申し子、ガラス工房へ 1
そして、休日。
朝食後、レオさんと馬車に乗り、ガラス工房へ向かった。
[転移]を使えば早いのにそうしないのは、領地の視察を兼ねているかららしい。領主様もいろいろとやることがあるのね。
海が見える道を少し行くと、家らしき建物が見えた。
「この先には家があるんですね」
「ああ、建築不可地区はここまでになる。まぁ、邸のあたりも、一応は安全な場所なんだがな。ダンジョンができそうな場所からは余裕をもって決めたようだな」
何かあってからじゃ困るものね。安全は大事です。
ぽつりぽつりと見えていた建物は、馬車が進むにつれ増えていき、そのうち賑やかな街へと変わった。
もちろん王都レイザンや辺境伯領都ノスチールに比べたら、かなりささやか。でも、十分に活気もあって人も行き交っているしお店も並んでいる。
街中の一角に広く場所を取ってある馬車寄せで、馬車から降りた。すると、今日は御者役をしていたアルバート補佐が、御者台から「レオナルド様、早く戻ってきてくださいよ」と言って、引き返していった。
「帰りは辻馬車で帰るから、時間は気にしなくていいぞ。欲しいものがあればこの際だ、見ていくといい」
レオさんの言葉に街を見回せば、服屋に雑貨屋に食事処が目に飛び込んできた。
肩の上でシュカも周りを見回している。
『クー!(やたいがあるの!)』
シュカってば目ざとい。確かに通りには屋台も出ていて、盛大に煙を上げているところもある。何焼いてるんだろう? 後でぜひ寄りたいものね。
そういえばこんな風に街をぶらぶらするのは久しぶり。
「――まずはガラスを見ようかなと思います」
「そうか。ではガラス製品を扱っている店をいくつか見て、気に入ったものがあればそれを作った工房を訪ねよう」
「はい」
さっそく近くにあったガラス製品店の窓ガラスを覗くと、中には調合液を入れておくような規格の揃った製品が並んでいた。
「ここはガラス工房の直売店だな。数をまとめて買ったり、定期的に納品を頼むのならこういうところがいいだろう。値引きしてくれる所も多いぞ」
「こういう直売店ではないお店だと、いろいろな工房のものが置いてあるんですね?」
ようするにセレクトショップってことよね。
「そういうことだ。――――ほら、その先にあるな」
次の店は、もう、店構えからして違っていた。白い壁にお洒落な看板がかけられ、かわいいランタン(魔ランタン?)が店先を飾っている。ショーウィンドウからも色ガラスの花器が並んで見えていた。
中でも透明なガラスの一輪挿しに葉が描かれたデザインのものが、ステキ。
誘われるように中へ入ると、店内は色とりどりのガラス製品が見やすいレイアウトで置かれている。
お店の人に蓋付きのビンを探していると言うと、奥の一角へ案内された。
あれ、案外ないんだ……。
グラスや花器などに比べるとあきらかに種類が少ない。
「……ビンって少ないんですね」
あたしがそう言うと、お店のお姉さんが困ったような顔で笑った。
「そうなんです。花瓶などに比べると工程が多くて、手間がかかるのに値段を高くすると売れないんですよね。だから職人さんたちもあまり作りたがらないですし。ビンやボトルは専門の大きい工房にお任せという状態なんです」
レオさんはあごに手をやり、棚を眺めている。
「確かに、小さいところでは難しいのかもしれないな」
さっきの透明か茶色のビンしかなかったところは、ビン専門の工房の直売店だったってことかな。
うーん、もっとお風呂が楽しみになるようなデザインのものがいいな。
ショーウィンドウのところにあった一輪挿しがやっぱりとても好みだったので、それを買って店を後にした。一応、その工房の話も聞いたけど、ビンは作ってないみたい。
その後も何件か周ったけど、これ! といったものに出会えなかった。
ちょっとがっかりしているのがわかったのか、レオさんがポンポンと頭に軽く触れて、撫でてくれる。
「――ユウリ、さっきの一輪挿しを作った工房を訪ねてみよう。頼めばビンの製作もしてくれるかもしれない」
「そうですね……。そういう工房って、突然押しかけていってもだいじょうぶなんでしょうか?」
「ああ、だいじょうぶだ。だいたいそうやって取引が始まるもんだ」
そうか、電話もメールもないからそんな感じなのね。手紙はあるけど使用人が運ぶし、直接訪ねて話を聞いた方が早いわよね。
お店で教えてもらったその工房の場所は、にぎやかなメインの通りから外れていた。といっても、寂れた感じではなく、製作所が多いみたいだ。
革細工や木工など、作業所が外から見えるところもある。敷地の中は活気があるのね。
その一角に、目的のガラス工房があった。古いけど、なかなか大きい。
ちょっとした売り場のような部分もあり、扉が開け放たれていた。
よかった、お店もあるんだ。それなら入りやすいかも。
中を覗いた時、すぐ近くのカウンターに立っていた背の低い男性と目があった。
――――あ。
あたしの肩くらいの身長だけど、筋肉の付いた腕がまくった袖から見えている。屈強そうな体にの上に乗った顔は、きょとんとして子どものようだった。
数瞬見つめあった後、あたしたちは同時に声を発した。
「――――あ、な、中へ、どうぞだっし」
「――――こ、こんにちは」
それを見ていたレオさんが、小さくつぶやいたのが聞こえた。
「ほう……ドワーフの工房だったか」
――――――――この方、ドワーフなんですね?!
正直、ファンタジーの物語の中にしかいないと思ってました!!
言われてみればその体型も、くるくるした髪もファンタジーに出てくるドワーフっぽい。あれ? でも、ヒゲは? この国のドワーフにはヒゲがないのかしら?
あたしは、にわかに湧き上がる疑問とドキドキとともに、店内へ足を踏み入れた。
誤字報告、感謝です!
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なろう様の方の書籍案内のページがまだなので、カドカワBOOKS様のページはこちら。
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(ちなみにカクヨムコン受賞作ということで、カクヨム様では特設ページで紹介していただいたり、フォロワー様特典SSの配信があったりします……よかったらそちらも……)