申し子、全力でお祝いをする
今日はレオさんと赤鹿狩りにメルリアード領の方へ来ていた。
なんと、馬に乗って。
まぁ、馬といってもレオさんが乗るような大きい足の早い馬ではなく、子どもの乗馬の練習に使われる小さい馬なんだけど。
元々は山岳用のトト馬という種で、小さいけど足は太くて丈夫。
ちょっと大きい自転車くらいの高さだから、怖くないの。
名前はトッチー。命名者はミルバートくん。トト馬のトッチーってかわいすぎじゃない?
近衛団を退団してから時間がある時に少しずつ練習して、わりと自由に乗りこなせるようになったので、今日は自分で乗って来ることになったわけ。
普通の馬に乗ったレオさんが前を行き、そのうしろをついていく。シュカはトッチーの頭に乗らせてもらってごきげんだった。
『クークー!(ごーごー!)』
「ヒンヒン」
「――――シュカとトッチーは仲良しなのね」
『クー。クークー(そうなの。トッチーもっと速く走れるって言ってるの)』
「えっ?! だ、ダメだから。速いはダメ」
『クー(ざんねんなの)』
うちの神獣スピード好きで困る……。
赤鹿の発見報告があったあたりで、シュカが山に入って行った。
上手いこと赤鹿をこちらに追い込んできてくれたので、腰のホルスターから抜いた短杖を一振り。飛び出した白いモヤが赤鹿の首に巻き付き、キュッと絞めた。
あっという間にごちそう確保。
前にレオさんに、魔法よりモヤでやった方が早いだろうって言われてたけど、ホントにそうだった。
移動時間の方が長かったわね……。
「……手際がよすぎて、俺の出る幕はないな」
「シュカのお手柄です」
普通の人なら、見つけるのに時間がかかると聞いている。
それを見つけて、上手くあたしたちがいるところに追い込んでくれたのはシュカだからね。
レオさんは困ったような苦笑を浮かべた。
解体屋に赤鹿を預け、せっかく近くに来たことだし『メルリアードの恵み』へ寄ってみた。
今日は予約は入ってなかったけれども、ポップ料理長と何人かの料理人が次の食事会用の料理を考えているはずだった。
――――が、なんだか騒然としている。
「……なんかバタバタしてます……?」
「そうだな。何かあったのだろうか」
厨房へ入っていくと、ポップ料理長が在庫表を見ながら「わー! どうすんべ!!」とわめいている。
「――――料理長、どうかしたか?」
「レオナルド様! ユウリ様! いいところに!!」
うわーーーーっと半泣きのポップ料理長が駆け寄ってきて言った。
「ゴディアーニ辺境伯様が! 親しい人たちを招いた昼食会に 国 王 陛 下 ご夫 妻 をお呼びになられたそうですぅぅぅ」
「国王陛下ご夫妻?!」
「両陛下を?」
レオさんが落ち着いていて、びっくりする!
普通、ポップ料理長みたいな反応だと思うの!
「料理長、金竜宮で働いていたこともあるだろう? 落ち着け」
「そうなんですが! その時は一介の料理人だったですし! 設備も材料も一流だったですよ!」
「大丈夫だ。お二人とも食べるものに対して、そんなにうるさくない。料理長の作るものなら満足していただけると思うぞ」
「…………そうだべか」
「ああ、俺が保証しよう。ここの料理は金竜宮にも負けていないとな」
うん、ここで出している料理は素材だっていいし、ポップ料理長をはじめ、料理人のみなさんは腕がいい。自信持っていいと思う。
レオさんの力強い言葉に、あたしも落ち着きを取り戻した。
「――――あ。そうだ料理長。赤鹿ってどうでしょう。北方の恵み豊かな山で育った赤鹿なら、自信もって出せませんか? ちょうどさっき狩ってきたんです。熟成が間に合えばメニューに組み込んでもいいですよ?」
「いいだべか?! それがあれば心強い! 秋の赤鹿は美味いから、きっと満足いただけるべ!」
料理長のやる気がでたみたい。
赤鹿大きいから、ヴィオレッタの誕生会の分も十分残るだろうし。
まさかこんなことでも役立つなんて、狩ってきてよかった――――――――。
「――――っていうことがあったのよ」
「……そ、そうなんですの……」
いつも以上にキレイにしているヴィオレッタが、若干引きつっているような気がした。
ヴィオレッタの誕生日会はごく親しい友人だけを招いたということで、お客様が十人ほどのこじんまりとした会だった。
そこであたしは今回のメニューの考案者として、食後のお茶のころを見計らって主役のヴィオレッタにごあいさつしていたと。
赤鹿のローストをメインにした赤ワイン用の三段プレートは、今回だけの特別メニューだ。
「だから、あの赤鹿はヴィオレッタのために狩ってきたんだけど、両陛下も召し上がった肉で――――」
「あああああ! ユウリ! 違いましてよね? 国王陛下ご夫妻のためのものを、余ったからわたくしにくださるということですわよね?!」
有無を言わせぬ迫力です……。
そうなのね、そういうことにしないとダメなのね……。
「あっ……うん。そうなの。そうです、とにかく同じものを出させていただきました」
「たしかに、とても美味しかったですわ……。陛下も召し上がったと思うと、感慨深いですわね。ありがとう。ユウリ」
ヴィオレッタが少し照れながら笑ってくれた。
それだけで狩ってきた甲斐があったってものよ。
周りの方々からも、とても美味しかったとの言葉をかけてもらった。
「最後にもうひとつ、あたしからヴィオレッタにプレゼントを――――お願いします」
こっちが本当のサプライズ。
振り返って声をかけると、出てくるのはギターを持ったフユトだ。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます。光輝く新しい年をお祈りして、心を込めて演奏させていただきます」
フユトがにっこりと笑うと、周りからキャーっと声が上がった。
笑顔を向けられたヴィオレッタは、ポカンとした顔からの赤面。
フユト、なかなかやるわね……。
あたしはヴィオレッタのとなりに立ち、フユトのギターを聴いた。
曲は神殿で聞いたことがある曲から知らない曲へのメドレー。
「――――これ、軍歌ですわね……。素敵な曲に変わっていますわ……。ちょっと、ユウリ! こんなサービスがあるなんて聞いていませんわよ! 頼めばまたお願いできますの?! っていうか、あの方どなたですの?! ユウリの親戚?!」
ふふふふ。話題性もバッチリね。
「彼は王都の『宵闇の調べ』で歌っている人なの。スケジュールの都合が合えばこっちでも演奏を頼めるので、よかったらご用命くださいませ。お嬢様」
あたしがそう言うと、聞いていたらしいフユトは、パチンとウィンクを送ってきたのだった。
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