いつかは果たせぬ暗闇の約束
忙しい…けど小説書きたい欲がハンパない!そんな気持ちで頭にある欲望とかを主に書きました。
共感や楽しんでくれる人がいたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。
――暗い。ただひたすらに暗い。
突如として現れた底知れぬ闇が、僕の視界を塞いでいた。
墨汁を真っ白な紙に垂らした時の如く一気に広がった闇は、均一に、そして残酷にこの世界から光を奪っていった。
最初は自分がおかしくなったのかもしれないと思っていたけど、さっきまで目の前に見えていた橙子の声で、自分ではなく、世界がおかしいことに気がつく。
「冬ちゃん…っ。待って!消えないで……!」
悲鳴にも似た声で僕を呼ぶ橙子。
僕は消えていない。逆に、僕には橙子が消えていっているように見える。
つまり、消えているのは僕達じゃなくて――
それに気づいた頃には、視界は完璧に黒に染まっていた。時々何かが蠢いて見えるけど、それでも黒い。
視界を塞がれた恐怖に動けないでいると、再び橙子の声が聞こえてくる。
「見えない…見えないよぉ……冬ちゃん……ふぐっ、うぅ……」
泣いている。
僕を呼びながら泣いている。
それに気がついた時、僕は咄嗟に、さっきまで橙子がいたところに手を伸ばした。そして触れる。柔らかな、僕と同じ子供の手だ。
「大丈夫。僕ならここにいるよ」
「……冬ちゃん?」
震える声で問いかける橙子に、僕は短く「うん」と答える。
僕が側にいることに安心したのか、僕の手を強く握る橙子。その手は…いや、きっと体全体が、小刻みに震えていた。
――怖いんだ。
そうだよ、橙子は女の子なんだ。
いつもは強気で男勝りでも、この原因不明の暗闇は怖いに決まってる。
橙子がこの暗闇の先でどんな顔をしているのか、僕には分からないけど、それでも…!
僕も橙子の手をぎゅっと握りしめる。
「―――!」
橙子を、悲しませてはいけない。怯えさせてはいけない。その一心で、強く握る。
「冬…ちゃん……」
「大丈夫、きっと大丈夫だから…」
根拠の無い大丈夫を並べ、必死で橙子を安心させようとする。僕が震えてはいけない。僕が怖がったら、橙子はもっと怖がってしまう。
耐えるんだ!きっと直ぐにこんな暗闇、消えるはずだ!……僕はそう自分に言い聞かせ、ただただ暗闇を睨みつけていた。
しかし、しばらくしても闇が晴れることはなく、それどころか、衝突音や爆発音が僕達の恐怖心をどんどんと煽っていく。
橙子の手が更に強く僕の手を握る。少し痛いくらいだ。
「ねえ……冬ちゃん……」
「ん、なに?」
「ずっと…離さないでね……」
その言葉に、僕も更に強く、橙子の手を握る。絶対に離れないように。
「離さないよ。大丈夫、ずっとここにいる」
「……ありがとう」
少し、震えが弱くなったように感じて、僕はホッとした。けど、暗闇が晴れない限り、橙子の震えが完全に止まることは無い。
暗闇が晴れなかったら?そんな不吉な考えが、脳裏をよぎる。
それは……ダメだ!
僕は願った。生まれて初めて、真剣に神様に願った。
どうか、この闇を消してくれと。橙子を、悲しませないでくれと!
願ったその瞬間、ずっと暗かった空間に、一筋の光が差し込む。
「………!」
まるで神様が応えてくれたように光は広がっていき、見えていた黒い何かは、砂のように細かくなり、何処かへ消えていった。
「やった……晴れていく…光が、見える…!」
視界が開ける。もうすぐ、全て!
と、いきなり黒い何かが目の前に現れる。底知れぬ暗闇じゃない、美しく艶やかな、橙子の黒髪だ。そして、その顔も――。
見えたと思った瞬間、その顔は見えなくなっていた。
何故見えなくなったのか?それが、橙子が僕に抱きついてきたからだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
勢いがよかった上に手を繋ぎっぱなしだったから、僕はバランスを崩し、背中から思い切り倒れる。腰が痛い。
けど、そんなことはどうでも良かった。
「冬ちゃん!冬ちゃん!冬ちゃん!…ひぐっ…ひぐ……っ!」
橙子が泣いている。怖いからじゃなく、安心して泣いている。それだけで十分だ。
「…な?大丈夫って、言っただろ?」
僕はそう言い、手を離そうとするが、離れない。というか、離してくれない。
「と、橙子?」
「……さないで…」
「ん?」
橙子が何か呟く。嗚咽混じりでよく聞こえなかった僕は、耳を澄ませ、橙子の顔に自分の顔を近づける。
「もう絶対、離さない…で…くれる…よね?」
「―――!」
耳元で弱々しく囁かれ、自分の顔が一気に熱を帯びたことに気がつく。
咄嗟に橙子の顔から自分の顔を遠ざけようとするが、橙子はそれを許してはくれない。今度はそちらから僕の顔に顔を近づけてきた。
「うっ………」
逃げ場がない。どうやら言うまで解放してくれないようだ。
だから僕は、
「……分かったよ。二度と離れないから…とりあえず上からどいてくれ…」
降参するようにそう言った。
その言葉を聞き、体を起こす橙子。暗闇を抜けてから初めてみた橙子の顔。
その表情は、まるで天使のような、満面の笑みだった。
「約束!…だからね?」
「……はは。ああ、分かったよ、約束する。二度と離れないよ」
僕の言葉を聞き、満足気な表情を浮かべる橙子を見て、僕は苦笑いする。
繋いだ手は、離さないままで。
二度と離れない。そう言って、その日、俺達は約束を交わした。
10年後、強制的に破られる、その約束を――。