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* 宵闇の内緒話


王都の中央より少し南側、冒険者ギルドから遠くない場所に『宵闇の調べ』という酒場がある。

ギルドの近くではあるが、冒険者はあまり来ない。近所の人たちが集まり音楽と酒を楽しむアットホームな店だ。

昼下がりのこの時間はもちろんまだ開店していないのだが、今日は客が一人いた。


「悪いな、フユト。こんな早い時間に付き合ってもらって」


「い、いえいえ! そろそろ掃除とか始める時間なんで、大丈夫です。レオナルド様」


「そうか。では時間を使わせてしまうことだし、後で掃除を手伝わせてもらおう」


「う、うそです! すいません! いつもはもっと遅くからです!」


このお貴族様、掃除を手伝うとかとんでもないことを言うんですけど!

フユトが慌てて訂正すると、目の前のイケメン大男レオナルド・ゴディアーニは、きりりとした顔を崩して笑った。


ちょっと珍しい組み合わせの二人。

それがなんで店にいるかというと、昨晩久しぶりに店に来たレオナルドからフユトに、相談があるから近々時間をもらいえないかと話があったのだ。

で、店主のミューゼリアに開店前の店で飲んでいいと許可をもらい、今に至ると。


店には、いつもフユトといっしょにいる真っ白い鶏の神獣、セッパもいた。

最初こそレオナルドの近くでうろうろしていたが、シュカが来ないとわかったのか、今は店の床をつついて遊んでいる。

フユトはレオナルドが手土産に持ってきたメルリアード産の赤ワインを二つのグラスに注ぎ、ひとつをレオナルドの方へ置いた。

つまみはスライスしたチーズと、牛の干し肉だ。

簡単なつまみくらいは作れるのだが、素人の自分が作ったものを出していいものかわからず、常備されているつまみを出すことにしたのだった。


「――――何回か酒の席も共にしたことだし、そろそろ打ち解けてくれてもいいころだと思うんだがな」


「打ち解けてます! ものすんごい打ち解けてますよ?!」


んなわけないけどな! 

フユトは引きつりつつ笑った。

いわゆる異世界ラノベのニセ知識しかないが、領主というのがものすごい偉い人だというのはわかる。多分、王様の規模が小さい的な感じ。だって領主様に逆らったら殺される! とかそんな話を読んだことあるし。


「では、レオナルドと。なんならレオでも構わないが」


「――――レオナルドさん、で、どうですか?」


「――――やはり、申し子というのは真面目なのだな」


レオナルドは苦笑したが、フユトははっとその単語に思い当たった。


「……申し子……それ、称号のところに書いてあったな……。深く考えてなかったんですけど、あの、申し子ってなんですか?」


「聞いてないのか? ユウリでもミューゼリアでも」


「そういえば、聞いてませんでしたね……」


少し間があり、レオナルドは「そうか」と続けた。


「――――申し子というのは簡単に言うなら、他の世界から来た者に付く称号ということだ」


フユトはその言葉に固まった。

知られてはいけないと、ユウリ以外の人には言わずにいたのに。

まさか知られていたとは――――!


「聞いているかもしれないが、ユウリは突然、光を纏って城の庭に現れた。それはこの国で伝わる『光の申し子』が神から遣わされる様子で知られている。だから、ごく少数だがユウリは違う世界から来たと知る人は知っていてな」


「あー……。聞いていませんでした。近衛団に拾ってもらったとだけ聞いていて」


「そうか。だから――――ユウリの同郷と言えば、同じ申し子だとわかってしまうというわけだ」


そんな怪しい現れ方を王城でしたのなら、異世界の者だとバレてしまうのは仕方ない。ユウリが悪いわけではない。

――――なんだ。何がなんでも隠しておかないとならないことではなかったのか。

フユトは気が抜けて、ふうと息を吐いた。


「――――知ってたんですね。他の国ではなく、他の世界から来たって」


「ああ、知っていた」


「もしかして…………ミューゼリアさんも…………?」


「……ああ。これに関しては申し訳ない。突然聞かれて俺がとりつくろえなくてな。だが、最初から疑っていたようだぞ」


うわぁ…………。異世界転移を黙っていた自分の立場は! だってまさか異世界から来ましたなんて、信じてもらえると思わないじゃんよ?!

そんなことを言って、ちょっと頭がかわいそうな人だと思われないように、他の国から来た人を装っていたのに――――……。

え、じゃぁ、もしかして。ミューゼリアさんに言ってないことを、信用されてないとか思われていたりする?!


焦るフユトに、レオナルドは『光の申し子』という存在が大変珍しく尊い存在で、伝説のように語り継がれていることを、熱心に語った。


「――――本来であれば、俺の方が『フユト様』とお呼びすべきなのだが」


ミューゼリアのことを考えて迷走していたフユトは、はっと我に返った。


「――――うえっ?! いやいやいや、俺、すっごい平民ですよ?!」


「ユウリと同じようなことを言うんだな。まぁ、とにかく、こう言っては大変不敬だが、『光の申し子』というのは国王陛下よりも尊い存在なんだ。それは覚えておいてくれ。うかつに能力を明かさず、怪我などがないようにな」


「う……なるべく、そうします……」


素直に「はい」なんて言えるか?!

国王陛下よりも尊いとか!!!!

――――まさかそんな尊い存在だからユウリを保護しているとか――――。

なんて考えが一瞬頭をよぎったが、ユウリの前でのとろけるような顔と二人のあまーい空気を思い出し、なんでもいいわ、爆ぜろと思い直した。


「そうだ、フユト。陛下といえば、年始の奉納の儀はミューゼリアに同行するのか?」


「え、お城にいっしょに行ってもいいんですか?」


「できれば同行してやってほしい。今までも登城する時だけでも従者を付けるよう言ってきたんだが、本人が一向に気にしなくてな。申し子に従者を頼むのも恐れ多いのだが」


従者を付けるのは見栄え的なものもあるし、ミューゼリアに声をかけてくるやからを追い払う役目もあるらしい。

それはぜひ自分がやらねばならぬだろう。


「黒目黒髪は申し子の特徴で珍しいから、髪は染めてもいいかもしれないが――――申し子らしき者と神獣がミューゼリアといると思わせるのも悪くはないな」


「ミューゼリアさんが、悪いやつらに目を付けられないようにですね」


「いや、どちらかと言うと逆だが……まぁ、いい。もし貴族に何か言われたら『ゴディアーニ卿にお世話になっておりますので』と言うんだぞ」


「わかりました」


困ったら自分の名前を出せとか、かっこよすぎるな。

そのかっこよすぎる男は、王城のルールや祭事の流れなどもフユトに教えた。

当日は王城の馬車が芸術ギルドへ迎えに行く。神獣は連れていけるし、どこでも通れる。ゲストの従者ということなら、マナーや言葉遣いはさほど厳しく言われない。フユトなら大丈夫。身体検査がある。などなど

さすが元近衛団長、大変細かくわかりやすかった。


そんな話をしているところに、ミューゼリアが店へやってきた。


「お邪魔するわね。相談はもう終わったのかしら?」


鈴を転がすような声でそう聞かれて、フユトははっとした。

――――相談! そうだ、相談って言われてたじゃん!

ちらりとレオナルドを見ると、ばつの悪そうな顔であごを撫でていた。


「いや、まだ……まぁ、そんなに急ぎでも重要でもないからいいんだが…………」


「そうなんですか? じゃ、また今度よかったら飲みましょう」


「ああ、楽しみにしている。うちの領の祭事のこともあるから、近々また会おう」


そう言い残して、レオナルドはさっと帰って行った。

去り際がスマートな人だ、さすがゴディアーニ卿とフユトは感心したが、レオナルドがユウリとお茶の時間を過ごしたくて早く切り上げたなんてことは知らなかった。

そして、“ゴディアーニ卿”というのが本当は誰を指す言葉なのかも、知らないのであった。






いつもお読みいただきありがとうございます!


今回の話に出ているフユトとセッパが、二巻のカバーに登場です!

どちらもかっこいいのでよかったら見にいってみてくださいませ!


https://kadokawabooks.jp/product/keibijou/322102000825.html


「警備嬢は、異世界でスローライフを希望です ~第二の人生はまったりポーション作り始めます!~」 2巻 6月10日発売です!

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