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申し子、知らなかった


 あたしがビードロー総工房長に、カフェ用のグラスをお任せした数日後。

 グラスの受け取りに[転移]の魔法で『七色窯』へ行くと、中に入る前からいつもと違っていた。


 ――――なんか、にぎやか……?


『クークー(いつもよりいるの)』


「人が多いっぽい?」


『クー(そうなの)』


 肩に乗っているシュカとお店の前で話をしていたら、引き戸ががらりと開けられた。


「ユーリとシュカ! いらっしゃいだっし!」


「こんにちは、ベイドゥ――――なんかにぎやかね?」


「うん! とうちゃんが帰ってきたんだっし!」


 ベイドゥが明るい笑顔を向けてきた。

 そうか、お父さんは家を出ていたのね……。亡くなっているのかもしれないって思ってたのよ。

 何があったのかはわからないけど、帰ってきてベイドゥが喜んでいるのならよかった。


「そうなの。よかったわね。今、お父さんいるの?」


「いるだっし! ユーリを待ってたっし!」


『クークー(わいんのびんのひと、いるの)』


 ――――ん?

 今、シュカがなんか言った……? ワインのビンの人って…………。


「――――ユウリ様、こんにちは」


 入り口から顔を出したのは短いヒゲがトレードマークのビードロー総工房長――――え、ベイドゥのお父さんって、ビードロー総工房長だったの?!


(「シュカ! ベイドゥのお父さんがビードロー総工房長って知ってたの?!」)


(『しってたの。においおなじなの』)


 そんな知ってて当たり前のように言わないでほしいんだけど!

 今、ちゃんと思い出してみれば、『良品魔炉ガラス工房』の総工房長は、ビードロー・バンナ。

『七色窯』の親方が、バルーシャ・バンナ・アルテザ・ノスドワーフ。

 家名なのか、名前の一部がいっしょだった。

 親方の長い名前に気を取られすぎてたわ……。


 そうか、あのビードロー総工房長が前に言ってた「夫婦間のいさかいがあった時のために、家出する場所はいくつあってもいいものですよ?」なんてセリフは、実体験に基づいたものだったと。


 …………結婚生活って、いろいろあるのね…………。


 あたしは、一瞬遠い目になった後、わかってましたみたいな顔をしてビードロー総工房長に笑顔を返した。


「こ、こんにちは……。おうちに戻られたんですね……?」


「ええ。そうなんですよ。うちの職人も数人こちらに戻ってまして。作るスピードがもう少し上がると思いますよ」


 笑みを浮かべるビードロー総工房長を押しのけて、バルーシャ工房長が顔を出す。


「――――嬢ちゃん来ただっすか? 新作があるだっすよ!」


 入り口じゃ物も見せられないからと、店の中へと誘われた。


「工房長、こんにちは。――――息子さんが戻ってきてよかったですね」


「む……いや、別に、こいつなんて帰って来なくたって……」


 バルーシャ工房長は、なんかごにょごにょ言いながら、そっぽを向いている。

 そんなこといいつつも、頬のあたりがうれしそうよね。

 そしてそれをうしろから、穏やかな笑みを浮かべて見ているデルミィ副工房長は、とても幸せそうだった。


 工房長の色ガラス飾りの新作は、背の低いフラワーベースだった。


「……すごくステキです! かわいい! あのグラスといっしょに並んでいたらとっても合います!」


 三段プレートが背が高いから、バランスがちょうどいい。

 オーダーメイドしたように『メルリアードの恵み』のダイニングにぴったり合いそうだった。


「そ、そうだっすか? したらもっと作るだっすか!」


 工房長はニカッと笑って、速足で奥へと戻っていった。

 ダイニングの全テーブルに置けたらいいな。

 それにしてもフラワーベースにしてはかなり低いデザインだけど、なんでこの高さにしたんだろう。

 不思議に思っていたのがわかったのか、ベイドゥがこっそり「とうちゃんが、この高さがいいだろうって言ってたよ」と教えてくれた。

 ビードロー総工房長にグラスの話をした時に三段プレートの話をしたから、それを覚えていてくれたんだ。

 さすが、町一番と言われるガラス工房の偉い人は違う。


 その偉い人はグラスを二種類あたしに差し出した。


「緊張しない非日常のグラス、どちらがいいでしょうか」


 片方は、型で作ったらしいワイングラスに、かわいい花の色ガラス飾りが施されたもの。

 もうひとつは透明なガラス一色で、ボウル部分から脚にかけて網目のようなガラスの模様が入っている。


「――――こちらでお願いします。これが、好きです。」


 あたしは透明なガラスの方を手に持った。

 ゴブレットとでも呼びたくなるような、クラシカルな雰囲気。

 すごくステキ。


「ユウリ様はごまかせないですね」


 ビードロー総工房長が笑った。


 色ガラス飾りの方は、その特殊な製法を練習するために、安価で速く作れる型で作ったグラスの土台にしてみたものなのだそうだ。

 やってみたら案外かわいらしいから、あたしが気に入ればこちらでもいいと総工房長は思ったと。


 もう一つのあたしが選んだ方は、グラスを作るときの型にデザインを施したものなのだそうだ。

 ガラスの液体を流しいれる時と型から外す時に少し気を遣うので、時間がかかる分割高にはなるけど、型で作るガラスだからびっくりするほど高価にならないのだそうだ。


「型を作るのに時間がかかってしまいました。お待たせしてすみません」


「とんでもないです! ステキなグラスを開発してくださってありがとうございます」


 お礼を言いつつ、そのとなりの色ガラス飾りのグラスも盗み見た。


「――――あの、そちらも『メルリアードの恵み』の販売所の方で取り扱わせていただけますか? 練習用ということでしたら、日にいくつかできあがりますよね? 名門『七色窯』で練習のために作られている訳アリ品といって出せば、悪くないお値段で売れると思うんですけど」


 ビードロー総工房長とデルミィ副工房長が大笑いした。


「……さすがだすねぇ。ユーリは商売人のお手本だす」


「本当にそうだな。――――ユウリ様、お任せいたします。『七色窯』に目をかけてくださったこと、心よりお礼を申し上げます。今後は『良品魔炉ガラス工房』ともども、領主様とユウリ様のために働きますので、末永くよろしくお願いします」


 改まって頭を下げられた。

 こちらこそ、これからもよろしくお願いします。と、返しそうになったけど……。


「……今後もデライト領での活躍を楽しみにしてます」


 そう言って、夫妻と握手をしたのだった。






 こうしてカフェ用のグラスを手に入れ、販売所で売る名産品も手に入れた数日後、『メルリアードの恵み』は正式にオープンした。

 連日、白狐印の回復液は売り切れ、ダイニングの予約は満席、カフェも待つお客さんが出るほどの大盛況となった。




 ◇




 調合と配達の仕事で忙しい中、時間が取れたレオさんとお茶をした。

 談話室でななめ前に座って膝の上のシュカを撫でている姿は、少し疲れているように見えた。


 なんだか、久しぶりにちゃんと顔を見た気がする。

 レオさんは『メルリアードの恵み』の開店にも関わっていたけど、ダンジョン調査の方にも顔を出していたし、領の仕事もあったから大変だったと思う。


 調査の進み具合や、メルリアード・デライト領の評判が上がっているみたいだとかそんな話を聞かせてくれた。


「――――ユウリのおかげだな」


 などと笑いかけてきて、この領主様はいつもあたしに甘い。


「レオさんが、ちゃんとお仕事しているからです」


 あたしも、ワイングラスにまつわる話をした。そしてそのついでに、気になっていたことを聞いてみた。


「レオさん、ビードロー総工房長が親方の息子さんだって知ってました?」


「あー……、そういうこともあるかなと思ってたぞ。家名が同じだったからな」


 ……全く気付かなかったのは、あたしだけだったみたいです……。

 情けない顔をしていたのを見てかわいそうに思ったのか、レオさんがじっとこっちを見て言った。


「そういうところもかわいいし……好きだ」


 …………え。

 あたしはとっさに俯いて目をそらした。顔が赤くなっていくのを感じる。

 ――――いやいやいやいや!! ちょっと抜けてるその部分が、かわいくて好きってことであってあたしが好きってわけじゃ好きって好きってああああああああ!!!!


 両手で頬を抑えながら、レオさんをちらりと見た。

 すると、耳まで真っ赤になって目元を覆っている、獅子様の姿が目に入ったのだった。








* 第二章 完 *




今回もお読みいただきありがとうございます!

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