親友
[数少ない温かい記憶と親友]
耳元で鳴り響く着信音に僕は叩き起こされる。
時刻は朝の4時。
隣には一糸纏わぬ姿で金髪の女が寝息を立てている。
鈍く痛む頭を擦りながら枕元でけたたましく鳴り続ける携帯を取った。
「はい……もしもし……」
「よぉ!昨晩はお楽しみだったみたいだな!!どんな具合だった?」
「切るぞ」
「あぁー!!待ってくれよ、相棒!」
電話の主は慌てて通話を切断しないように懇願してくる。その声は明け方の二日酔いした頭に響いて僕をイラつかせる。
「こんな朝っぱらから何の用だ?まさか今から飲みに行こうって訳じゃないだろうな?」
「違う違う。別に今から飲んだって構わねぇけどよ、そうじゃねぇんだよ」
「じゃあ何だ?」
「釣りに行かねぇか?」
「釣り?僕は道具持ってないぞ?」
「貸してやるよ。じゃあ5時に俺の家な。待ってるぜ」
「おい!!僕はまだ……」
電話の主―――ジャスティン・オールドリッチ少尉は通話を切った。
僕は隣で眠る女の顔を見た。
「…………誰だ?」
見覚えが無かった。ついでに言うと僕が今いる所は自宅では無くホテルだった。トドメは昨晩の記憶が無いこと。
時刻は4時10分。
シャワーを浴びて書き置きを残しホテルを出たのは4時30分だった。
僕が表向き海兵隊を除隊してから一年たった。僕は25歳になった。
あの後僕はアーネスト中佐の言われるがまま幽霊になった。
特殊作戦軍第7統合特殊作戦開発グループ、通称<コマンドN>。それが僕の新しい職場だった。僕はエコー分遣隊チーム5の隊長になった。
チームのメンバーは僕を合わせて四人。デルタ出身のジャスティン・オールドリッチ少尉、DEVGRU出身のベンジャミン・アスカム少尉、フォースリーコン出身のアラン・ダンヴァーズ軍曹と普通の海兵隊員だった僕。
何故僕がこんな特殊作戦に従事する部隊のドリームチームの隊長をやっているのか分からなかった。
この一年間、僕らは軽く世界を4周ぐらいしたと思う。
魔法使いをアンゴラで殺して、エジプトで殺して、チリで殺して、カザフスタンで殺して、イラクで殺して…………
暗殺の世界一周旅行。
インテリジェンスコミュニティと統合参謀本部が合衆国に仇なすと判断した魔法使いの首を片っ端から刈っていった。
そんなろくでもない仕事をしていたら階級は中尉から大尉になっていた。スコアが良かったらしい。
車を30分程走らせると、ジャスティンの家に着いた。
「お!相棒、時間ピッタリだぜ。さすが日本人だな」
「こっちは急いで来たんだ。それよりアレは何だ?」
僕が指差した先には玄関に寄りかかって眠るベンとアランがいた。
「あいつらも呼んだんだよ。悪かったか?」
「僕は別にいいけど……」
ベンとアランが気の毒だ。アランに至っては白目を向いている。
「道具も積み終わってるからな……。よし、諸君出発だ」
ジャスティンに車の中に押し込まれて、車は日の出をバックに走り出した。
一時間程でジャスティンは車を止めた。
後部座席で寝ているベンとアランの耳元で大声を出して二人を起こす様は訓練生時代を思い出させた。
「さて、お前ら釣るぞ!!」
まだ朝の6時だというのにはた迷惑なテンションで喚き散らすジャスティン・ハートマン軍曹殿。
「あれ……先輩なんでいるんですか……?」
「隊長?ここはフォートブラッグですか?」
「起きろベン、アラン。僕はジャスティンに呼ばれて、ここは郊外の湖だ。起きないとハートマン軍曹に殺されるぞ?」
「朝のナパァァァァァァァァムゥ!!」
「ジャスティン、それはキルゴア中佐だ」
このやり取りで無理矢理僕の脳は起こされた。
いざ釣糸を垂らすとバカみたいに釣れた。入れ食いというやつだった。魚の種類は分からなかったが僕の顔より大きいのがわんさかバケツの中で暴れてた。
アランもベンも声を挙げて喜びながら釣糸にかかる魚を見ていた。僕らはいい年した大人ということを忘れてた。
言い出しっぺのジャスティンはからっきしで僕のバケツを覗き込んだり、「それ貸せ」と言って僕が使ってたロッドを引ったくったが結果は変わらなかった。
僕は意外にも楽しんでいた。コマンドNでもインドア派で有名な僕だったが、気付けば日没まで魚を釣っていた。
一心不乱にロッドを振っていた僕らは腹の音を合図に帰る事にした。魚を放し車に乗る時には夕方の6時だった。
ジャスティンの家に戻った時には僕らは空腹で頭がどうにかなりそうだった。
そんな僕らの目の前でジャスティンがバーベキューコンロを用意し始めた時、僕らは神の存在を確かに感じた。
渇いた喉にビールを流し、肉に喰らい付く。ビールを飲みながらキッチンを借りて作ったボロネーゼを外に持っていくと直ぐに無くなった。
コロナの瓶を片手に同僚達とバカ騒ぎする時間。普段言わないような下品なジョークを言い合い、気に食わない上官の悪口を言い合った。
ここ数年間の日常の中で最良の時間だった。
だからこそ僕はその輪から静かに離れていった。
ビールを一気に飲み干し、空を見る。珍しく星が綺麗に見えた。
「どうしたんだよ?相棒」
背後にはジャスティン。
「酔い醒ましだよ」
「いいや。お前は嘘が下手だなぁ」
ジャスティンは僕の隣に立ち肩を組んでくる。
「今日楽しかったな。女と寝るだけが休暇じゃねぇからな……。友情も大切にしろよな?」
「別に毎回寝てる訳じゃない。それにお前、今日全然釣れてなかったろ?」
「うるせぇ。今日はたまたま調子悪かったんだよ」
ジャスティンはビールを一気に流し込むと「無くなっちまった」と言った。
「あのなぁ……亮」
ジャスティンが僕の名前を呼んだ。いつもは相棒と馴れ馴れしく呼ぶのに。
「俺らはまだ知り合って一年とちょっとだけどよ……俺はお前と顔を合わせた時にピンと来たんだ。お前は人生最高の仲間になるってよ」
「お前酔ってるのか?水飲むか?」
「最後まで聞けよ。俺たちは仲間なんだよ。だからな、あんまり一人で抱え込むなよ。アンゴラで助けてくれたろ?今度は俺の番だぜ?」
ジャスティンは僕の経歴も過去も知らない。ただ仲間として、相棒として僕を気遣ってくれてた。話すつもりは無かったが少しだけ口が滑った。
「こんなに楽しいと、たまにお前らが急に死ぬんじゃないかって思うんだ。そう思うと怖くなるんだ……」
するとジャスティンは大きく笑った。
「何だよ?おかしいか?」
「いや……お前らしくねぇなってよ。お前でも怖いって思うんだな」
一通り笑ったジャスティンは空を見て言った。
「俺らは軍人だ。死ぬときは呆気なく死んじまうだろうよ。けどな、仲間を置いて死にはしねぇ。そう決めてんだ。だから余計な心配すんなよ、隊長さん」
「簡単に言ってくれる……」
「人生は案外簡単な物だぜ?相棒」
「そうかもな……」
夜が更けていく。
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「美しい友情じゃないか」
洩矢諏訪子はビールを片手にジャスティンと僕を見ていた。
「えぇ。親友でした」
「それにしても意外だったよ。結構遊んでたんだねぇ、君。八雲藍が知ったらどう思うか……」
意地悪な笑みを浮かべる洩矢諏訪子。
「昔の話です。それに知られたらその時はその時ですよ」
「ふーん」
今度は一転して興味の無さそうな反応を見せる。
「平和な日々って奴だね」
「そうですね……」
そう、平和な日々だった。
でも僕は平和が長く続かない事を誰よりも知っていた。
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「それでその時デニスの嫁さんがな……」
ジャスティンの話で笑いが起こった。話題はデルタ時代の同僚が浮気した時の話だった。
「その後もデニスの野郎、嫁さんに……」
また大きな笑いが起こる。僕の笑い声もそこに加わる。
こんなに笑ったのは何時振りだったか。仲間と酒とタバコと肉と下らない笑い話。僕の人生に無かった組合せ。
「よっしゃぁ、朝まで飲むぜ!アラン、ピザ頼め!!」
「了解しました!!少尉殿!」
アランはジャスティンに促されデリバリーピザを注文してた。
新しくビールを開けようとした時、僕の携帯が鳴った。
メールだった。文面は
[エアコンが故障した]
「どうした相棒?昨日寝た女から恨み言でも来たか?」
ジャスティンが僕に絡んでくる。
ベンとアランも「遊びすぎてると刺されますよー」と言ってくる。
「召集だ」




