ヘリコプターはロクなものじゃない
「それでは、あなたがここに呼ばれた理由を説明していきたいと思います」
女性が淡々と言う。
「はあ………」
俺はそれに、何とも言えないといった返事をする。
自由になった視界で部屋を確認すると、そこはまるで面接会場のようだった。
無駄に広い部屋に、折りたたんで収納が可能な万能の長机。その後ろには、椅子に座っているスーツを着た人物が二人いる。
そして、その二人に対面する形で同じく椅子に座る自分。
実際に経験したことはないが、就職をかけた大事な面接を受けている気分だ。
未だに状況がうまく飲み込めていない俺は、とりあえず何か情報を得ようと、面接官(仮)達を眺める。
俺から見て右側に座っている人物。
……歳はどれくらいだろうか?無精髭のせいで少し老けては見えるが、少なく見積もっても確実に30は超えている男だ。
ボサボサに伸びた天然の黒い髪に、細身なせいか、妙にダボっとして見える黒いスーツ。ワイシャツは第3ボタンまで開かれており、椅子に深く腰掛け過ぎて身体が落ちていっているところを見ても、何だかだらしない印象を感じる。
一方、左の女性(推定年齢20代)は、男とは対照的に、ワイシャツを第一ボタンまで留め、ピッタリの黒スーツを文句の付け所が無いくらい完璧に着こなしていた。
色素の薄い髪も後ろでちゃんと結んでおり、相手に不快感を与えない。その鋭い琥珀色の瞳やキュッとしまった唇からは、仕事が出来る雰囲気が酸素レベルで漂っており、それを吸ってしまった俺は、軽く萎縮していた。
だからといって、おじさんの適当な着こなしに安心しているわけでは無いのだが。
「戸惑う気持ちは分かります。誰でもここに来た時は我々に恐怖し、時には泣きだします。……失禁する人もしばしば…」
「えっ……」
何されるんだ⁈
今から一体何をされるんだ⁈
失禁という言葉から、様々な恐怖イメージが脳内を駆け巡っていく。
「別に、何もしませんよ。ただ、現実を突きつけるだけです」
「―――!」
心を読んだようなその言葉に、一瞬、心臓が大きな鼓動を打つのを感じた。
「現実を……突きつける?」
「はい。先ほども言った通り、あなたが何故ここに呼ばれたのか、それを説明するだけです。……ただ、覚悟はしておいてください。あなたに拒否権は認められないので……」
少し申し訳無さそうに言う女性。
俺はその言葉に、唾をゴクリと飲み込む。
「……大体は、分かっているんですけどね。ヘリの中でも、声だけでしたけれど、伝えられましたし」
「……そうでしょうね。着くまでに伝えるのは義務ですから」
「………………」
ヘリコプターの轟音の中、横にいるであろう男がぼそりと言ったあの言葉は、淀みなく俺の耳に伝わり、その時の俺の思考を見事にショートさせていった。
あの時は目隠しをされていたから動揺しても表情は隠せたけど、今は違う。こうして人に面と向かって事実を告げられたら、俺は取り乱さずにいられるのだろうか……。
「別に、多少は取り乱しても構いませんよ。幸いこの部屋は防音ですし、逃げ出そうとしても鍵がかかっていますから、私達は特に心配することはありません」
「――――!」
表情一つ変えずにまたも俺の心の中を読んだようなことを言う彼女。
いや、ような……では無いんだろう。こんな偶然が二回も起こるなんて普通あり得ない。一度目は偶然と思い、深くは考えなかったが、二回目はタイミングといい、返し方といい……、そうであると思わざるを得ない。
きっとそうだ。この人は……きっと。
「彼女は俺の心を読んでいる」
「――え…っ⁈」
考えていた事を今度は先に言われ、思わず声が漏れた。ただし、考えていることを暴かれたことだけに驚いたのでは無い。
今回、俺の考えている事を読んだのは、彼女ではなく、男の方だったから余計に驚いたのだ。
「――《災能》。簡単に言えば、一般人には無い特別な力を彼女は有しているという事だね。君と同じく。……ねえ、黒鉄冬樹くん?」
「………………!」
自分の名前、そして唐突な現実を突きつけられ、どくりと、またも心臓の鼓動が大きくなったのを感じた。
そして、まるで走馬灯のように今日の出来事が蘇ってきた。
◇
簡潔に説明するならば、俺は普通の高校二年生である。
ここでいう普通というのは、特に問題行動を起こすわけでもなく、かといって天才的な何かを持っているわけでも無いという意味だ。
その容姿も、染めかたを少し間違ってしまった黒と金が入り混じる髪を除けば普通で平均と言えるだろう。
そんな俺が普通で無い体験をしたのは、高校二年生を迎える為の新年度恒例行事、始業式の日だった。
始業式が終わり、幼馴染の社橙子と下校するまではいつも通りだった。
しかし、橙子と別れ、玄関を開けた瞬間に事件は起こった。
家族構成が両親と、妹と姉が一人ずつの俺の家に、全く知らない人物がいたのだ。それも一人ではなく、目に映っただけでも五、六人。
「知らない人を家に入れてはいけません」と言った母親に従って生きてきたこれまでだったが、先に入られてはどうしようもないだろう。
しかも、黒いスーツを着て、黒いサングラスをかけ、全員オールバックの男達だ。どうこうしようと考えるのが間違っている。なので――
……逃げた。
凄い逃げた。今まで行ったどんな運動会のかけっこよりも本気を出して走った。どんな鬼ごっこよりも捕まるまいと逃げた。
しかし――。現実とは非情なもので、おそらくはその手のプロである黒服達から逃げることは叶わなかった。
50mほど走った地点で捕まり、口と目に布を巻かれ、手と脚は縄で縛られた。
それからは、まるで神輿のようにエッサホイサと運ばれ、車に乗せられ、ヘリに乗せられ……。
今に至る。
ちなみに、移動中はずっと目隠しをされていた訳だが、それでもヘリに乗っていると分かったのは言うまでもなく、あの轟音のお陰というか、せいであった。
昔、子供心にヘリコプターに乗りたいなどと思っていたが……あの頃の自分に教えてあげたい。夢は叶うが、ロクなもんじゃ無いぞ、と。
◇