど、春になったら植樹をする予定だ。
「――――中は誰か入っているか?」
レオさんが慣れた風でギルド職員に声をかけた。
「デライト卿! 支部長が入ってますよ。四階まで行くと息巻いてましたけど、どうですかね」
「そうか、それなら低層は安心して入れるな。いってくるぞ」
「はい! デライト夫人もお気をつけて!」
「あ、え、あ、はい……。いってきますね」
『クー!(いってくるの!)』
「神獣様も気をつけてくださいね!」
ギルド職員が立つ先には扉が開かれた小屋と、その中にネットに覆われたダンジョンの入り口があり、ぽかりと地下への口が開いていた。
地下鉄への階段に似ているはずなのに、まるで違うように感じる。見えている岩肌のせいか、立ち上る何かの気配のようなもののせいか。
肩に乗るシュカの毛もざわりとしたような気がした。
ワクワクするよりも緊張が先に立ち、腰のホルスターに収まっている短杖を確認していた。
「それではいこうか、ユウリ」
「――――はい」
あたしは念願の、そして初めてのダンジョンへと足を踏み入れた。