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水面の月と竜の火  作者: kuroa
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龍と竜の円舞曲

 彼はこの祠に人がやって来たのを見て驚きにうたれているようだった。

 「君は誰だ。なぜ、我らの祠を知っている?」

 答えようとして、チハルは刀を握りなおした。魔物の気配がすると、チハルに宿る龍の王の力が告げていた。祠を取り巻く木々の影から魔物が姿を現した。男性も魔物に気付いたようだった。魔物は男性を飲み込もうと身体を伸びあがらせた。チハルは刀を手に魔物に反撃しようとした。しかし、それより早く男性が魔術書を手に、魔法を使った。無数の光が魔物を貫く。だが、それでは決定打にはならない。チハルは魔物の懐に飛び込むと、そのまま斜め上に斬り上げた。魔物はそれで、やっと霧となって消えた。

 「こんなところまで、魔物が現れるか」

 半ば沈んだような声だ。だが、すぐに彼はチハルの方へやって来た。

 「さっき怪我をしただろう」

 そう言われて、腕に痛みがあることに気付いた。半ば無理に魔物の懐に飛び込んだので、その時に攻撃を受けたのだろう。彼を助けることに集中していて、気付かなかった。

 「魔物から受けた傷は早く処置しないと」

 彼は傷に手をかざし、魔術書を広げて何事か唱えた。淡い光があふれだし、辺りを包む。ほのかに魔術書の文字も光を放っている。彼の瞳の中に金の光が揺らいでいるのが見えた。

 光が消えると、チハルの傷もきれいに治っていた。魔物の力の影響もない。普通の治癒魔法では魔物につけられた傷は治せない。高度な魔法が必要になる。それを簡単に使ってしまうとは余程、熟練した魔法使いなのだろう。

 「魔物を倒してくれたことには礼を言うが、なぜここを知っているのかには答えてもらうぞ」

 チハルは百花草の王がここまで導いてくれたことを話した。意思をもった魔物がここへ逃げてきたことも。

 「さっきの魔物ではないようだな。となると、城下町へ入ったか」

 彼は急いで街へ戻ることにした。チハルにも、ついてくるように求めた。

 「百花草の王から、ここは火の竜に護られた地だと聞きました。火の竜の末裔を探すようにと。彼らは白い髪をしていると聞いたんですが、あなたは……」

 「我らの髪が白いのは、人になる時に、荒れ狂う竜の炎に髪の色が焼かれたからだと言われている」

 彼はエミールといって、宮廷魔法官であるという。そして、チハルの思った通り火の竜の末裔であった。その竜の魔法で代々、この地を魔物から守護してきた。そのため、魔物が街に潜んでいることが許せなかった。最近は魔物が増えてきており、神経を尖らせていた矢先だった。

 「わたしは魔物の居場所が分かります。だから、それで探し出せるかと」

 城下町に着くとエミールは魔物を探すのをチハルに任せた。さっきの戦いで、チハルが正確に魔物の位置を捉えているのを見ていたからだ。

 街には活気があった。日暮れ時で、仕事を終えた人々が通りに繰り出していた。整然と建物の並ぶ通りを、チハルは竜の王の力を頼りに歩いていく。かすかに、魔物の気配を感じる。そのうち、活気のある通りを離れ、静かな邸宅の並ぶ地域へ入っていった。人の姿はあまりなく、噴水の音だけが響いている。やがてチハルは、ある屋敷の前で立ち止まった。その中から、はっきりとした魔物の気配を感じたのだ。

 「ここか?」

 「ここですね。この中です」

 「困ったな。屋敷の中とは」

 「おや、宮廷魔法官殿ではないですか」

 通りがかった男がエミールに話しかけてくる。身なりから、この男も貴族で、どうやらエミールと知り合いらしい。男は無遠慮にこちらをじろじろと見てきた。

 「彼女は私の客人だ」

 「これは失礼を」

 慇懃にふるまっているが、皮肉そうな笑みを浮かべている。

 「最近は魔物が多いようですな。時折、街にも現れるとか」

 「それについては調査している」

 「火の竜の守りが弱まっているのでは?」

 エミールはそれに、すぐ答えなかった。かといって余裕のあるような態度を崩すわけでもない。

 「魔物の出るかもしれない夜に、長話をすべきではないな」

 そう言われて男は挨拶をして、去って行った。男が見えなくなるまで待って、チハルはエミールに話しかけた。

 「さっきの人は?」

 「宮廷で時折、会う知り合いだ。私が一人ではなかったのが、珍しかったのだろう」

 ただ話しかけたふうには見えなかった。それに、火の竜の守りが弱まるとは、どういうことだろう。なんだか、エミールに突っかかってきているようにも見えた。

 「このお屋敷は、まさかさっきの」

 「いや、ここは私と親交のある貴族の屋敷だ。人のいい男で、よく舞踏会を開いている。今度も出ることになっているから、そこで魔物を探すほうがいいだろう」

 そこまで言って、彼は口をつぐんだ。何かを考え込んでいるようだ。やがて彼は口を開いた。意を決したように。

 「客人の君に、こんなことを頼むのは申し訳ないが、一緒に舞踏会に出てくれないか」



 チハルは今まで舞踏会というものには出たことがなかった。どんなものかは、知ってはいたが。衣装はもちろん、持っていなかったが、エミールが調達してくれた。エミールだけで屋敷へ行き、魔物について調べることもできた。だが、魔物がどこにいるか分からないまま広大な屋敷中を調べることは難しい。チハルの力を使えば、すぐに調べられるし、周りの人に気付かれず、魔物に対処もできる。舞踏会で魔物がいるなど分かれば、大騒ぎになる。舞踏会まで数日あったので、チハルは立ち振る舞いを学ぶ時間があった。ダンスは完全に覚えることはできなかったが、エミールとであれば、それなりに踊ることができるようになった。

 「私と一緒にいれば、やたらと話しかけられることもないだろう」

 舞踏会当日、エミールに連れられてチハルは屋敷の中へ入った。舞踏会には武器は持って入れない。自分の力だけで魔物を追い払う必要がある。だからこそ、魔物を見かけたら、お互いにすぐ教えることにしておいた。一人では手に余る場合もある。

 華々しく着飾った男女が大広間に集まっている。かなりの人数だ。天井にはシャンデリアが輝いている。外から見ているだけではわからなかった豪奢な屋敷の調度品に目を奪われる。気軽な集まりだとエミールは言っていたが、チハルには、とてもそんなふうには思えなかった。

 チハルは歩きながら、それとなく気配を探った。さざ波のように大広間の床へと力を伝わらせていく。だが、人数が多すぎるせいか、うまく感覚がつかめない。大広間はかなりの広さがあるはずだが、そのほとんどが招かれた客で埋まっていた。中央のほうに、ダンスをするための空間が空いているだけだ。ちょっと早歩きすれば、人にぶつかりそうだ。

 歩いているうちに、周りからの視線を感じた。じろじろと見られているわけではないが、注目されている。でも、チハルに注目しているわけではなさそうだ。エミールのことを見ている。一人ではないのが珍しいんだろうか。だが、彼だって終始、一人でいるわけではないだろう。周りの貴族を見ていると、白い髪の人は一人もいなかった。火の竜であることが目立つのだろうか。

 エミールはそんなことには気にも留めず、主催者である屋敷の主人に挨拶する。チハルを自分の客人だと紹介してくれた。屋敷の主人はチハルに、ゆっくりしていってくださいと丁寧に挨拶した。確かに親切そうだ。彼からは、無遠慮なあの注目を感じない。

 エミールはしばらく主人と、他愛のない話をしていた。チハルは見るとはなしに二人を見ていた。ふと、何か違和感を覚えた。慌てて、それを感じた原因を探す。すると主人の足元の影からするりと何かが抜け出した。間違いない。魔物だ。チハルはエミールに目で合図すると、さりげなく傍を離れ、魔物を追った。チハルの合図を受け、エミールは会話をきりあげ、追いかけてくれた。

 魔物はどんどん大広間の中心に近づいていく。そして。ダンスを踊っている男女の輪の中に紛れ込んでしまった。

 「あんなところに!」

 「私の手を取ってくれ、チハル」

 「え……?」

 「踊りの輪の中に入る。そうしなければ、近づけない」

 エミールはお辞儀すると、手を差し出す。それは、彼にとっては当たり前の所作なのだろう。それほど自然に、エミールはチハルにダンスを申し込んだ。チハルは戸惑いながらも、エミールの手を取った。周りの人々が、道を開ける。二人はそのままダンスの輪の中に入った。

 ダンスは、練習の時と同じようにすんなりと進んだ。エミールが慣れているため、チハルは彼の動きに合わせればよかった。始めは、踊りに気を取られた。楽団の奏でる音楽に合わせて、周りの人々も踊っている。きらびやかなドレスと、その身を飾る宝石の輝き、シャンデリアの光に目が回りそうだった。エミールはこんな舞踏会に何回も出て、こうやって踊って来たのだろうか。

そのうち、この場に慣れてきた。踊りつつも、周りの気配を探る。魔物はこの輪の中から出ていない。ただ、輪の中を移動はしている。徐々に輪の外へ逃げようとしているようだ。

 「いたか?」

 小声で尋ねるエミールにチハルはうなずく。間もなく曲が終わる。その前に、魔物は輪を外れた。また、別の人の影に忍び込んで、その場を離れていく。エミールとチハルは曲が終わるのに合わせて、輪を抜けた。魔物はどんどん人気のない方へと逃げて行く。魔物を追いかけ、とうとう庭の隅にまで追い詰めた。そこで、魔物が影から出てこようとした。このままでは、攻撃を受けてしまう。とっさにチハルは自らの力を使った。青い光が魔物を遮る。

 「ミツカッタ、ミツカッタ」

 あの意思を持った魔物だった。魔物はおかしそうに笑い声をたてると、姿を消した。



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