申し子、ワイナリーへ
『メルリアードの恵み』は開店準備が急スピードで進んでいる。
開店の予定は一年最後の月の一日目。なんだけど、その前にお披露目があって、そこに行きたい人が増えたため、プレオープン的なものの日時が早まってしまったと。
ヴィオレッタの誕生日のお茶会は元々予定に入れていたけれども、他にゴディアーニ辺境伯家の方でもそれぞれ貸し切りのお願いをされている。
辺境伯家の愛がすごい。愛されてますね、レオさん。
貸し切り料金が発生して、お料理なども数がわかっているからロスも出なくて、かなりオイシイみたい。ワインのお土産も頼まれているって聞いてるし、ますますオイシイのだろう。
「こんにちはー! ワインの納品に参りました!」
「はーい!」
『クー!』
サブ厨房近くの裏口から顔を覗かせたのは、デライト子爵領のワイナリーの人だった。
たくましい体の同じ年くらいのお兄さんが、大きな魔法鞄を手に持っている。
「配達ありがとうございます。確認します」
廊下を挟んで厨房の向かいにある事務所から注文書をとってきて、お兄さんが鞄から取り出す箱と照らし合わせていく。
箱を開けてみると、新しく作ったハーフボトルに詰められた赤と白が並んでいた。
「注文の分、確認しました。すみません、追加でもう少しお願いできますか? 小さい方じゃなくて普通の大きさでもいいんですけど」
試食の時に飲み過ぎてるのか、ここ置いてある分の在庫が少ない。
「ありますよ。午後でよければ持ってきます。多分、夕方までには魔量が回復すると思うので」
やっぱり、普通の人の魔量って少ないんだ……。
お兄さんは笑っているけれども、生活用に少しは魔量を残しておかないと困るんじゃないかな。
火を付けたり水を出したり、魔道具はあるけど使える人は魔法でやってしまう。それが使えないって不便よね。
「――――追加の注文ですし、あたしが取りに行きます」
「えっ、でもこちらで働いている方ですよね? 仕事の邪魔をするのは悪いべさ」
あ、北方なまり出た。距離が近くなったような気がして、ちょっとなごむな。
「子爵領でポーターの仕事もしているので、大丈夫です」
「したら、お言葉に甘えていいですか? これ、ワイナリーの記憶石です」
手にすると、子爵領の位置と『デライト緑の丘農場』と書いてあった。
ポップ料理長かマリーさんに伝えてから行かないとだよね。
お兄さんには先に帰ってもらって、見かけたマリーさんに言うと、ついでに見学してきたらいかがですかと、送り出してもらえた。
シュカを抱えて[転移]したそこには、垣根栽培のぶどう畑が広がっていた。広い。とにかく、広い。小高い丘の上にあるらしく、緩く下った先にはどこかの街並みが見えている。サンヒールの町かな?
シュカは素早く飛び降りたと思うと、たーっとブドウ畑の方へ走っていった。
「シュカ! ブドウ食べちゃダメよ! それ、ワインになる大事なブドウだからね!」
あたしのすっごく大事なブドウだから!
『クー!(わかってるの!)』
シュカは畑のきれいに立ち並ぶブドウの木の間を、おもいっきり駆けて楽しそうだ。
「――――わざわざ来てもらってすみません!」
振り返ると茶色のレンガ造りの建物があって、さきほどのお兄さんが箱を用意していた。
ちょっと離れたあたりには、他にも箱を用意している人たちもいる。
そのそばに、みたことがある姿が。小柄だけれどもパリッとしたスーツ姿の『良品魔炉ガラス工房』のビードロー総工房長だ。
とりあえず新しい記憶石に場所を[位置記憶]させて、使わせてもらった記憶石はお返しする。
「いえいえ! 記憶石ありがとうございます。これ、お返しします。荷物を運ぶのも仕事なので、お気になさらずに」
「俺はここの農場長の息子でトマムです。そちらは妹で、あとは今の時期だけギルドから来てもらっている人たちです。父母は今、工場の方に行っていてご挨拶できなくてすみません」
「あたしは領主邸でお手伝いしている、ユウリといいます」
「ああ、したら仲間みたいなものですね」
「ここはレオさ……デライト子爵と何か関係があるんですか?」
「あれ、レオナルド様個人のものだからあまり知らせてないんだべか……。ここ、デライト卿がオーナーなんですよ」
聞けば、この農場とワイナリーはオーナーがレオさんで、トマムさんとこのご家族が管理しているのだそうだ。
話の区切りを読んで、ビードロー総工房長がにこやかに話しかけてくる。
「ユウリ様、こんにちは。こちらでお会いできるとは思いませんでした」
「こんにちは、ビードロー総工房長。たまたま追加のワインをいただきに来たところだったんです」
「それはありがたいことですね。ではこちらももっとビンを作らないといけませんね」
などと挨拶していると、よかったらお茶を飲んでいってくださいと妹さんに誘われ、総工房長といっしょに少しだけお邪魔することになった。
出荷の作業場の隅に置いてあるガーデンテーブルからは、広い農場が見えている。
「気持ちのいい景色ですね」
そう言うと、仲のよさそうな兄妹はニコニコと笑った。
「――――そこの畑のブドウは、魔素大暴風でも無事だったもので、今年も無事に収穫できそうです」
「ああ、そうなんですね。それは飲める日が楽しみです。でも、大変だったでしょうね……」
家や建物は魔物除けの結界があるからまだ安心だけど、畑にはない。結界の魔法陣が、畑に大事なミミズと魔獣や魔物の区別をつけられないかららしい。
魔法は便利だけど、それにも限界があるということだ。
元々、このデライト領は、何十年か前に領主の血筋が絶えてしまってから、国領扱いになっていた領だった。
その間、領主に納める税はなかったものの、自警団は本当にボランティアの有志が細々とやるだけ、山の害獣駆除などもなかなか手が回らくて困っていたのだそうだ。
「裏側の山の方は全滅だったんですよ。レオナルド様が買い取ってくれたおかげで、そっちの畑もやっと整備が終わって、来年からはまた植えられそうなんです」
魔素大暴風後に経営が難しくなり、残っていたワインをとなりの領の領主だったレオさんが買ってくれたことで、なんとかやりくりしていたものの、立て直すことができなくて廃業を考えていたのだそうだ。
新しい領主になることが決まったレオさんが買い取って、立て直しているところという話だった。
「あの時ワインを買い取ってもらえて本当に助かったって、未だに父さん言ってるよね? 兄さん」
「んだな。レオナルド様がデライトの方も領主になってくれて、本当によかった」
「そうですね、ゴディアーニ様が領主になられてからは、他領の注文もギルドに入るようになったと聞きますし、山の害獣駆除にも目を向けていただいてますし、安心して暮らせておりますよ」
兄妹に続き、ビードロー総工房長もしみじみと言った。
そんな話を聞いて、誇らしかった。そんな人について働いているんだって。
そして領主の仕事について、考えさせられた。
きっと経営手腕も大事なんだと思うけど、もしかしたらいい領主様って面倒見がいいってことなのかもなと。
申し子というだけで、あたしのこともずっと気にしてくれてるし……あ、や、申し子ってだけじゃないかもしれないかも……っていうのもあるかもだけど……。
「そういえば、レオナルド様、敷地の隅に家を建てる準備してたけど、どうすることにしたんだべか」
…………それ、なんか、心当たりが…………。
一番最初にデライト領に来た時に、住む場所の選択肢にあったような……?
『――――嫌ならば森の中の小さな家と、大きな農園を擁するワイナリーも用意してあるからそちらに住んでくれても構わない。ただ、できれば護衛がいっしょに住めるところの方が助かるんだが…………』
あれって、ここのことだったりして…………?
「――――ああ、そうそう。大事な女性が住むかもしれないとか言ってたよね」
あたしは顔が熱くなるのを感じながら、シュカを探すふりをして顔をそらした。
「――――こんなステキなところなら、あたしも住みたいくらいです」
「ユウリさんなら、歓迎です。従業員が多かった時の部屋がいっぱい空いてますから、いつでも来てください」
「兄さんのお嫁さんになってほしいなぁ」
妹さんの冗談にあたしは笑い、ビードロー総工房長は苦笑した。
「それは、デライト夫人にはちょっと難しいのではないですかね」
「「ええ?! レオナルド様の奥様?!」」
「あっ、いえ、そういうわけでは…………」
「ああ、すみません。そういえばご結婚はまだだったのですよね」
「あ、その、奥様にご無礼いたしました」
「いえ全然ご無礼してないですし、奥様じゃないので……」
わたわたするあたしに、ビードロー総工房長が『良品魔炉ガラス工房』の記憶石を差し出した。
「ユウリ様、うちの工房の方にもいらしてください」
受け取ると、総工房長には珍しいニヤリという感じの笑みを浮かべた。
「夫婦間のいさかいがあった時のために、家出する場所はいくつあってもいいものですよ?」
言葉に重みがあるのはなんでなの……。総工房長、苦労しているのかしら。
みんなが笑ったところで、立ち上がった。
「――――お茶ごちそうさまでした」
「ユウリさん、また来てくださいねー」
「今度はワインを飲みに来てください」
忙しくない時期に、工場も工房も見学をさせてもらおう。
あたしはシュカを呼び、三人に手を振って農場を後にした。
お待たせしました!