揺らぎ
「作戦を確認するよ。目標は反体制組織[人外排斥戦線]の幹部一名。これの処理だね。人間だよ。コイツが今日魔法の森で襲撃を行うという情報もある。襲撃の対象にされたのは霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドの二名。どちらも魔法の森に住んでいる。この二名が襲撃される前に目標を処理してね。作戦は以上だよ。頑張ってね、亮」
「了解した。」
にとりから作戦を再確認して通信を切る。
僕は今、魔法の森にいる。八雲紫から依頼された[濡れ仕事]をしている。にとりが開発したという環境追従迷彩付きアサルトスーツを着て木の上で待機している。装備はHK416のサプレッサー装備、シグザウエルP226、ナイフ。
「来ないな…。探るか…」
探索魔術を発動する。にとりが開発した僕の魔法とリンクさせた暗視装置に可視化された探索魔術がソナーのように広がっていくのが映る。
「…………来たか…」
探索魔術に目標が掛かった。距離は600といった所か。環境追従迷彩を起動し周囲の景色と同化する。目標は銃を持っている。人里の警備隊が採用しているAKだ。先日、警備隊の隊員が殺害されて装備が奪われた。おそらくソレをやったのもコイツなんだろう。警備隊長は血眼になってた。
目標が僕が待機している木に近づいてくる。息を殺して目標が僕の真下を通るのを待つ。
「……………」
ナイフを抜く。全身の血がみなぎるような高揚感。それを必死に抑えながら目標と僕の距離が縮まるのを待つ。
「(50………30……20……10……)」
0
「……………」
飛び降りた。背後に音も無く飛び降りた。口を抑えた。そして頸動脈を切った。目標は糸の切れた人形のように倒れた。
呆気ない。ため息が出る程に呆気ない。この男は自分が死んだ事すら気付かないまま死んでいったのだろう。
「にとり…、掃除は終わった。回収してくれ」
「わかったよ。今回収する」
にとりの言葉と共に目の前の肉塊がスキマに吸い込まれていく。そして僕の横にもスキマが開く。僕はそのスキマをくぐる。
「おつかれさま」
スキマをくぐると、にとりの工房だった。目の前には労いの言葉をかけてくれた河城にとりと八雲ゆかりがいた。
「幻想郷での濡れ仕事にも慣れてきたようね…」
「えぇ…、いつも通りですよ」
「そう…。また近い内に出てもらうわ。その時はよろしく」
「はい」
「隣、いいか?」
「えぇ、どうぞ…」
八雲藍が隣に座った。風呂からあがり縁側で星を見ていた。最近の日課になりつつある。
「少し付き合ってくれないか?」
八雲藍はそう言って、バーボンとグラスを出した。
「紫様が亮はバーボンが好きだと言ってたんだ」
「好きですよ…バーボン」
お互い、無言でバーボンを飲む。八雲藍と縁側にいるとお互い無言になることが多い。けど、それが苦じゃない。むしろ心地よささえ感じる。
「…………何かあったのか…?」
いきなり八雲藍がそんなことを聞いてきた。
「いきなり何ですか…?別に何も無いですよ…」
「そうか…、ならいいんだ…。ただ何かいつもと違う気がしたからな…」
そう。八雲藍は知らない。僕が今日一人処理してきたことを。幻想郷に来てもう6人の人間と8体の妖怪を殺していることを。僕が感じた目標が近づいてくる時の言い知れぬ高揚感を。僕が処理した男の最期の呆気なさを。
「何も無いですよ…。何も…」
彼女は知らなくていい。彼女は光り挿す道を歩んでいくのだから。そんな事知らなくていい。彼女の歩む道を阻む障害を影から取り除く事が僕の仕事だから。彼女は人里で僕に向けたようなあのずっと笑顔でいればいい。いなければならない。
だから…僕は…。




