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水面の月と竜の火  作者: kuroa
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龍の力を宿す瞳

 チハルは、ぼんやりと列車の窓から外を見ていた。山々の間を縫うように走るこの列車は、時折、山以外に谷間や川の傍を通るのだ。そうやって移り変わる景色を眺めているのは楽しかった。

 チハルは遠く故郷を離れて、ずっとここまで旅をしてきた。彼女の故郷は月水の郷という龍に守られた村であった。月水の郷は谷間の川の傍にある静かな場所だった。龍の王と呼ばれる強力な龍に守られた土地。そこは度々、魔物に襲われていた。龍の王は人々をその力で魔物から守り、人々は龍の王を慕っていたと言い伝えられている。言い伝えでは、龍の王はある時、襲ってきた強大な魔物に郷の若者と立ち向かった。そのとき、龍の王は力を使い果たしてしまい、深い眠りについた。龍の王は若者に力を貸した。自分が眠っている間に人々の力のみで魔物から郷を守れるように。

 「あなたが目覚めるまで、我々が守ります。お待ちしています、いつまでも」

 その若者は郷の人々と共にその約束を守り続けている。月水の郷では儀式をすることで人々は龍の王の力を得る。その力の依り代になる刀を持つ人々は剣士と呼ばれる。剣士は修行のため世界中を旅して、戻ってくることになっていた。チハルはその修行の旅の途中だった。

 思えば随分、遠くまでやって来た。旅の途中、路銀が減っていた。行く当てもなかった。そこで偶然、ある街の噂を聞いた。山々の中にある緑の溢れる街の噂。そこに魔物が出るというのだ。魔物を退治して路銀を稼ごうと、列車に飛び乗った。つらつらと考え事をしているうちに列車は目的の駅に着く。そこを降りてしばらく歩くと、誰かが走って来るのが見えた。

 「おーい、助けてくれ!」

 男性が慌ててこちらに駆けてくる。その後ろから黒い闇の塊が迫って来る。魔物だ。チハルは刀を抜いた。目に龍の力である青い光が宿ると、刀身も青い光を帯びた。軽い身のこなしで男性を追い抜き、魔物の前に躍り出る。そのまま魔物を一刀のもとに斬り伏せた。両断された魔物は煙になって消えた。

 「ほー、強いな。手練れってやつか」

 男性は感心したように近寄って来る。どうやらこの辺りに住んでいる人らしい。

 「強いなら頼みがある。最近、街にまで魔物が出るようになって。とうとう、精霊の木にまで寄り付くようになったんだ」

 街を少し抜けた森には大地の精霊が宿る大木がある。この街を見守る大木に魔物が居ついている。追い出そうにも街の人々だけでは難しい。

 「こんな所に魔物は来なかったんだがなあ」

 男性は困ったように、そうぼやいている。街は周りの木々に囲まれ、穏やかな陽光を受けている。街の中にも木々があり、その合間に家がある。この街はきっと、今まで魔物の脅威にさらされたことがないのだろう。

男性に案内してもらい、チハルは精霊の大木へ続く道へやって来た。男性とはそこで別れた。魔物が怖いらしい。大木へは一本道だった。大木の手前で立ち止まると、チハルは魔物の気配を探った。心を静かにし、さざ波の如く龍の力を辺りに張り巡らせていく。やがて、さざ波の端に魔物の気配が引っ掛かった。チハルは刀を構える。

やがて、龍の力を感じ、耐えきれなくなった魔物が飛び出してきた。魔物は思っていたより小さかった。ローブをかぶり、その下に黒い魔物の姿を隠している。ローブの下から二つの闇の腕が伸びてきた。チハルは自らの刀で、その腕を弾く。こちらの出方を伺うように無数の腕が伸びてくる。チハルは、その腕をことごとく斬りつける。青く光る刀身に斬られると、闇色の霧となって消えていく。それでも腕は新たに現れる。きりがない。

 チハルは一度、刀を引いた。魔物はそれに反応し、猛攻をかける。チハルは、それを間を取ってかわし、跳躍した。そして、刀を振り上げ、魔物本体へ斬り下ろした。

 おかしなことに手ごたえがない。見上げると、魔物はチハルの傍に浮かんでいた。

 『オモシロカッタ、オモシロカッタ』

 魔物がさも、おかしそうにしゃべっていた。言葉を話す魔物など、チハルは見たこともない。魔物は元来、言葉を持たない。本能のままに人々を襲い、喰らう。時には精霊さえ襲う。戦いを面白がったりしない。あまりに奇妙な魔物に、チハルは刀を構えたまま、立ちすくんでしまった。

 『マタ、アソボ』

 確かにそういうと、魔物は姿を消した。魔物が去ってもからも、チハルは警戒を解かなかった。何度か気配を探り、もういないと分かってから刀を収めた。

 『魔物を追い払ってくれたのですね』

 いつの間にか大木の前に一人の女性が立っていた。萌黄色の髪をして木の杖をついている。この大木に宿る精霊のようだ。確か百花草の王と呼ばれる、この辺りを守る大地の精霊のはずだ。

 「王よ、あの魔物は人の言葉をしゃべっていました。意思を持たないはずの魔物が」

 『あの魔物は、あちらへ逃げて行ったようですね。あそこは確か、火の竜が守る地であったはずです』

 かつて、この一帯を守っていた強い力をもった火の竜がいた。その一族は人と似た姿へ変わり、今もその地を守っている。彼らなら、その魔物が何者なのか、わかるかもしれない。

 『火の竜の血を継ぐ一族の者は、雪のように白い髪をしているといいます。彼らを探しなさい』

 あの魔物と戦った身として、他人ごとではいられない。意思をもった魔物は何かをしようとしていた。魔物の言う遊びが何か考えたくもない。何かが起こる前に倒さねばならない。魔物から人々を守るのは自分の使命だ。

 チハルは百花草の王に教えられた道を急ぐ。日は既に傾きかけていた。百花草の王は火の竜の祠がある道を教えてくれた。

 『クローバーのある道をたどりなさい。その先に祠がある。そこで竜の子と会えるでしょう』

 クローバーのある道を見失わないように歩く。夕焼けの光が森を赤く染める。まるで竜の炎のように。

 やがてクローバーの道が途絶えた時、小さな祠が姿を現した。石造りの屋根の下に祭壇があり、その中心にある金色の鉢の中で炎が燃えている。祭壇の周りにはバラをはじめとした無数の花が散らしてあった。

 その祠の炎の前で誰かが、跪いて祈っていた。雪のように白く長い髪を黒いリボンで一つにまとめ、豪華なコートに身を包んだ男性。貴族だろうか。

チハルが近づくと、彼は人の気配を感じて立ち上がり、振り向いた。老人かと思ったが、それほど年老いてはいない。かといって若者でもなかった。その瞳は金の光を帯びている。瞳の色が元からそうなのではない。自らの瞳に炎のように揺らめく金色の光を宿しているのだ。魔力のこもった瞳。間違いない。彼は火の竜の血を継ぐ者だ。




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