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* ガラス工房のダークエール


 ――――あの熱にあてられてしまった。


『良品魔炉ガラス工房』の総工房長ビードロー・バンナは、熱心に食器について語るユウリを思い出し、クスリと笑った。


 未来の子爵夫人は、新しく開店させる店にずいぶんと力を入れているようだった。

 グラス一つにまでこだわりを持って考えている姿勢が、ガラス製品も、さらにはそれを作る職人にも愛情が込められているように思えた。


 実際、職人の賃金についてまで考えてくれる買い手というのは少ない。

 自分たちが安く買えればそれでいいという者たちがほとんどだ。

 本当に珍しいご婦人だとビードローは思う。


 だから、その力になりたい。


 緊張で手のひらを開いたり握ったりしながら扉の前に立つことしばし。

 ――――デライト領で一番のガラス工房の工房長が、こんなことで怖気づくとは情けない。

 ビードローは覚悟を決めて、その店の扉を開いた。


「いら…………」


 店番をしていた少年ドワーフは、そこまで言うと固まった。


「――――大きくなったな。ベイドゥ。…………とうちゃんのこと、わかるか?」


「――――とうちゃん…………」


 驚きで開いていた目は、みるみる間に潤んでくる。

 家を出た二年と少し前は七歳だったから、来年は学校に行く年になる。大きくもなるはずだ。


「わかるに決まってるだしー!! 同じ町に住んでんだし、時々見かけてただしよー!!」


 それはそうか。ビードローも時々、自分の妻子であるデルミィやベイドゥを見かけていた。

 ベイドゥは文句を言いながら泣き出した。


「なんだしよぅー!! 今ごろ来てー!! ずっと大変だったのに!! 今ごろ!!」


「ごめん、ごめんな。時々来てたんだけどな、おまえのじいちゃんが会わせないって……いや、オレが悪かった。ごめんな」


 胸ほどの高さになった息子を抱きしめると、しがみついて本格的にわーわーと泣き出した。

 声を聞きつけたのか、奥からデルミィも出てきた。


「ベイドゥ、どうし…………」


 そしてデルミィも固まった。

 ビードローにとっては今でも最愛の妻だが、多分もう愛想は尽かされているだろう。

 彼女は泣きそうな顔になり何かを言いかけたけれど、涙を溜めた目で笑った。


「――――おかえり。あんた」


「ああ……ただいま」


 本当は妻も子どもも連れて家を出たかったのだ。

 二年半前の魔素大暴風は、目に見える被害だけではなく、経済にも打撃を与えた。

 どこも余裕はなく、一つずつ吹きながら作るような高級ガラス製品はまったく売れなくなった。


 代わりに、型を使って作る安価な物はとても売れた。

『七色窯』はガラス工房としては古くからやっており名が売れた工房たったが、やはり高級ガラスの製品は売れなかった。


 このままでは自分たちだけではなく職人みんなが路頭に迷うと思い、ビードローはギルドの助けをかりて、魔炉と型を使った安価なガラス製品の工房を設立した。


 職人の中にはそんな安い品を作るのは嫌だという者もいた。そういう者たちは辞めていき、そうではない者たちは新しい工房で雇った。

 妻は、妻である以前に親方の弟子なのだと、言って残ったのだ。


 それは職人の誇りであり、生活や人付き合いが不器用な義理の父を一人にできなかった優しさなのだろう。ビードローはますます惚れ直したものだ。


 自分は新しい工房で働き、父と妻は古い工房で働く。

 それができればよかったのだと、今は思う。


『七色窯』の親方であるバルーシャは、魔炉と型を使って作るガラス製品を下に見ていて、「そんなものを作るなら息子じゃないだっす! 出ていけだす!!」と言った。


 ビードローはただの誇りのためだけに古い工房にしがみつき、生活も職人も守れない父親の在り方が許せなかった。


 そしてバルーシャとビードロー、父と子の二人の道は分かれた。

 巻き込んでしまったデルミィとベイドゥには本当に申し訳ないことをしたと思う。


「――――デルミィ、親方は?」


「仕事してるだすよ。今、忙しいから……」


「忙しい? 仕事があるのか?」


 ビードローがふと店を見回すと、どことなくこぎれいで、飾られた繊細な細工のガラスたちがきらきらと輝いている。

 前のような、すさんだ店ではなかった。

 泣き止んだベイドゥが、しゃくりあげながら得意げに答えた。


「ユ、ユウリが……いっぱい、買ってくれる、だっし!」


 ああ、そういうことか――――。


 ビードローがユウリに、道具が美術品である必要はないと言った時、まさにこの『七色窯』を思い浮かべていた。

 その話でユウリが貴族のための特別な日に使えるもので、どうしても必要だったと言っていたのも『七色窯』のグラスだったようだ。

 同じものについて話していたらしい。


 そしてそれだけでは足りない部分を、『良品魔炉ガラス工房』へ見出してくれた。

 彼女はどちらが上も下もなく、同じ熱量で「欲しい」と言っていた。


 ――――それぞれに必要な場所がある。どちらもそれぞれ必要なのだ。


「……ベイドゥ、じいちゃん呼んできてくれるか? ダークエールあるからって釣ってきてくれ」


「もうケンカしないだっしか?」


「ああ、しない。オレもユウリ様にグラスを作らないとならないんだ。じいちゃんとケンカしている場合じゃないからな。ベイドゥ、手伝ってくれるか?」


「手伝うだっし! じいちゃん呼んでくるだっし!」


 息子が奥へ走っていく。

 夫婦は二年ぶりにやっと触れ合った。




 その後『七色窯』から大きな怒鳴り声が聞こえた。

 だがすぐに止み、やがてどういうグラスを作ろうかという話で盛り上がり、それは夜遅くまで続いたのだった。










==========


新作始めました。息抜き用で気楽に書いてます。

こちらの警備嬢と同じレイザンブール国が舞台です。

三十路男が異世界転生して、少年となり生きていく話です。

テイストがかなり違いますが、よかったらどうぞ~。


俺が釣りたいのはシーサーペントやクラーケンではなく、ましてやオーシャンドラゴンでは決してない。

https://kakuyomu.jp/works/16816700426592212297






今回もお読みいただきありがとうございます!


警備嬢と同じ世界を舞台にした新作をUPしています。

Twitterの方でお知らせしていますので、興味がある方はどうぞ!

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