02・天国はある…そう考えていた時期が私にもありました
「か、神……さま……?」
「そのとーり!神、御仏、救世主……名だたる呼び名は数あれど、所謂一つのG・O・D!というヤシですな!……敬ってもいいのよ?」
当惑する私を前に、目の前にフヨフヨと浮かぶ『ふくの神』を名乗る30センチ程の謎豚、ポルケリウスはふんす!と鼻息荒く胸を張る。
ギリシャを連想させるクリーム色の服装に、何故か頭には金糸で月桂樹の刺繍が施された緑のバンダナ、背中に大きなリュックサック。小さな丸眼鏡を平たい鼻の上にちょこんと乗せたその姿は出来の悪い秋葉原のマスコットキャラの様だった。
「…えーと、もしかしてこれ夢?あぁそっか…私最近コス作りで徹夜続きだったから、だからこんな変な夢見てるんだ……」
「ところがどっこい、夢じゃありませーん!これが現実!……あれー?もしかしてカレンたそ、ご自身の身に起こった事、覚えておられませんのですかな?」
「……え?」
私の身に起こった事?それにカレンって……
そういえば私、今日のイベントで『まじかる☆カレン』のコスプレしてて……それで……?
「…ぁああ!?衣装!染み抜きしなきゃ!!」
「え、まずそこ?」
私は慌てて自分の腹部を確認する
しかし
「汚れて……ない……?」
そこには血の跡どころか、穴ひとつ空いてはいなかった。
「どうして…って言うかあれ?私刺されて…え、えぇ!?」
「…おうふ…どうやらカレンたそ、未だメ○パニ状態から回復されておられぬご様子。どうですかな、一度落ち着いて深呼吸されては。はい、ヒッヒッフ~」
「すぅ……はぁ……」
とりあえず言われるがまま深呼吸をしてみる。ラマーズ法の件についてはメンドくさいので突っ込まない。
「それじゃお次は記憶の整理をば。名前と年齢、スリーサイズと好みのタイプは?」
「えっと…名前は『津向 恵渡』、年齢は21歳、スリーサイズは上から……って!何でそこまで言わなきゃいけないのよ!!」
「ぶひ!おしい!流れでイケるかなーってオモタのに…」
この豚……
「……どう、でしょうか?少しは落ち着かれますたかな?」
「え……?」
「何分拙者重度のコミュ症、突然の事件に傷ついた少女の繊細な心に対する気の利いたフォローなど思いつかない故、せめて笑って貰えたらなーと思った次第でして……」
…もしかして、気を使ってくれている?
「まぁ最も、スリーサイズが知りたいのも紛れもない本心なのですが!」
……前言撤回。やはりこの駄豚は……
私の感心を返せ。
・・・ ・・・ ・・・
「……えっと。私、刺されたのよね……それで、アン…貴方が神様っていう事は、もしかして私、死んじゃったの…?」
「…あー…えぇ、まぁ、そういう事になりますなぁ……なんと言いますか、この度は大変お悔やみ申し上げますぞ……」
ポルケリウスは申し訳なさそうに目線を伏せる。
「……その、別に貴方が悪い訳じゃ無いんだし、そんなに気を使わないでよ…じゃなくて、使わないで下さい」
「あ、話しにくければ無理に敬語を使わなくて大丈夫ですぞ?拙者、フランクでフレンドリーでフレンチな関係性を希望致します」
「…そう?それじゃそうさせてもらうね。何て言うか、アンタ見てるとあんま神様って感じしないし」
「ぶひひ…サーセン…」
照れた様に前足で頭を掻くポルケリウスを眺めながら、私はふとため息を漏らした。
「…それにしても……はぁ…そっか……私死んじゃったんだ……昨日の『まじ☆カレ』の展開見て、嫌な予感はしてたけど、まさか刺されるなんてねー」
『まじかる☆カレン』…通称『まじ☆カレ』はゴールデンタイムに絶賛放送中の女児向けテレビアニメだ。
子供向けの勧善懲悪、愛と魔法のヒロインアニメを象取ってはいるが、あざといまでの萌えアピールと大人が踏み込まなければ分からない様なドロドロとした人間観が散りばめられた、所謂『大きいお友達』向けのアニメでもあった。
あったのだが。
「あぁ、あの展開は衝撃的でしたな……まさかカレンたそのベッドシーンががが…あ、やっべ、思い出したら立ち眩みが…」
そう、公式がやらかしたのだ。
夕方のお茶の間に映し出された脱ぎ散らかされたマジカル☆コスチューム。
くぐもったヒロインの『声』。
ポカンとするちびっこ達と説明を求められ凍り付く保護者の皆様。
抗議の電話が殺到したのは言うまでも無いだろう。
「私もあの展開はどうかと思うけどさー、それでもコスプレしてるレイヤーに当たる事無いんじゃない?私全く関係無いよね?」
「全く持ってその通りですな!同じオタクとして憤りを禁じ得ませぬぞ!…まあ最も?オタクはオタクでも拙者は誇り高き光のオタク。あんな闇のヲタクと一緒くたにされるのは甚だ心外なワケなのですが!!」
「恋人との痴情の縺れならまだしも、知らないオタクに八つ当たりで刺されるなんて、笑えないよね」
ははは。と乾いた笑いを浮かべる私に、ポルケリウスは意外そうな表情を浮かべる。
「…なんと言いますか、あまりご自身の顛末を悲観されておらぬご様子ですな…」
「……うーん、後悔したり誰かを恨んだりして何かが変わるならいくらでもするけど、そうじゃないでしょ?それで生き返れる訳じゃ無いんだし、恨んだって気が重くなるだけじゃん。だったら悩むだけ時間の無駄じゃない?」
そう 、これは強がりでも何でもなく、紛れもない私の本心だ。
自分を殺したあの男に思う所が無いわけではないが、それで態々あんな奴の事を考えてやるのも気分が悪い。衣装に染みが残っていたり、穴の一つでも空いていればまた結果は違っていただろうが。
「だからさ、アンタも余計な気遣いしなくて大丈夫だからね?」
「……おk、把握しましたぞ!」
そんな私の言葉にポルケリウスが敬礼と共におどけて見せる。
うん、やっぱりこの神様、性質はどうあれ中々に善神みたいだ。性質はどうあれ。
「それで?私はこれからどうなるの?天国とか地獄に送られる訳?」
「オウフwwwいわゆるストレートな質問キタコレですねwww ... おっとっとwww 拙者『キタコレ』などとついゴッド用語がwww」
「そういうのいいから」
「ア、ハイ…えー単刀直入に申しますて、貴方達の言う所の天国や地獄…所謂『あの世』と呼ばれる場所はぶっちゃけ存在しないのです」
「え!?そうなの!?」
「えぇ、よくテレビの霊能特番で臨死体験が取り上げられたりもしますが、拙者から言わせて貰えばあんな物は只の御伽噺、もしかしてですが貴方の言う霊界とは貴方の空想上の存在ではありませんか、てなレヴェルですな!」
「そうなんだ……」
好きだったんだけどなぁ…丹○さん……
「専門的な話は端折りますが、人間の魂は死後直ぐにリセットされ、また別の個体へと移されるのです、まぁ簡単に言えばハードディスクの初期化みたいなモンですな。」
「その例えはよく解らないけど……つまり、私は今から別人に生まれ変わるの?」
「あー、うん、まぁ……普通の状況であれば拙者、大手を振ってはいその通りですと答える訳なのですが……今回はその、些か状況が違うと言いますか……」
ポルケリウスは目線を反らしてなにやらゴニョゴニョと言い澱んでいたが、
「実は拙者、ケイト殿に折り入ってお願いしたい事がありまして……」
意を決した様子でそう切り出した。