申し子、寝耳に水な宮殿の話
晩餐はヴァンヌ先生とミライヤもいっしょで、賑やかだった。その後、応接間でお茶を飲みながらの話になった。
応接間でお茶を飲むことがある時は、シュカがだいたいレオさんの膝に乗っていることが多いのだけど、今日はミライヤに撫でられている。
シュカ、お客さん好きよね。…………まさか、いつもと違う味の魔力をなめたいとか…………。ミライヤは魔力少ないって言ってたから、あまりなめないであげてほしいわよね…………。
「――――デライト子爵。相談したいことが二つほどございます。まずはユウリ様の治癒液作成についてなのですが、私にお任せいただけませんか?」
ヴァンヌ先生の言葉を聞きながら、レオさんは手をあごにあてた。
「ユウリがいいのなら構わないと言いたいところなのだが――――俺に許可をとらないとならない理由があるのだな?」
「ええ。ユウリ様の後見人として、お話しさせていただきます。まずは彼女の資質の問題ですね。魔量がちょっとアレなので、調合液の研究も兼ねて、他の調合師にはできないことも任せてみたいと思っているのです」
「それはユウリに無理をさせるということか?」
「推測でしかないのですが…………多分、ユウリ様の魔量に無理させられるほどの材料の持ち合わせはありませんわね」
ヴァンヌ先生! 魔量モンスターみたいな言い方しないでいただきたいのですが?!
「…………ああ、なるほど」
「ブフッ……」
レオさんは微かに苦笑しながらうなずき、ミライヤは吹き出してごまかし紛れにシュカの毛をわしゃわしゃ掻いた。
「ゴホン。とにかく、それほど普通の調合師とユウリ様の魔量には違いがあるということです。彼女の力を悪用しないと誓いますので、この国の調合液の発展のためにも協力していただければと思うのですが」
「本人が了承しているのなら構わないぞ。時々、研究の話などを聞かせてもらえるか」
「もちろん、どういったことをしているのかは、私からでもユウリからでも随時説明させていただきますわ。もう一つは相談といいますか、提案でもあるのですが、昼間見学させていただいた辺りですが、魔素が多く少し特殊なようです。あちらを薬草畑にするのはいかがでしょうか」
薬草畑という言葉に、レオさんは身を乗り出した。
「薬草畑は作りたいと思っていたのだ。場所はあの辺りでいいのか? 広さはどのくらいにあればいいんだ? 温室も作ろうと思っているのだ。大きいのと、小さいのがいくつかとどちらがいいのだろうか」
「レオナルド様、薬草畑に関してよい相談役を得られましたね。ユウリ様はお金だけではなく素晴らしい人材も連れていらっしゃるのですから、さすがでございます」
アルバート補佐までそんなことを言って、さりげなくメモ帳片手にレオさんのうしろに陣取っている。
ヴァンヌ先生が丸くした目をぱちぱちさせた。
「…………薬草畑を作る予定でしたなら、ちょうどよかったですわ…………?」
「ああ、そうなんだ。城を作る予定なんだが、ユウリの宮殿の近くに薬草――――」
――――――――?!
「えっ?! レオさん、ちょっと待って! 城?! あたしの宮殿ってなんですか?!」
レオさんは一旦こちらを見た後、さっと目をそらして片手で口元を覆ったのだった。
◇
詳しい話はまた明日ということでその場はお開きとなり、ヴァンヌ先生とミライヤは客間へと案内されていった。
こういう時のために、お客様用のお着替えから日用品まで揃っているらしい。
さすが領主邸。それならこのお邸でも手狭だというのはなんとなく理解できるのだけど…………。
応接間には、あたしとレオさんとその膝に乗ったシュカだけになった。
バツの悪そうなレオさんはシュカをなでながらポツリポツリと話し始めた。
「――――元々、領主邸として城を建てるつもりだったのだ。――――その、光の申し子が安心して暮らせるようにと。だが、ユウリが小さい家に住みたがっているようだったから、そちらの計画は保留にしていたのだが、父が…………」
ん? ゴディアーニ辺境伯?
「ユウリへのお詫びに城を建てると言い出した」
「…………ええ?! お詫びってなんです?! 城を建てなければならないようなことなんてありました?!」
「あれだ。次兄の婚約のために、近衛団に戻ることになっただろう? そのお詫びだ。ユウリに薬草園や山をあげると言ってもいらないと言うから、城を建てると」
「う……それでしたら、当初の予定通り、領主邸のお城にしてしまったらいいのでは……?」
「いいのか? 子爵邸となるデライト城とユウリの宮殿を繋げた王城よりも大きな城を建てるぞ?」
「今の流れで、どうしてそんな話になりました?!」
なんでそんなに城を建てたいの?! 貴族ってそういうもの?! それともゴディアーニ辺境伯の血なの?!
レオさんはハハハと口を開けて笑った。
「わかった。やはり大きな家はいやなんだな。では、領主邸の城の敷地内に、ユウリの好みの家をたくさん建てよう。その日の気分で好きな家に住めるように、すべての家に準備をしておけばいい。あ、だが、護衛の部屋は作らせてほしいのだが――――」
全然、わかってない!
小さい家をたくさんって、違う! なんか違うわよ!!
「ま、待ってください! 小さい家はたくさんいりません。自分だけの小さい家は憧れるけど、住めるのならどこでも楽しく住みますし、護衛の部屋も好きに作っていただいて大丈夫です、よ……?」
「護衛の部屋は好きに作っていいのか……」
言っていて自分でも――――ん? と思ったのに、レオさんはうれしそうだった。
――――って、護衛の部屋? え、護衛…………?
なんか違うのような気がするのに、どう言ったらいいのかわからない。
あたしはなんだかすっきりしないまま、その夜はなかなか寝付けなかった。