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生と死

鏡で自分の姿を見ると、頰はこけて、目は沈んでいる。なるほど、この目か。と分かった。

ボクの目は人を不快な気持ちにさせる。だから絡まれたり、変な勧誘に誘われたり、急に怒られたりするんだろうな。

ベランダから視界に入る人を脳内で殺しているのに、いくらやっても一人になれない。




そして11月。再々就職をする。変わった雑貨や家具を取り扱うインテリアメーカーだ。

社員数は100名程。ボクは直営店のVMDを担当する予定だった。

入社後、3ヶ月は店舗で研修してくれとの事で、ボクは渋谷の店舗で働く事となった。

ショップ店員として働くのは初体験だったが、面白い雑貨が多く、共に働く人たちも良い人ばかりで楽しく過ごせた。

3ヶ月後、新店舗が出来るとの事で、そのメンバーになってくれとの話が出た。

断る権利はないと思い、ボクは新店舗で働き始めた。

一人だけ、場を乱す人物がいたが、それ以外は皆いい人で、協力して店を経営していった。

新店舗での仕事は、ほぼゼロからのスタートだったが、それが楽しく、気がついたら二年の時が経っていた。

仕事や周りの仲間には恵まれたが、経営が悪くなり、やがて店の体制は変化していくと共に、ギスギスとした雰囲気や上からの圧力で働きにくさを感じ、最初の仲間が次々に辞めていった。


そんな中、たまたま新橋のバーでネットワークビジネスの話を持ちかけられ、どうやって断ろうかと考えていた時に、美人のお姉さんグループがボクらのテーブルにやってきて、一緒に飲むことになった。

調子に乗ってテキーラを飲んでいたら、いつの間にかビジネスの話をしていた男は酔いつぶれ先に帰っていた。

ボクも帰ろうとした時、そのグループの一人に声をかけられ、別の店で一緒に飲むことになった。

彼女はボクより7つ年上だったので、ナナさんと呼ぶことにする。

ボクはだいぶ酔っ払っていたが、次の店。また次の店と付き合っていき、気がついたらナナさんの家にきていた。

ボクの地元にほど近い、ナナさんの家は妙な居心地の良さがあり、ボクは深い眠りについた。

昼過ぎに目を覚まし、ボクらはベッドでゴロゴロしながらナナさんの持つ小さなタブレットで「君の名は」を見た。

ボクは一度見たことがあり、子供が自慢するように次はどうなるか説明していたが、ナナさんは黙ってボクの話を聞いてくれた。度々、「君クレイジーだね」と言われた。

その言葉が妙に嬉しくて、ナナさんにクレイジーだと言ってもらいたいが為にふざけた行動や言動を取ることが増えていった。


仕事の方は、中々成果が出せず、どんどん圧力が強くなっていくばかりだった。

本社勤務の話もいつの間にかなかった事になっていた。

仕事はシフト制だったが、なるべく金土日のどれかに休みを入れて、休みが取れたらナナさんと遊んだ。

金曜日の夜、ナナさんの仕事が終わるのが遅くなったが、ボクは名犬のようにじっとナナさんの家の近くのワンダーグーで待ち続けた。

ナナさんと合流すると、SEIYUでお酒とつまみを買った。

ボクが「SEIYUってウォルマートに似てるよね」と言うとやはり「君クレイジーだね」と言われた。

ナナさんの家に着き、料理を作ってあげたかったので、トマトとモッツァレラチーズを切ってカプレーゼを作ってあげた。

トマトの切り方が悪くて、ボクのお気に入りの服に赤い汁が盛大に飛び散った。

ナナさんが「その服好きだったのに」と言ったので、赤い汁の跡が残っているその服を今でも着ている。


翌日、ナナさんが麻布に引っ越す予定のため、一緒に内見へと向かった。

麻布へ向かうための混雑している電車も、一緒に食べた高級なブランチも具合が悪くなる事はなかった。

内見後、ナナさんが気になっていた「ファウンダー」という映画を有楽町で一緒に観た。

ハンバーガーが食べたくなり、店を探したが、マックしか見つからなくて諦めた。

それから数ヶ月後、ナナさんは麻布へ引っ越した。

新居のお披露目と周辺散策という事で、「美女と野獣」を六本木ヒルズで観た。

ヒルズに入るのは初めてで大人になった気分だったが、ナナさんから見れば無邪気にはしゃいでいたらしい。

美女と野獣を見た後は、六本木を散策し、ボクが予約していたジャークチキンが食べられるお店で

引っ越しのお祝いをした。

六本木からナナさんの新居まで歩いて帰れる距離だったので、二人で六本木から麻布の夜を歩いた。

途中でお互いにトイレが我慢できなくなり、六本木の蔦屋まで笑いながらダッシュで向かった。

ナナさんの新居は、狭いけれど綺麗なマンションで、部屋のほとんどをベッドが占めていた。

その広いベッドに横になると、ボクは安心してすぐに眠ってしまった。

昼過ぎに目を覚ますと、ナナさんは「心が叫びたがってるんだ」を一人で見ていた。

ボクが起きるとナナさんは「ご飯なにか頼む?」と聞くので「ハンバーガー」と答えた。

出前館のハンバーガーが届く前に、ボクはコンビニに飲み物を買いに走った。

迷子になりながらコンビニへ行き、迷子になりながらナナさんの家に帰るとハンバーガーが届いていた。

コーラとレモンピールの炭酸飲料を買ったが、苦くて飲めず、ナナさんのコーラと交換してもらった。

その後、ハンバーガーを食べながら映画の続きを二人で見た。

なんとなく「ボクも何か書こうかな」と呟くと、ナナさんは「君クレイジーだから良いと思う」と言ってくれた。

ハンバーガーを食べ終え、映画が終わると、ボクは家に帰った。

それきりナナさんから連絡が来ることはなく、ボクも仕事が忙しくなり、週末休みが取れなくなっていたので連絡することはなかった。


仕事で自分の直属の後輩が辞め、オープンから共に頑張ってきた仲間が減っても続けたが、ふと家のシングルベッドに横になった時にナナさんとの思い出が蘇った。

ナナさんといる時、いつも映画を見ていた。ボクは映画を見る顔ナナさんの顔が好きだった。

君クレイジーだねと言われると、ボクの事を理解してくれる人をやっと見つけた気になれた。

初めて人に自分の行動を「良いと思う」と肯定された。

ナナさんはいつものようにボクをあしらった軽い返事だったかもしれないが、ボクにとってはその言葉は何よりも胸に突き刺さった。


ボクは脚本家を目指す事にした。

それからの行動は早く、少しでも業界の事を知ろうと、転職サイトに募集が出ていた映画の宣伝業務の仕事を受ける事にした。

書類選考・一次面接・筆記試験・二次面接・最終面接とクリアして、総勢900名の応募者の中からボクはひとり選ばれた。

かつて脳内で撲殺した男はボク自身だった。

ボクはさっそく退職願いを出すと休む間もなく映画宣伝の仕事についた。


宣伝の仕事をした一年は辛くとも、大きく成長出来た年となる。

ボクの業務は自社で持っている公開前の映画を様々な企業にアピールし、映画公開前に何か共同でイベントや限定グッズを作ろうと提案する営業職のようなものだった。

飲食業界や建設業界。個人事業主から市町村や各省庁にまで、提案先は多岐に渡った。

傲慢で自慢話の多い上司に毎日馬鹿にされ罵倒されながら必死で働いた。

時には取引先の前で頭ごなしに否定された。常々前の職場は人に恵まれていたなと思い知った。

これがサラリーマンの日常であるのならば、ボクはもう2度とサラリーマンはやるまいと決心した。

この時、合コンで知り合った女性となんとなく付き合ったが、仕事のプレッシャーに耐えられず、彼女との時間を作る事が苦しくなってしまい別れる事となった。


仕事が怖いものという不安要素になりかけ、朝の通勤電車を途中下車する事が増えた10月。

友人の結婚式のため土曜日は休む旨を数ヶ月前から伝えていたのだが、俳優さんが出席するイベントの手伝いを任される事になった。

有給を取っている事を伝えたが、散々イヤミを言われたあげく結局休む事は出来なかった。

イベントが終わり、ダッシュで結婚式へ向かった。少し遅れる程度で済んだが、数少ない友人との時間よりも仕事を優先していた自分に気がつき情けなくなった。

再び心療内科へ行く事にするが、担当する先生とソリが合わず、すぐに行くのをやめてしまった。


ある日、高校時代の友人がバイクの免許を取ったため、二人でバイクツーリングへ出かける事にした。

ボクはバイクを手放していたので、レンタルバイクを借りて栃木までの約150kmの下道を走り続けた。

4時間程走り、やっと栃木の宇都宮へ到着した。餃子を食べようとしたらどの店も外まで行列ができていた。

名前も知らない神社で祭りをやっていたので、どこにでも売っていそうな焼肉のトルティーヤをボタボタとタレを垂らしながら汚らしく食べて

場末感漂うピンサロで延々おばさんの愚痴を聞いた。

バキバキの体に鞭を打ち、再び4時間の帰路を走り出した。

速度が70キロを超えた時、ヘルメットがふわふわと浮く感覚がボクを襲った。

首元のベルトが緩んでヘルメットが浮いているようだった。

走っている途中に飛んで行ってしまわないように、片手でベルトを絞る。

ふと、両手を離したらどうなるのだろうと思い、両手を数秒手放してみた。

なんてことはなく、バイクはまっすぐに走り続けた。

ゾクゾクした感覚がボクを襲い始める。

この速度なら一瞬で死ねるのではないだろうか。ボクは再び、今度はもっと長い時間手を離してみた。

バイクはまっすぐに進む。これではボクの体は吹っ飛ばないだろうな。

そう思いハンドルを握ると、今度は70キロを超え重くなっているハンドルを左右にガクガクと揺らし始める。

車体は大きく揺れ始め、思い切りハンドルを切れば吹っ飛んで死ねる事が分かった。

今なら死んでも悔いはないかもしれない。

そう思い、今度は思い切りハンドルを切ろうとしたその時、

後ろを走る車にクラクションを鳴らされボクに恐怖が戻った。

結局死ぬ事は出来ず、迷子になりながら返却時間の過ぎたレンタルバイクを返して帰宅した。


宣伝業務を続けて一年。シゴキのおかげで、多少は仕事にも慣れ始めた時期だったが、これ以上続けると確実に壊れると思い退職した。

退職時に限って良い言葉をかけて来る人がよくいるが、そんな言葉には何も感じないしそれで全てが丸く収まると思っているのならばそれは間違いだ。

この仕事でよかった事は、脚本を読める事。公開前に映画を観られる事。どのような意図で製作したのか、どんな方針で世間に広めて行くのかといった事を知れたこと。そして脳内殺害レベルが上がった事だった。

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