申し子、一財産を託す
作った調合液は全部持たされた。
「アタシの手には余るから、全部持って帰ってちょうだい」
そうヴァンヌ先生に言われ、押し付けられたのだ。
すごい治癒液みたいだから、いいんだけど。
仲介してもらうなら魔法ギルドか軍か領主って話だったし、レオさんに預ければ有効活用してくれるかな。
シュカを肩にのせて前子爵邸へと入っていくと、玄関ホールでレオさんが出迎えてくれた。
「……ただいま戻りました」
『クー!』
シュカはさっさとレオさんの方に行ってしまう。
わが領主様は当然のようにシュカを抱えて、ほんのり笑った。
「おかえり、ユウリ。食事の前に少し話ができるか?」
「はい。だいじょうぶです。着替えてきます」
「急がなくていい。応接間で待っているからな」
話ができるならちょうどよかった。
あたしは急いで二階の自室へと向かった。
着替えて応接間へ行くと、アルバート補佐がお茶を淹れてくれた。
シュカはレオさんの膝の上で何か食べさせてもらっている。
ナッツかな。っていうか、向こうでもヴァンヌ先生におやつをもらってたわよね……。
「悪いな、ユウリ。食事までの時間、少しいいか」
「あたしもお話ししたいことがあったのでちょうどよかったです」
「何かあったのか?」
「はい――――これなんですけど」
魔法鞄から緊急用治癒液・上級と最上級を全部取り出して、ずらりとテーブルに載せた。
「――――ユウリが作った治癒液か。どんな効能なんだ?」
「ええっと……上級ポーションと最上級ポーションです」
レオさんとアルバート補佐が固まった。
「ヴァンヌ先生がおっしゃるには、魔法ギルドか軍か領主くらいじゃないとさばけないらしいんですけど……」
テーブルの上を凝視していたレオさんが、口を開く。
「あ、ああ。そうかもしれない、な…………?」
「そ、そうですね。レオナルド様が預かられるのがいいかもしれません…………」
「それでは、こちらはレオさんにお願いしてもいいですか」
「あ、ああ……。わかった、預かろう……。売れたら代金を支払う形でいいか?」
「ヴァンヌ先生の手には余るそうなので、研究の協力のお礼も兼ねてくださったんです。だから材料費はかかっていませんし、お金とかはいらないです。領の方でいいように使ってもらえればうれしいんですけど」
あたしがそう言うとレオさんは目を見開き、アルバート補佐は口をぱかりと開けた。
「――――い、いえいえいえいえ! ユウリ様! ここにある分だけで一財産ですよ?! 材料費がかかってないとかそういうことでは――――!」
「…………恐ろしいな、光の申し子…………これだけの治癒液を作ってなんてことないようにしているのも恐ろしいが、領で使ってくださいとポンと渡すその無垢さが眩し過ぎる……心臓が…………」
…………なんか恥ずかしくなるようなことを言われたような気もする…………。
「でも、領にお世話になってますし、食費とか住居費とか……ドレスも作っていただきましたし…………」
あたしがそう言うと、レオさんはさみしそうな顔になった。
「ユウリに対価を求めていないのだが……」
「ご、ごめんなさい! 対価とかではなくてですね! お礼の気持ちというか……」
デライト子爵領の人たち、いやメルリアード男爵領の人たちも、みんなによくしてもらった。
販売所で食事処の『メルリアードの恵み』はたくさんの人に支えられて、美味しく楽しくステキな場所になった。おかげで連日予約があり、満席御礼。
調査現場の方では、ダンジョンと干渉しないように温泉の水路を確保する作業が始まった。温泉はホントに楽しみなんだけど、作業にかかる金額が大きいというのも聞いている。
だから、あたしも領の人たちの役に立ちたい。治癒液がちょっとでも領の役に立てばと思ったんだけど…………。
「まったく、悪いのはレオナルド様です! ユウリ様は悪くありません!」
「そうだな……」
「あなたがちゃんとしていれば、ユウリ様にあんなこと言わせなかったのですよ! そろそろご自分のお年を考えて行動を――――」
失敗してしまったワンコのようなしょんぼりとするレオさんに、アルバート補佐が腰に手を当ててお説教モードになっている。
えっ、今の話の流れで、なんでレオさんが悪いのかしら……。
「――――いつまでモタモタしているのですか。我が主ながらふがいない……」
「…………返せる言葉がない」
モタモタ?
動作が機敏なレオさんにはあんまり似合わない言葉な気がする。
「――――あー……、失礼しました、ユウリ様。お茶のおかわりをお持ちしますね」
ひとしきり領主様に苦言を呈した補佐は、あたしに向けて申し訳なさそうに苦笑し出て行った。
アルバート補佐の言葉にレオさんは考え込んでいるみたいだった。
「――――あのっ……レオさんはもたもたしてないと思います。動きは素早いし力強いし、でもどことなく優雅でステキだと思い……ます……」
「――――っ、ありがとう…………。だが、それ以上はもう……」
レオさんは口元を押さえて横を向いてしまったけど耳が赤くて、あたしもなんだか恥ずかしくなってしまった。
「そ、そうだ、ユウリ。三日後に昼餐会があるんだが、いっしょに出てもらえるか?」
「昼餐会ですか?」
「ああ。毎年恒例なんだが、年末にゴディアーニ辺境伯家で家族そろって昼食をとるんだ。元々俺は出席予定だったのだが、ユウリの招待状も今日届いてしまってな……」
ゴディアーニ辺境伯家の家族そろっての昼餐会?!
「あああああ、あの! ご家族の集まりにあたしが出席するのはどうなんでしょう?!」
「それがな……ユウリがおわびを何も受け取ってくれないから直接聞くと父が言っているらしくてな…………」
ひっ…………!!
辺境伯様直々のお誘いだった!!
あわあわするあたしとは反対に、辺境伯家で昼餐会という単語を正確に理解しているシュカは、
『クー!!(ごちそうのよかんのなの!!)』
と目を輝かせてしっぽを振ったのだった。