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夢見の悪い幻想録  作者: ごまみりん
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回帰

[唯一世界から勝ち取った物]





帰還すると僕は代わる代わる取り調べと尋問を受けた。全ての質問に分からないで通した。


医者は僕を重度の記憶障害とPTSDだと診断した。確かに記憶が混濁したり夢見が悪かったりした。でも僕は大事な部分を忘れていなかった。


あのクレーターと血の海を作ったのは僕だ。何をしたのかは自分でも分からないけど僕がアレをやったということ。


僕は軍を辞めた。処遇が決まる前に自分から依願除隊した。アーネスト中佐は引き止めてくれたが、僕には軍に残る気は無かった。



フォートブラッグの本部を出るとスーツを着た男に声をかけられた。男はPMCのリクルーターだった。


男の軽薄な言葉を聞き流しながら書類にサインした。



僕はそれから南米や中東で仕事をした。得物はHK416からSCAR-Lに変わったがやる事は変わらなかった。


米軍の下請けとして合衆国の邪魔になる魔法使いを殺し回った。でも、僕は僕の殺意で魔法使いを殺していただろうか。


そんな疑問を圧し殺し、誰のどんな物かも分からない殺意を無理矢理フィックスさせ、僕は引き金を引き続けた。


パキスタンで同僚達とムシャクシャしてキャンプの近場の武装勢力を襲撃したら給料が上がった。

ジャスティンの古巣と一緒に仕事をした時は、酷く動きがトロい連中だと思った。それは同時にジャスティンが優秀な兵士だったという事の証明でもあり、僕は仕事が終わった後にジャスティンが好きだったハイネケンを飲んであいつを思い出した。





僕は一年間、金で雇われた。誕生日に会社に辞表を出してアメリカに戻った。


アメリカに戻ってからは僕に付いて回る監視を撒くのに苦労した。


一週間後には日本行きの飛行機の座席にいた。


飛行機で流れていたニュースで僕は上院軍事委員会の委員長の乗った車が爆発した事を知った。委員長の乗った車は火だるまに包まれ、委員長は炭になった。FBIはIEDを使ったテロだと判断したようだ。


FBIの判断は正しかった。委員長は僕の作ったIEDで炭になった。


僕らのチームを潰そうとしてベンにジャスティンとアランを殺させた上院軍事委員長。僕にベンを殺させた政治家。


ニュースでひっくり返った車を見た時、この一年間の誰の物が分からない殺意は間違いなく僕自身の殺意だったと分かった。氾濫する殺意に身を任せていた365日だった。


僕は空の上で妙な安堵を覚えていた。僕自身の殺意で仕事をしてきたという事が分かったからだろうか。


そんな事よりも今は寝たかった。エンジンの音が眠気を増長させた。


寝た所で夢見は悪い。起きたら嫌な汗をかいてて、目覚めも悪いだろうけど、それでも良いと思った。


僕は目を閉じた。





□□□□□□




「それが君の過去……」


景色は消え、何処までも続いているような真っ黒な場所にいた。


「家族を奪われ、仲間を奪われ、いつもいつめ大切な物を奪われてきたんだね。そりゃあ世界を恨んだりするよね」


洩矢諏訪子は僕の周りをぐるぐる回っている。


「それで、世界を恨んだ君は枠組みから外れようとした。不条理を徹底的に壊す為に世界に存在しえなかったモノになろうとした……違うかな?」


僕らを包む黒を見た。その黒は僕が出した翼の色と同じだった。


「分からない。なにもかも分からない」


ここは翼の中なんだ。幼い頃知覚した憎悪と絶望の奔流に僕はいる。


「君は藍沢澪が殺された時、絶望の奔流に身を任せた。それで君の妹の本来の力が解き放たれた。[侵食]は、この世界の枠組みすら侵していった」


洩矢諏訪子の言う事は正しいと思う。あの時、僕は確かに沸き上がる感情に身を焼き、世界の不条理を憎んだ。


世界は僕から大切な物を全て奪っていく。そんな世界ならいらない。僕はなにもかも奪っていって何一つ与えてくれない世界が嫌いで仕方無い。


「そうかな?君は憧憬だった物をもう手に入れているんじゃないかな?」

洩矢諏訪子の言葉が理解出来なかった。僕が何を手にしたというんだ。奪われてばかりの人生だ。



「そんな事ねぇぜ?相棒」


懐かしい声。僕の唯一の親友の声がした。


振り向くとハイネケンを持ったジャスティンがいた。


「久し振りだな、相棒。元気にしてたか?」


「ジャスティン……何で……」


「まぁ細かいことは気にすんな。とりあえず踏ん張れよ?」


言葉の意図を図りかねてると、左頬に衝撃が走って身体が後ろに吹っ飛ばされた。



「ッ……何すんだよ……」


「正気に戻ったか?相棒」


「僕はずっと正気だ。いや……お前が見えてる時点で正気じゃないか」


「ハハハ……言えてるかもな」


ジャスティンはハイネケンを飲んで息をつくと、何処から出したのか僕にハイネケンを投げてきた。


「悪いけど飲む気分じゃないんだよ」


「珍しいな……で、正気に戻ったか?」


「さっきから何を……」


「お前は本当に何も手にしてないのか?お前は本当に奪われてばかりだったか?お前は愛を得たんじゃないのか?」


「愛………?」


家族を奪われ、仲間を奪われ、奪われてばっかで………


愛なんて……そんな物……


頭に浮かぶ金髪の女性。思い出したいのに、思い出せない。そこだけストンと抜け落ちたようで……

「思い出せよ!お前が奪ってばっかの世界から取り返した愛を!翼に飲み込まれるな!!」


「愛………取り返した……?」


ジャスティンに胸ぐらを掴まれて、頭に様々な光景が浮かぶ。縁側で酒を飲んで、一緒に買い物して、人里で一緒に………



「藍さん……」


目から涙が溢れた。どうして僕は彼女の事を忘れてたのだろう。僕を愛してくれた人の事を何故忘れてしまってたのだろう。



「ようやく正気に戻ったか。この馬鹿野郎が……」


「ジャスティン……僕は……」


「本当に馬鹿だな。ったくよぉ……」


「本当に隊長は大馬鹿野郎ですね。そんなヘタレだとは思わなかったですよ」


「アラン……」


「おいアラン、高所恐怖症で毎回泣きじゃくりながら蹴り飛ばされて降下してた奴が随分とデカい口を叩くようになったなぁ……」


アランはジャスティンの言葉に気まずそうな顔をした。


「君は奪われてばかりでも無かっただろう?」


僕の周りを洩矢諏訪子とジャスティンとアランが囲んでいた。


「そうですね……奪われてばかりでも無かった」


「隊長は、欲しかった物をもう手に入れてたんですよ」


「それなのにお前はこんな所に閉じ籠っちまってよ……」


「悪いな……ジャスティン、アラン」


「いいですよ、むかつくベンの頭に9ミリをぶちこんでくれましたからね」


「ベンの事……」


「ぶん殴ってやりましたよ。あいつ、隊長に全部背負わして死にやがったり、仲間なのに話してくれなかったりろくでも無い奴ですよ」


「もう済んだ事なんだからいいじゃねぇか……まぁ俺らに話してくれてればIEDなんて面倒な方法を取らなくてもよかったけどな」


「お前らとずっと仕事をする未来もあったてことか……」


「そうだな、いつものバカ四人で世界中飛び回ってたかもな」


「でもそうなれば、隊長は八雲藍に出会えませんでしたよ」



言われてみればそうだった。でも、どちらかを選ぶ事なんて出来ないだろう。



ジャスティンはハイネケンを一気に喉に流し込むと、いつかのように「無くなっちまった」と言った。


「もう行けよ、相棒。帰るべき場所があるだろ?」


ビールも無くなっちまったしなとジャスティンは付け加えた。


「隊長……もう来ないでくださいよ?ベンもそれを願っている」


「あぁ、僕は帰るよ。僕の帰りを待っている人の元に……」


僕らを包んでた黒が背中に集まり翼を形作る。僕は自身の業を詰めたおぞましい翼で手に入れた憧憬の元へ帰る。


「僕はもうお前らの所へ行けない。だから一目会えて良かったよ。ジャスティン、アラン」


「勘違いすんなよ相棒。俺らは死んだ訳じゃねぇ、お前の一部になっただけだ。ベンもお前の妹もな……俺らはお前と共にある」


ジャスティンは懐かしい笑顔を見せて手を出した。その手を握り返してハグをした。


「またな、相棒。二度と来るんじゃねぇぞ?」


「どっちなんだよ……ありがとう、相棒」


「隊長、お元気で……」


「あぁ、死ねないからな。安心してくれ」


アランともハグをする。




「ありがとうございました」


「いいよ……礼だったら目が覚めたらにしてくれ」

洩矢諏訪子に礼を伝えて、仲間達に背を向けた。


[業の翼]を羽ばたかせ、何もない世界を飛び出す。愛する人が待っている世界を目指して。

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