申し子、働く 2
ワインの準備が終わると、次は厨房の隅でお料理のチェック係を任されている。
傍らの小さいテーブルには、シードルが入ったグラスも置かれていた。
っていうかチェックって何すればいいの?
となりにはレオさんが座っていて、その膝ではシュカがしっぽを揺らしてチェックする気をたぎらせている。
今日は、通常のメニューにはない特別メニューを出すことになっていた。
三段プレート+メインのプレートで、それ自体は通常でもオーダーできる予定のメニューなんだけど、今日は提供される飲み物がシードルと赤ワインの二種(果実水の方はリンゴの果実水と黒ブドウの果実水)。
なので、メインと一番下のプレートはシードルに合わせたお料理、二段目と一番上の段が赤ワインに合わせたお料理と混合のメニューなのだ。
ポップ料理長と相談して、貸し切りの時はせっかくだし普段のメニューにはないことをやりたいよねって。
お料理を広げた感じはハイティーっぽくなる。
貴族がとるアフタヌーンティーに対して、労働者が夕方にハイテーブルで食べていたからハイティーと言うって聞いたので、ここの趣旨とはちょっと違うんだけど。
でも、ハイテーブルで食べる部分は同じだから、ハイティーと言えないこともないか。
ワインの後はティーも出すし。
慌ただしい厨房で、料理係が一皿目をテーブルまでお皿を持ってきてくれた。
「はい、ユウリ様! 豚肉のソテーリンゴソースがけです」
「ありがとう」
小さいお皿に乗せられた、なじみの料理を手渡されて食べる。
付け合わせのアスパラのソテーもちょびっと添えられている。
これは実際に出すものの四分の一の量。もう四分の一はポップ料理長が味見していて、残りの二分の一はレオさんとシュカのところにある。
「――――ん、美味しいです! 素晴らしいです!」
『ムグー!(すばらしいの!)』
あたしが教えたレシピなのに、あたしが作るものより洗練されているのはなぜ。
「ソテー、よし!」
あたしとレオさんに給仕していた人がそう言うと、ポップ料理長が焼いたお肉がのったお皿が次々とワゴンの上にのせられた。
魔法鞄を使ったら出来立て食べられるのにって思ってたら、わざわざ作ったそのままを食べるのが贅沢でいいのだそうだ。余裕がある人たちの楽しみ方ね。
ミューゼリアさんのお店『宵闇の調べ』では、魔法鞄の据え置き版の魔保管庫を使ってお料理を保存していた。
そっちの方が経済的で合理的だけど、それがいいとは限らないのね。
「はい、次、キノコとノスサーモンのキッシュです」
「――――ん、美味しいです! 完璧です!」
『ムグー!(かんぺきなの!)』
卵がちゃんと固まっているけど、すも入ってなくて舌ざわりがいい。
ウマ。さすがです、ポップ料理長。
――――って、これ、あたしのお料理チェックって必要……?
となりで同じものを食べているレオさんに、こっそりと聞いてみた。
「あの、あたしのこのチェックの役割っていります……?」
味見はポップ料理長もしているわよね?
「店で出される最初の料理の祝い皿だ。客と同じ料理をオーナーも食べるものなんだ――――まぁ、本来ならちゃんとした部屋で食べるがな。ここで味見をしながら祝い皿を食べればどちらもこなせて無駄がないってことだろうな」
なるほど、料理自体は縁起物ってことか。
「――――合理的でいいと思います」
「その分の料金も一番目の名乗りを上げた客が出すことになってるんだ。働いている者たちにもふるまいが出る」
ゴディアーニ辺境伯様……。親しい知人を招いてのお茶会の予定も入っているし、ここのオープンにいくら出すことになったのでしょうか……。
「店の一番最初の客になるというのは、今後も後押しするということだ。その店の評判があがれば一番の客だったと自慢もできるから、店としても張り合いが出るな」
とてもありがたいことなのよね。
あたしもどんどん回復液作らないと。売って売って売りまくるわよ。いずれは国一番の道の駅……じゃなかった販売所と食事処にするんだから。
「ゴディアーニ様、いらっしゃいました!」
前庭を確認していた給仕係から声がかかり、マリーさんが「では行きましょう」と言った。
これからレオさんとマリーさんとあたしは、給仕係の人たちとお出迎えの役目だ。
ドキドキしながら一番奥でレオさんと並んで待っていると、給仕係が開けた両開きの扉からご一行が入ってきた。
武の辺境伯と言われているけど、やっぱり貴族だよね。華がある。上のお兄さんの奥様と、エヴァもいるから余計に。
「「「「「いらっしゃいませ」」」」」
「ようこそ『メルリアードの恵み』へ」
「おいで、いただきありがとうございます」
ちょっと噛んだ……。
ゴディアーニ辺境伯は、きつく見える整った顔に笑みを浮かべた。
「レオ! ユウリ嬢! 開店おめでとう! 今日は楽しみにして来たよ」
「ありがとうございます。父上」
「ゴディアーニ卿、お久しぶりです」
「おや、ユウリ嬢もだいぶ慣れてきたね」
あたしが挨拶をすると、ゴディアーニ辺境伯は親し気な笑顔を向けてくれたので、ちょっと緊張がほぐれた。
その次に顔を合わせたのはフェルナンド様と奥様。
レオさんに似た顔は、今日は優しい感じ。奥様がいっしょだからかな。
「こんにちは、ユウリ嬢。今日は妻のアマリーヌを連れて来たよ。友人たちとのお茶会に利用したいと言っているから、よろしく頼む」
「アマリーヌと申します。よろしくお願いいたしますわね」
大輪の花のような方! 赤味を帯びた金髪にぱっちりとした大きな目は若草色。ヴィオレッタが一輪のバラだとしたら、アマリーヌ様は牡丹という感じで華やか。
大きいお子さんがいるようには見えないわよね……。
「こんにちは、フェルナンド様。アマリーヌ様、こちらこそよろしくお願いいたします」
「聞いていたけど、本当に髪も瞳も黒いんですのね! 可愛らしいし神秘的だわ」
そんなこと言われたことないです!!
あまりにも想定外の言葉に、顔が熱くなっていく。
「あっ、あの、アマリーヌ様はお花みたいでキレイです!」
――――子どもの感想か!
あわあわしながら返した言葉に、アマリーヌ様もフェルナンド様も笑った。
っていうか、レオさんも笑っているし、ゴディアーニ辺境伯もペリウッド様もエヴァも笑ってるじゃない……。
笑ってないのは、シュカにロックオンしているお子さんたちだけです……。
「こんにちは。ユウリ様、神獣様」
「こんにちは。ユウリ様、シュカ様」
礼儀正しく挨拶してくれるのは、フェルナンド様とアマリーヌ様のお子さんたち。日本で言えば中学生と高校生だけど、さすが辺境伯家の血。背が高くて大きいのよ。
「こんにちは、お久しぶりです。フローライツ様、フリーデ様」
「おおれ……わ私たちは年下ですので、どうぞ呼び捨てで……」
「えっ、それでは――――フローライツ、フリーデと呼ばせていただきますね。私も呼び捨てでお願いし……」
「それは無理です」
「できません」
「…………では、シュカを呼び捨てで……」
『クー!』
「「はい!」」
二人は嬉しそうに返事をすると、レオさんに挨拶してからシュカを受け取ると、そのまま席の方へ連れていってしまう。
えっ、君たちの食べる分、減っちゃうよ? うちの神獣、遠慮はしないスタイルよ?
「ユウリ嬢、元気そうだね」
「ユウリ、開店おめでとう。楽しみにしてたのよ」
最後に入ってきたのがペリウッド様とエヴァ。見慣れたお顔でホッとします……。
「ペリウッド様、エヴァ、いらっしゃいませ。みんなでがんばったので、楽しんでいってください」
「ユウリ、硬いわね。らしくない」
エヴァがくすくすと笑うので、大きく息をついた。
「――もう、緊張したわ……。でも、無事にお出迎えできてよかった。裏にいるので、何かあったら呼んでね」
二人がダイニングへ向かうのを見送って、レオさんと警備用の部屋に向かった。
今回もお読みいただきありがとうございました!