申し子、何度見ても驚きしかない
「――――領官や領主邸で働くみなさんも執務棟の方に住むんですか?」
そのうち侯爵領になるという話だから働く人の数はかなり多くなるだろう。
兵舎もいるのかな? どのくらいの規模なのかわからないけど、数人ということはないと思う。
さらに畑で働く人たちの宿舎もとなると、相当広くないと住めない気がするのよ。
「王城のように、城の外に宿舎を作ることも考えている」
「あ、それがいいですね。ダンジョンの近くに住みたくない人もいますよね、きっと」
「たしかにそうだな。少し離れた場所の宿舎も検討しよう」
「――――デライト卿。領官はどちらから来てもらうことになっておりますか?」
遠慮がちにヴァンヌ先生がたずねた。
「ゴディアーニの方から何人か来てもらえることにはなっているが、足りない状況だな。あとは王立研究院を出た者が数人来る。今はゴディアーニで研修しているところだ」
「もし、まだ空きがあるようでしたら、メディンシア領立研究院の方からも採っていただけませんか。魔法科しかありませんが、みな能力はあります」
「身元のしっかりした者なら大歓迎だぞ。人手はまったく足りてないからな」
レオさん、いい顔して笑ってますけど、それで大丈夫なのでしょうか……。
「あっ、ではでは、うちの弟妹のどちらかもよろしいですかぁ?! 研究院出てます!」
「もちろんだ」
「ミライヤの弟さんか妹さん?」
「二人とも実家の手伝いをしているんですけど、どっちが実家を継ぐかで揉めてるんですよぅ。継げなかった方がワタシの店を狙いそうなので、勧めたいと思います!」
さすがミライヤ。デライト領の人手不足と自分の安泰と一挙両得同時解決とか、ちゃっかり、いや、しっかりしてる――――と思ったら、意外なことを言い出した。
「……でも、ワタシが来たい気もするんですよねぇ……」
「え、そうなの?! ミライヤが来てくれたら、すごく心強いけど!」
「久しぶりに師匠とユウリといろいろ実験していたら、なんか楽しかったんですよね…………。いろいろ試すのが好きだっていうのを思い出したというか?」
「そういえばミライヤのお店って、同じものでも産地が違うのとか揃ってるわよね」
「そう! そうなんですよ! その違いが楽しいというか、違いがどう効果に現れるのかを知りたいというか!」
たしかにミライヤは知りたがりやさんだ。
知的好奇心が旺盛なタイプ。研究者向きなのだろうね。ちょっとテリオスさんに近い気がする。
来てくれたら楽しいと思うんだけど、やっぱり寒いのがネックなのかな。寒いの嫌で実家に帰らないって言ってたし。
「――――あっ、ミライヤ! 領兵団に冒険者! 年頃の男の人がいっぱいよ!」
とあたしが言えば、レオさんもうなずいた。
「ふむ、そうだな。来てもらえるなら、領主夫人直属の庭師長でも、領官の薬草部門責任者でも、好きな職を用意しよう」
「うわぁぁぁ! ワタシをユウワクする甘い言葉が聞こえますぅ~!!」
ミライヤは頭を振ってベビーピンクのツインテールをブンブンさせ、その後すっくと立ちあがった。
そして抱えていたシュカをとなりのヴァンヌ先生の膝へ乗せた。
「ちょっと、家族会議してきますぅ!!」
腰のポーチから出したポーションをぐいっと飲むと「[転移]!」と行ってしまった。
「あ……泊っていってくれるのかと思ってたのに……」
あたしのつぶやきに、ヴァンヌ先生が苦笑した。
「うちの弟子は落ち着きがなくてごめんなさいね。――――ただ、調合への情熱だけはあるから、もしこちらにお世話になることがなればお願いね」
「あたしの方こそ、よろしくお願いしたいです。ミライヤにもヴァンヌ先生にも。今後もどうぞよろしくご指導ください」
「ええ。ユウリはもうしばらくの間、通っていらっしゃいね。教えていない薬草が、まだたくさんあるから」
「はい。よろしくお願いします!」
ヴァンヌ先生は優しい笑顔を浮かべた。
そろそろ三人で晩餐をというころに、ミライヤは戻ってきた。
そして「万事整えて参りました~! もうこちらに来れます! 末永くよろしくお願いいたします!」と、挨拶したのだった。
◇
ミライヤはテリオスさんと同じ実務員という職に就くことになった。
領主直属の部下的な職らしく、アルバート補佐の手が足りない部分をカバーするのが仕事らしい。
ミライヤの職務内容は“領主様の婚約者様”の補佐だそうだ。
補佐といっても、今のあたしは大したことは何もしてない。なのでいっしょにヴァンヌ先生のところに行ったり、調合のアドバイスをもらったり、今までとあんまり変わらなかった。
友人が補佐になるって、どうなんだろう。ミライヤが気にするだろうかと思ったけど、そちらもあんまり変わりなく。
ただ、いっしょに食事をするのだけは「獅子様に恨まれ……いや拗ねられ……じゃなく、とにかく気兼ねなく食べたいので遠慮しますぅ!!」と断られているわよ。解せぬ。
ミライヤが前子爵邸に越して来てから数日後。
二人で調合しているところに、レオさんが来て言った。
「ユウリ。城が出来てきたぞ。さぁ建てに行こう」
え? 城が出来てきたって、どういうこと?
注文していたドレスが出来てきたぞと、同じ重さだったんですけど?
それに建てに行こうって、積み木の城を建てるわけじゃないわよね?
ここには冒険者ギルドの出張所が入り、その上に宿屋があってとか計画してから数日しか経っていない。
設計書が出来てきたならおかしくはないけど、そういう雰囲気ではなかった。
何から何までおかしなセリフで、どう突っ込んだらいいのかと思っているうちにダンジョン入り口のあたりまで連れて行かれ。
アルバート補佐、ミライヤ、テリオスさんなどみんなが見守る中、レオさんは巻物を二本取り出した。
あっ、あれは前にも見た――――――――。
「[解巻物]」
巻物が光りながら地面に消えると、巨大な魔法陣が浮き上がった。
魔法陣の中に口の字型の土台ができ光は消えていった。
レオさんがもう一本の巻物を解封すると、次の瞬間にはもう巨大な城が建っていたのだった。