申し子、平和な一日
次の日の朝、仕事へ行く前に厨房に寄ってみると、横の使用人食堂の方でレオさん以外の人たちがごはんを食べていた。
レオさんは夜に帰って来て、すでに出かけたらしい。朝練の時にも見かけなかったから、もっと早く出たのかも。体、だいじょうぶかな。
アルバート補佐が申し訳なさそうに教えてくれたけど、ミルバートくんもさみしがるし、家族で朝ごはん食べてくれた方がレオさんもうれしいと思うな。
その向こうで、もうすっかり場に溶け込んでいるヘリオス調査員が見えている。頬張っていたものを飲み込んで手を挙げた。
「ユウリ様ー、あげイモがウマイですー!」
「お口に合ったならよかったです」
『クー!(おいも!)』
えっ、シュカ、また食べるの?!
シュカは肩からさっと降りてヘリオス調査員の方へ跳んでいってしまう。
「シュカ様!! あげイモですね~? 赤いタレ付けますか? こっちの黄色のですか? ふうふうしましょうか? こっちの方が美味しそうかな……、いやこっちのカリッとしたやつの方がいいか……」
『クークー。クー。(ケチャップもマヨもどっちもつけて、ホクホクもカリカリもほしいの。早くほしいの)』
うちの神獣ってば食べさせてもらうクセに、びっくりするほどずうずうしいわ。
「両方付けてどっちもあげればいいですね!」
『クー!(それなの!)』
意思疎通しているし。
さらに数本食べさせてもらって油でテカテカの口も拭いてもらって、満足そうな顔でシュカが戻って来た。
あんな耳を伏せたりしてたのに、すっかり仲良しじゃない。
シュカの全力で甘やかされにいく姿勢もヘリオス調査員の適応力も、すごいなぁと感心するばかりよ。
◇
近衛団の仕事も残り数日となった。
見上げると、見慣れて愛着のわいた美しいお城が朝の光を浴びている。
あとちょっとだと思うと、さみしい気もしないこともないんだけど――――。なんて思いがちらりと横切ったので、あわてて首を振った。
いや、ダメよ。本当に今度こそはちゃんと社畜から脱却しないと!
もう絶対にマクディ隊長に泣きつかれても、だまされないんだから。
心に固く誓って、納品口から入る。中では〔納品金〕で金竜棟への出入り監視をしているリリーが立哨していた。
「ユウリ衛士、おはようございます」
ちょうど通る人が途切れたので、少しだけ立ち話をする。
「リリー、おはよう。なんか元気ね」
「はい。嫌な人がやめたせいか、最近仕事が楽しいんです」
元々の生真面目そうな顔が、笑顔でキラキラしている。
たしかに、悪ダヌキ一派がやめたら仕事はしやすくなった。リリーに限らず、他の衛士たちものびのびしているような気がする。
気持ちがいいコミュニケーションが取れる職場って、やっぱり仕事はしやすいのよね。
もしかしたらリリーも、パワハラで委縮していたせいで、高位貴族への恐れが強くなっていたのかもしれない。
隊の雰囲気が良くなり、前より緊張しなくなったのだという。
「ユウリ衛士、私も八番入れそうです! なんか、だいじょうぶになってきました」
だって。
なんだかんだ言っても、そのうちちゃんと慣れるものなのかもしれない。ああ、でも、慣れっていうより本人が逃げずにがんばったからかな。
〔朝八番〕は、すごく忙しい時間帯は二人体制になるし、忙しいなりにフォローもちゃんとあるからきっと問題ない。
「うん、慣れるのに時間がかかっただけで、リリーはだいじょうぶだと思うな」
あたしが太鼓判を押すと、気弱だった女性衛士は恥ずかしそうに笑った。
昼休みに外の休憩所へ行くと、すぐ目に付く場所にレオさんが座っていた。
えっ、登城してたの? 知らなかった! あたしが正面玄関の受付に就く前に入ってたのかな。
向かいにはロックデール団長が座っている。
笑顔で手を振られたので、そのままテーブルへ向かった。
「お疲れさまです。お邪魔じゃないですか?」
「ユウリを待っていたんだ。よかったら食べていかないか」
「おう、ユウリ。お疲れさん。好きなの食べていいぞ」
お邪魔しますとレオさんのとなりに座ると、シュカはさっさととなりの膝に移っていった。
そして目の前に広げられた料理の中から鶏肉のソテーを食べさせてもらい、向いのロックデール団長の膝に移り、厚切りの豚肉を食べさせてもらい、そのまま膝に居着いている。
――それ味見? 味見なの? そして豚肉の方が美味しかったのね……?
ロックデール団長がうれしそうだからまぁいいかと、あたしも魔法鞄からお弁当とおかずを出した。
シュカ用のお弁当はお約束のオムレツ。
おかずの方は取り分け用のスプーンを添えてテーブルへ出した。今日のは細切り牛肉とアスパラガスの炒め物。茹でたクノスカシュマメを塩とポクラナッツ油で漬けたクノスカ油(あたし命名)と砂糖少々で味付けした甘じょっぱいヤツよ。白米必須な味だけど、パンもなかなかいいの。
いっしょに出した果実水を飲んで、ひと息ついた。
「レオさん、今日はお仕事で来たんですか?」
「ああ。謁見というか陛下に報告と、諸々の調整だな」
報告! それはしなきゃよね。温泉が噴き出したし、ダンジョンの出入口になるかもしれない穴もできたしね。
周りに人がいることもあって細かい話はなかったんだけど、税率なども変わるかもしれないから領税管理局にも用があるとかなんとか、そんな話だった。
それで前からあの部署に用があったのねと、今さらながら腑に落ちた。
ロックデール団長も陛下の護衛でその場にいたらしいのだけど。
「陛下に献上されたワイングラスがよかったぞ。ユウリが目をかけている工房なんだって? 俺にも売ってもらえねぇか?」
と、寝耳に水な話をされた。
「えっ、えっ? 待ってください! レオさん、あれを献上したんですか?」
「ああ、あの出来なら献上にふさわしいと思ってな。とても喜んでいただけたぞ」
獅子様はにっこりと笑っていますが、事前に一言いただけませんか……。
お気に入りのグラスが、知らないうちに国王陛下に献上されたグラスになっていたとか! うれしいけど、どっきりなんですけど!
あたしも買ったし、国土事象局の文官さんも買ったし、お邸で使う分もとっておくって言ってたし、レストランへ持っていく前になくなりそう。
納品してもらった分って、まだ残ってるのかな。
というか、わりとかわいらしいデザインだけど、あれロックデール団長が使うの――――?
湧き上がる疑問はお肉といっしょに飲み込んで、あたしは団長に「在庫の方を確認してみます」とだけ答えた。
ちなみに牛肉とアスパラガスの炒め物は、近衛団の元団長と現団長というたくましい男たちの胃袋をつかんだらしく、きれいになくなりました!
みんなクノスカ油のとりこになるがいいわよ。フフフ。
いつも応援ありがとうございます。
新年度が落ち着く頃まで更新不定期になります。
(なるべくがんばりたい!(;'∀'))
今回もお読みいただきありがとうございました!