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もう会えない

金が底を尽きたので、ベッド、ソファ、本・漫画・服・映画の特典のフィギュアを売る。

ジモティーで0円の家電を歩いて取りに行く。

近所のネパール人が経営するリサイクルショップで200円で買い取ってもらう。

スマホを分割で新規契約して新しい機種を手に入れるとすぐに質に売り飛ばし、古いモデルを使う。

人は自殺する前に身の回りを整理するという事をふと思い出す。




やがて専門学校を卒業すると、卒業旅行と題して彼女と二人で栃木の鬼怒川まで向かった。

駅弁を購入し、東京を出る前に食べ始めると、近くに座っていた老夫婦に「若いねえ」と言われ

少し恥ずかしくなった。

ホテルは鬼怒川駅から徒歩で行ける距離の場所を選んだ。

何か観光をしたかと言えばどこにも行ってないし何も見ていないが、彼女と二人、雪の降る温泉街を散策するだけで幸せだった。

大きな橋のたもとに足湯があり、勢いで浸かったのだが、お互いにタオルを持ってきていなくて自然乾燥するまでひたすら橋からの風景を眺めた。

並んでいる足の写真を彼女が取ると、北海道生まれの彼女の白く綺麗な足と、アトピーとすね毛で汚らしいボクの足とのギャップが妙におかしくて、二人でげらげらと笑っていた。

ホテルではひたすら抱き合い、朝ごはんのバイキング楽しみだねと言っていたのも忘れ寝坊した。

駅周りを散歩したが特にめぼしいものもなく、ボクらは東京へ戻る事にした。

帰りの電車で、彼女はボクの肩に首を預けて眠りこけていた。

彼女の首が痛くならないように、肩の位置を調整しながら横顔を眺め続けた。

旅行帰りはなぜあんなに悲しくなるのだろう。もっと彼女と一緒にいたかった。

電車は新宿に到着したが、別れるのが寂しくて新宿のラブホテルに一泊して彼女と過ごした。


休みの間、ボクは職場の秋葉原へ自転車で通える距離にある吉原の近くに引っ越した。

アパートではあるが、新築で部屋も8畳のバストイレ別にまで成長した。家賃は7万円だが、会社から住宅補助が2万出る予定だった。

部屋が広くなったおかげで、彼女と半同棲のような生活をしていた。

最後の長期休暇はほぼずっと彼女と一緒にいた。

これから待ち構える不安から身を隠すように必死で彼女にしがみついていた。


昔から春が嫌いだった。

生ぬるい風と共に新しい生活や変化が始まり、世間は浮き足立っていてどこかよそよそしかったりソワソワとしている気をボクは吸い込んでしまう。

例年よりも少し気温の高い春、第一志望だった秋葉原の会社へと就職した。

10時始業だったが、いてもたってもいられず8時半に会社に着いてしまった。

会社はまだ開いておらず、ボクは神田川を見ながらひたすら歩き続けた。

歩いていると気持ちが落ち着いてきて、やがてどんな仕事が始まるのかとワクワクした。

社員は40名ほどの小さな会社で、今年の新卒入社はボクだけだった。

ボクは製作と営業どちらの部署に配属されるか未定となり、しばらくの間は製作の部署にいるようにとの指示を受けた。

初めて使うソフトがあったので、初日はソフトの使い方を学んでいた。

事前に勉強していた甲斐もあり、手こずる事もなく扱う事が出来るようになっていった。

入社したばかりの頃で辛いのは、食事に誘われる事だ。

ありがたい事ではあるが、ボクはやはり食べられず、こっそりとトイレで戻していた。


何事もなく仕事を終え、一週間程が経った。

毎年恒例の花見へ行く事になった。会社から近くに花見会場があり、ボクも当然参加した。

皆お酒も入っていたからか、僕ものびのびと楽しむ事が出来た。

社長とも話しをして、期待しているという言葉をかけてもらえて嬉しかった。

仕事が残っている社員が多く、いい時間になると会社へ戻ったり帰宅する人が現れた。

僕も社長に「今日はもう帰って明日から頼む」と言われたので、他の社員と一緒に帰宅した。

翌日、社長室に呼ばれると僕は説教を受けた。どうやら、新人のクセに最後まで残らず先に帰った事に怒っているらしかった。話しが見えなかったが、部長が共に頭を下げていたので、とりあえず僕も一緒に謝った。

後ほど部長から、社長は酒を飲むとすぐ記憶を失くすから気をつけろと忠告を受けた。

社内を観察していると、社長の鶴の一声で企画の方針が180度変わる事もあり、誰も反論する事もない様子から、(これがワンマン社長か)と思い知った。

ボクもなるべく目立たないように先輩の仕事を手伝った。

仕事も少しずつ増え、やがて18時半定時にもあがれなくなり、彼女と会える時間も減っていった。

記念日に彼女と会う約束をしていたが、結局帰りが0時を過ぎてしまい彼女を泣かせてしまった。

それからというもの、ほぼ毎日帰りは終電ギリギリとなり、入社初月にして、残業時間は80時間を超えていたが、そもそもタイムカードというシステムがなく、何時間仕事をしようと関係なかった。

ある日、やり残した仕事があったため早くに出社すると、昨日と同じ服を着た先輩がパソコンに向かっていた。


初めて貰った給料は、通達されていた金額よりも何万円も少なかった。

もちろん、月の途中入社なので満額ではないのだが、それでも基本給は伝えられていた金額より3万少なく、家賃補助も業績が芳しくないという理由から延期となっていたのを後から知らされた。

GWには彼女と旅行に行く話をしていたが、急遽仕事が入り旅行には行けなくなった。

それでもGWの最終日を休む事が出来て、彼女にくっ付いてずっと眠っていた。


5月のある朝、先に家を出る彼女を見送った後、ボクは自転車にまたがっていつものように会社へ向かった。

いつもよりも少し暑い日だった。

上野を通り過ぎ、信号待ちをしている時に、急に足が軽くなった。自然と笑みが溢れて、気がつくとボクは不忍池の周りをぐるぐると走っていた。

やがて就業時間がすぎると、せんねんそばを食べてから家に帰った。それ以降はもう会社へ行くことはなかった。


会社を辞めたことを彼女に伝えると「私もがんばってるのになんで」と責められ何も言えなかった。

それでも仲直りをして、行けなかった鎌倉旅行へ出かけた。

天気は荒れていたが、足首だけ海に浸かった。

強風で髪がなびく彼女と雲間に見える夕日が海に沈む様は、まるで世界の終わりにみえた。

海ではしゃいだ後ホテルへ戻ると、彼女は「お腹が痛い」とずっと言い続け不満そうだった。

帰りの電車ではお互い一言も話さなかった。


それから数日後、彼女から話があると目黒に呼び出され、海鮮居酒屋で「もう会えない」と別れ話をされた。

ボクは心が体から離れないように、苦手なブロッコリーをひたすら食べ続け話を聞いた。

ボクは成人してから初めて涙を流した。

その後、日を改めて彼女がボクの家に荷物を取りに来た。

荷物をまとめて帰ろうとする彼女の頭を撫でると、彼女が泣き出した。

女性の目に涙が溢れ、流れ出る瞬間を初めて見た。ボクの心は張り裂けそうになった。

ボクは彼女が落ち着くまでずっと抱きしめて「大丈夫だよ」と言った。

何が大丈夫なのかなんてわからなかったし考える余裕もなかった。

どうか気が変わってくれ。それだけを願った。やがて泣き終わると彼女は出て行った。

ボクは布団に倒れこみ二度寝しようと目を閉じた。次に目を開けた時、僕は駅へ向かって走り出していた。

公園を抜ける途中、彼女が誰かに電話している姿を見かけた。彼女もボクを見つけると、再び泣き出した。

ボクは彼女の手を引きアパートへ連れかえった。

泣きじゃくる彼女をまた抱きしめ続けた。「大丈夫だよ」が魔法の言葉じゃなくなって、かける言葉の見つからないボクは「今日暑いね」とだけ声をかけた。

彼女は泣き終えると、鼻を啜りながら「帰る」と一言だけ発した。

玄関で頭を撫でても、もう彼女が泣くことも振り返る事もなかった。

何度も別れたけれど、本当に終わりだと悟った。


しらばく何もやる気が起きず、夜中まで眠っては夜道をひたすら歩き続けた。

夜の吉原・浅草・花やしき・上野恩賜公園・日暮里繊維街・北千住。下町の夜は静かにボクの心を癒してくれた。

ポケモンGOが流行り出し、夜道が騒がしくなった頃、ボクは就職活動を始めた。

真夏の東京をリクルートスーツで歩き回り、ボクは9月に再就職した。

就職先は、社員数5名の零細企業。イベント会場の設営関係の仕事だった。

図面を引いたり、様々なイベントの様子を見に行けるのは楽しかったが、社長に

ネットワークビジネスの話を持ちかけられ、怖くなって1ヶ月で辞めた。

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