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許せない

ずっと家にいるのも世間様に申し訳ない気がするので、外へ出てみる。

当然どこへ行っても人がいる。一人になりたい。

エスカレーターですれ違うときにジロジロ見てくるバカ。

道を聞かれたと思ったら勧誘の話にすり替えるクズ。

ボクの脳内SNSはバカとクズでバズっている。

背中から汗をかいてきて、真冬の帰り道でコートを脱いで歩く。

早く帰りたいけれど胸が詰まって息苦しくて歩きにくい。

DIY感満載の装飾を施した個人経営のクレープ屋だけが干渉せず、否定せずにいてくれる。

やはり家にいれば良かった。金も心も消耗することはない。




春休みは久しぶりに地元の友人と遊んだり、朝までカラオケやボーリングをして過ごした。

二年時のクラスメートとは草野球のチームを作り、度々集まっていた。

3月11日。その日も朝から草野球を終えて、ヘトヘトになり家に帰宅する。

シャワーを浴びると眠気が襲ってきてボクは眠りについた。


14時過ぎ。

大きな揺れが日本を襲った。

眠りの深いボクでも流石に目が覚めたが、やや大きな地震だなという感覚しかなかった。

窓の外には近所の人が集まっていた。家にはボクと妹しかおらず、

普段口をきかない妹もさすがに怖くなったのか、ボクの部屋に避難してきた。

リビングのテレビでニュース速報をひたすら待っていると、東北で起きた地震という事が判明した。

交通が混乱する前に家族は集合し、事なきを得た。

幸いにもボクの住んでいた地域の被害は少なく、(近所の一角がホットスポットだった)計画停電をする程度だった。

やがて祖母の家とも連絡が取れ、ボクの一族は皆無事だった。

こういった理由から、ボクは被害の大きさを実感する事ができずにいた。

友人と遊びに行くが、停電の影響でどこも開いておらず、暇だ暇だと言い合うも、心のどこかで非日常な毎日にワクワクしていた。


大学の入学式は予定通りおこなわれた。

ボクは友人と同じ東京の大学へ通う事となっていたため、入学式も二人で参加した。

僕はこれからどんな学生生活が待っているのかと不安ながらも楽しみだった。

初日から先輩と思われる人に声をかけられ、ボクらは新歓に参加する事となった。

のちにこれがインカレサークルだと知る。

そのサークルは何の活動をしているのか不明だったが、様々な大学から人が集まっていて、総勢30名ほどだったと思う。

とにかく酒を飲まされた。ちゃんと酒を飲むのは初めてで、自分では強い方だと思っていたので、飲めない友人に代わりひたすら飲んだ。

当然潰れ、トイレへ向かうのだが、トイレの中には同様の新入生が死屍累々としていた。

今にして思えばとても危険なサークルだったと思う。潰れている事を心から願う。

翌日は大学で交流会がある予定だったのだが、ボクは気分が悪くて欠席した。

友人も面倒で欠席していた。

その後、少しずつ大学に通い、普通に授業を受け始め、やがて連む仲間ができるのだが、あまりノリが合わず、かといって無碍にもできずにズルズルと付き合っていた。

当然食事はできなかったので、「変なやつ」と思われていた。

仲間と連むも信頼できず、食事も取れず、遊びにも行けず、やがて授業も苦痛になり、電車に乗れなくなった。

途中下車した先から、今日はもう乗れないと悟り、家までの20kmほどの道のりを歩いて帰った。

そして行く意味を感じなくなり、ボクは夏が始まる前には大学を辞めていた。

友人はボクよりも先に面倒になり大学を辞めていた。

ボクがあまり大学に行っていない事を察していた母は、大学を辞める事をすんなりと受け入れてくれた。

今思うと到底稼げそうにないお金を払っていた事を知る。宝くじが当たったら必ず返します。


その後は公務員を目指すというテイでひたすら遊んだり何もしなかったりを繰り返した。

バイクの免許を持っていたので、夜な夜なバイクで走ったり、ボウリングだけはやたらと上達したので、学生グループに賭けボウリングをふっかけて資金を得ていた。

この時にコンビニでバイトを始めたのだが、ここで出来た同い年の友人達が今でも大切な友となった。

堕落した生活を送り、当然公務員試験にも受からなかった。

20歳を目前に焦りを感じたボクは、建築デザイン系の専門学校へ通う事を決意した。

理由は昔からアートやデザイン関係の仕事になんとなく興味があったからだと思う。

学校は都内でも端の方に位置し、ボクの家からは片道1時間半ほどの電車通学だった。

この時のボクは、普通の電車に乗る事すら困難な状況で、まして1時間以上満員電車に乗ることなど不可能であった。

ボクは親に一人暮らししたい旨を伝えた。ボクの状況をなんとなく理解していた母は許可してくれたが、父には猛反対された。それも当然だ。大学を中退し、2年間フラフラとしていた奴が突然一人暮らししたいなど、

許せるはずもない。それはボクでも理解できる。ただこの時、父に言われた「お前の心が弱いから悪い」というのは間違っていると思うし今でも許せない。

父は所謂「昭和の人」で、真っ直ぐ正しい生き方以外許せないのだ。歳も取っている分だけ頭も硬い。

ボクの病気など何も理解していなかった。かくいう父も高所恐怖症なのに、である。

対立した父と母。そしてボク。それでもボクはもう家を出る決意していた。

母は離婚してでもボクの味方に着こうとしてくれたが、ボク一人のせいで他の家族仲が悪くなるのは避けたかった。

こうして、誰の見送りもなく東京へと出て行った。

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