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申し子、名前を付ける 1


 丘の上から見渡せば、その先にはただただ青い北方海が広がっていた。

 本格的な秋になり冷たくなった風が通り過ぎていく。


「――――販売所からの景色はホントにすばらしいですね」


『クー!(きもちいいの!)』


「たしかに王都よりは広々としているな。ユウリが気に入ってくれてよかった」


 レオさんも海の方を眺め、目を細めた。


 ここメルリアード男爵領の販売所は、ヴィオレッタのアドバイス通り食事処とは別に、調合液や地元の名産品を売る販売所が作られた。

 ゆとりある敷地に建つ大小二つの建物はどちらもおしゃれな白い壁。ゴディアーニ辺境伯領でよく見る様式だった。青い空にも海にも映えている。


「――――レオさん、名前がまだ決まらなくて……」


 名付けを任されているのに、なかなかいい名前が思いつかず、ここまできてしまった。

 けど、ホントにもうすぐオープンだから急がないと。


「そうか。焦らなくていいと言いたいところだが、そろそろ名前がある方がいいな。まぁ、思いつかなければ『白狐印販売所』にしたらいい」


「え」


 レオさんを見返せばちょっと笑っているようないないような、からかっているんだか本気なんだかわからない。

 けど、ないわ! こんな素敵な建物なのに、そんなあからさまな名前はない!

 なんかもっと、こう、ここに来たら美味しいものが食べられそう~って名前にしたいのに。


「……がんばって考えます。もうちょっとだけ待ってください」


「ああ、わかった。楽しみにしている」


 あああああ、プレッシャーが――――……。

 もう、ホント、焦るなぁ…………。



 ◇



 近衛団のヘルプも終わり、スローライフが始まると思いきや、なかなか忙しい日々を送っている。


 本業である調合液は容赦なしに作りまくっている。

 王城へ行かない分、時間ができたからね。販売所の方にも置くし、たくさんあって困ることはないはずよ。


 その調合液の配達はペリウッド様から、子爵領の実務員という職に就いたテリオスさんに引き継がれた。

 結婚が決まったら配達の仕事から手を引くとか、あからさま過ぎませんか……。や、まぁ、エヴァと二人で幸せならいいけどー。


 テリオスさんは、誰が作っているかは知らされずに白狐印の回復液を『銀の鍋』とゴディアーニ家へ運んでくれている。

 アルバート補佐から回復液を受け取ると、こっちをちらちら見てなんか言いたそうな顔をしているから、うっすらと察してはいるんだと思うんだけど。


 そして男爵領の一大プロジェクト、販売所のオープンに向けても動いていた。

 ダンジョンの方もあるから全員でってわけにはいかなくて、やれる人がやれることをって感じ。

 過保護なレオさんも最近は一人で出歩くのも何も言わない。「気をつけるんだぞ」とは言われるけれどもね。

『七色窯』とか販売所とか、安全な所へしか行かないからというのもあるけど、シュカの護衛に対する信頼が大きいんだよね。ちゃっかりくいしんぼう白狐とはいえ、一応神獣ですし。


 けど、今日はレオさんといっしょに販売所の方に来ていた。

 昼食を兼ねた試食の仕事が待っているのです! こんなステキな仕事なら毎日でもいいな。

 二人と一匹で販売所の中へ入って行くと、入り口の近くには何やら人だかりができていた。

 ポップ料理長と他の料理人たちと、販売所の準備を担当しているマリーさん、あとは地元の方々っぽいおばさまたちで賑やかだ。


「レオナルド様、ユウリ様。お待ちしておりましたよ」


 こちらを見たポップ料理長がそう言うと、おばさまたちも一斉にこっちを見た。


「あんれ、領主様だべさ」


「奥様もいらっしゃるべさー」


「なかなか結婚の噂を聞かないから、まぁたダメになったかって心配してただよぅ」


「自衛団の衆は、だいじょうぶだって言ってたべさー」


「そうだったべか?」


「んだんだ。まだいっしょにいてよかったさー」


 おばさま方…………。

 こんな時、どういう顔したらいいの。って瞬間、ホントにあるわよね……。

 いまだに自分がどういう立ち位置なのか、聞けていないヘタレがここにいるわけですよ……。

 いたたまれずにそーっととなりを見上げると、レオさんが微妙な笑顔を貼り付けて集団を見ていた。


「――――ずいぶん賑やかだな。どうした?」


 場の中にいたマリーさんが、にこにこと手に持ったカゴをこちらへ見せた。


「メルリアードの人たちから、差し入れをいただいたんですよ」


『クー! クー!!(ぶどう! リンゴ!!)』


 うちの狐は一目散に跳んでいったわよ。好物には目ざといわね。


「そうか。ありがたくいただこう。――――領の方はみな変わりないか?」


 そう問いかけるレオさんに、おばさま方は「孫が――」「腰痛が――」「鹿が――」とそれぞれ口にして、大きな体を取り囲んだ。

 みんなレオさんが好きなんだな。

 あたしはなんかうれしくなりつつも、邪魔しないように少し離れて、マリーさんの持っているカゴを覗き込んだ。


「いろいろありますよ。果実と木の実とキノコです」


 料理人の方々も盛り盛りのカゴを持っているのが見える。え、どんだけいただいたの? ホントにいっぱいある!

 ヤマリンゴと実の小さいブドウ、シイタケみたいなキノコ。木の実はドングリと栗の間くらいの大きさの丸い実だ。

 シュカはポップ料理長に抱っこされて、ブドウを一粒ずつお上品に食べさせてもらっている。きっと、ひと房あげたら瞬殺だからね……料理長、GJ!


「これ、山で採ってきたのでしょうか」


「ええ、朝採ってきたばかりらしいですよ。たくさん採れたからおすそ分けですって。みんな販売所のオープンを楽しみにしてるみたいで、販売所で働く人もそうでない人も顔を出してくれるんですよ」


 振り向けば、レオさんを囲むおばさま方は、愚痴をこぼしつつも笑顔でいっぱいだ。

 そう言うマリーさんも、カゴを抱えた料理人たちもみんなニコニコしている。

 秋の恵みがいっぱいつまったカゴは、みんなの笑顔もつまっている。

 こういうの――――――――。

 こういうのを食べに来てくれる人も味わってほしい。

 笑顔になれる、このメルリアードの地元の幸を。


 ――――そうだ。ここの販売所の名前『メルリアードの恵み』っていうのは、どうかな――――?






いつも応援ありがとうございます!

二巻は来週6月10日発売です。

緊急事態宣言下の発売になってしまいましたが、通信販売や電子書籍版などもございます!

もしよかったらお手に取っていただければうれしいです!


カドカワBOOOKS

https://kadokawabooks.jp/product/keibijou/322102000825.html

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