生徒会長はラブコメがしたい
放課後、俺――三森九郎は一人、屋上にいた。
俺が一人で屋上にいるというのは何も珍しいことではない。
大体、いつも一人でいるからだ。
趣味は漫画やラノベを読むこと。
もちろん、これは読書という趣味には含まれないと世間的に言うことは知っている。
アニメを見たり、ゲームをしたり、俺ははっきり言ってしまえばぼっちのオタクだ。
それを気にしたことはないが。
だが、そんな俺に一つのイベントが発生していた。
――生徒会長からの呼び出しだ。
「まさか屋上へ呼び出されるとは……」
黄昏るように、俺はそのときのことを思い出す。
クラスメートであり生徒会長の陸藤千華。
才色兼備、文武両道というのはまさに彼女のことを指すのだろう。
生徒だけでなく先生からの信頼される彼女は、まさにこの学校の頂点と言える。
そんな完璧とも言える陸藤さんに、何故か放課後にお呼ばれしたというわけだ。
「イベント的には間違いなく告白……だが」
俺に告白するようなメリットも、ましてやイベントがあったとも思えない。
いや、むしろなかった。
何故なら俺はぼっちだから。
クラスの片隅で一人、漫画やラノベを読むだけの機械だからだ。
一年の頃から友達なんてほとんどいない――二人組を作れば先生と組むことになるのは確実。
そんな俺が、どうして彼女に告白されようか。
「告白ではないとするのなら、説教か……」
いつも学校に漫画やラノベばかり持ってくるな――そういう話であるのならばしっくり来る。
彼女なら俺のことを考えて表立って言わずに放課後に呼び出して伝えるくらいの気の利かせ方はするだろう。
正直ブックカバーはしていないと肌色率の高い表紙は結構多い。
「だが……休み時間の俺にできる唯一の趣味を邪魔されるわけには――」
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「っ!」
不意に声が届き、振り返る。
そこには、さらさらの長い黒髪の美少女が立っていた。
普段から同じクラスで見慣れているとはいえ、美少女だと改めて思ってしまう。
凛とした表情で、陸藤さんは俺の前に立った。
いつもと変わらない、完璧な生徒会長だ。
「生徒会長、俺に何か用ですか?」
「敬語はいらないわ。それに生徒会長というのも。私とあなたはクラスメートでしょう?」
「……じゃあ、陸藤さん。俺に何用で?」
少なくとも、告白などというイベントでないことは俺にも分かる。
そう、普段と変わらない彼女の顔を見れば――
「今日呼び出したのは他でもないわ」
「ああ」
「あなたに用があったから」
「だからその用を聞いてるんだが」
「分かってる、分かってるわ……」
「……?」
「え、えっとね……」
……あれ?何か物凄く顔が赤い。
それも、歯切れ悪くそわそわとしだした。
いや、まさか本当に告白イベントなのか。
いつの間にか彼女とのフラグを立てるようなことを俺はしていたのか。
陸藤さんは俺のカバンの方を恥ずかしそうに指差して、言い放つ。
「今日の、休み時間……ラノベを読んでたわね」
「ん、いつも読んでるけど……」
陸藤さんもラノベとかは分かるのか。
「そ、そうね。三森君はそういうの好きな人だって私もよく知ってるわ。それでね、今日読んでた作品――どうだった?」
「……え?」
「だから! 今日読んでたやつ! 《魔装戦艦ニルヴァーナ》!」
「あ、ああ。ネット小説の方の……」
暇人の俺は、スマホでネット小説を読む機会も多い。
無料で色んな小説や漫画を読めるのだから、いい時代になったものだ――って、今はそんな話をしているんじゃない。
「どうだったの!?」
「え、ああ。コテコテの中二感満載だったけど、戦艦物とか好きだし面白かったよ」
ロボット物というか、宇宙戦記物というか……色々と突っ込みどころのある作品だけど、勢いがあった。
いわゆるスーパーロボットの類いとでも言うべきだろう。
俺は率直に感想を述べていく。
「……!」
それを聞いて、何故か嬉しそうな表情をする陸藤さん。
恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまっている。
まるで、自分の作品でも褒められたかのようだった。
ん、自分の作品……?
「え、まさか……?」
「そ、それね、私が書いたものなの」
「え、ええええ!?」
そんな告白を受けることになるとは、俺はまったく予想していなかった。
「ちょ……こ、声が大きいわ!」
「ご、ごめん。いや、書いてる人に会うくらいならあり得るかなって思ったけど、まさか陸藤さんとは……」
「私もまさか、身近な人て読んでくれている人がいるとは思わなかったわ。マイナーだもの……」
「まあ、あまり人気が出るタイプじゃ――あ」
はっきりと言いかけたところで気付くが遅かった。
だが、彼女の反応は俺の思っていたものとは違う。
「いいのよ。それは私も分かってるわ。……三森君を呼び出したのは協力してほしいことがあるからなの」
「きょ、協力……?」
「ええ、私ね……ラブコメがしたいの」
「……は?」
今度の発言は、さらに衝撃的なものだった。
***
ラブコメがしたい――まさかそんな言葉を、あの陸藤千華から聞くことになるとは思わなかった。
いや、普通に誰が言ってたとしても耳を疑うような言葉だ。
「ラブコメがしたいっていうのは……?」
「私の作品を見てくれたあなたなら分かると思うのだけれど、熱血ロボットバトルに重点をおいてラブコメをしていないのよ」
「まあ、そういう風に書いてるものだと……」
「違うわ」
「え、違うの?」
「本当は、もっと主人公とヒロインのイチャイチャした絡みが書きたいの!」
まさかイチャイチャなんて言葉を陸藤さんから聞くとは思わなかった。
確かに、作品上でそういう雰囲気を出したそうなところは、何度か感じたことはある。
だが――
「えっと、それを俺に言われてもどうしようもなくない……? 感想くらいなら言えるけど、俺は物書きでも何でもないし」
「だから、一緒にラブコメしてほしいの」
「……は? ラブコメを、する?」
陸藤さんは何を言っているのだろう。
俺にはすぐに理解できなかった。
「私には経験がないから書けないと思うのよ。だから、ラブコメを経験すれば――」
「ちょ、ちょっとストップ!」
「なに?」
「いや、ファンタジーとか書けるんだから経験しなくたって……」
「ファンタジーは私の作った世界だもの。ラブコメはあくまで現実世界に比重を置いたラブコメ――現実準拠なのだから、拳一つで人間が吹き飛んだりしないわ」
何とも正論なような、ひねくれてるような……。
一先ず、陸藤さんはラブコメを書きたいからラブコメがしたいというのは伝わった。
それなら話は早い――俺には無理だ。
「他の人――」
「言っておくけれど、この話をしたのはあなたが初めてよ。人生初……初体験なの」
「言い方!」
「これでもし他の人に言ったりしたら……分かってるわね?」
物凄く殺意を感じる発言だった。
いや、こんな風に巻き込まれるなんて何とも理不尽でしかないのだが。
「言いふらす相手も何もいないけどさ……俺にどうしろって言うのさ?」
「ラブコメをするにはどうしたらいいと思う?」
「ラブコメも見るけどどうしたらって色々あるからなぁ……。とりあえず一途に一人なのかハーレムなのか、とか?」
「私とあなたしかいないのだからハーレムは無理よ。高望みしないで」
……ちょっとイラッとしたけどそれは置いといて。
「ラブコメって言われてもすぐには……」
「そう、一番簡単なのはラッキースケベよ!」
「何も言ってないけど!?」
「でも、分かるでしょう? ラブコメと言えばラッキースケベ。まずは三森君にはラッキースケベを実践してもらいたいの」
「いやいやいやいや。なにそれ? ラッキースケベを実践したらもうラッキーじゃないよ。確信スケベだよ。ただ捕まるだけだろ!」
「心配ないわ! 捕まりそうになったら私が捕まらないようにフォローするから。『三森君はわざとやったわけじゃないの。だから許してあげましょう?』って」
「俺のデメリットしかないな!? とにかくそんなのは手伝えない!」
俺は屋上から出ていこうとする。
そんな俺の腕を掴んで、陸藤さんが止めた。
「ま、待って。ラッキースケベが無理なのは分かったわ。もっと簡単なものからにしましょう」
「……簡単なものって?」
「恋人同士の気持ちが、まずは知りたくて、ね。だから、手繋いでもらっても、いい?」
「っ!」
陸藤さんが上目遣いでそんなお願いをしてくる。
今日初めてここまで話したわけだけど、こんな人だとは思いもしなかった。
いや、真面目な人だからこそ、作品作りにも全力なのかもしれない。
実際、彼女の作品は面白いと思って俺は読んでいる。
「……分かったよ。手繋ぐだけなら」
「やった! ありがとうね」
そう言って、陸藤さんが俺の手を取る。
指と指を絡めるようにして、いわゆる恋人繋ぎと呼ばれるような形だ。
ひんやりとして冷たい手――そして、彼女の表情を見る。
少し赤らめて、俯き加減のままに陸藤さんが呟く。
「こ、これが恋人同士の手の繋ぎ方……」
「……さすがに結構恥ずかしいな」
平静を装っているが、内心俺は心臓が止まりかけていた。
美少女と手を繋ぐ機会など一生訪れないと思っていたが、まさか二人きりの屋上で、しかもこんな形で繋ぐことになるとは。
シチュエーションも何もないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「えっと、その……この後は、どうするの?」
「え、俺に聞くの?」
「だ、だって恋人同士で何するとか、よく知らないもの……」
「いや、俺も知らないんだけど……」
「そ、それじゃあ次は、キス、するとか?」
「……え?」
「――っ!? う、嘘! 今のなし! き、今日はありがとうね!」
バッと陸藤さんが手を離して、急ぎ足でその場を後にする。
それこそ止める隙もないくらい早かった。
俺はしばしその場に立ち尽くして、彼女の手を握った感触を確かめる。
もう、こんな機会はきっとないのかもしれない――
「あ、明日も恋人の役やってもらうから。九郎君」
「え、明日も!?」
去り際に、そんな一言を残して去っていった陸藤さん。
いつの間にか、名前呼びになっていることに気付いたのは、家に帰ってからだった。
この日から、俺と陸藤さんのラブコメを書くための恋人ごっこが始まるのだった。
またまたラブコメ練習用です!
書きたいネタはこんな感じですね!