爆発
[最初に奪われたのは最愛の家族]
僕が生まれるずっと前の話。
海の向こうの二つのビルに飛行機が突っ込んだその時から世界はテロとの戦いを始めた。
戦争は戦争を呼び、報復は報復を呼んだ。
一つの組織を潰せばまた新しい組織が出てくる。根本的な解決にならない付け焼き刃の処置は半世紀以上続いた。
ヨーロッパはテロの温床と化し、アフリカは独立運動と政府軍とテロリストの三つ巴の内戦で滅茶苦茶になった。疑念に溢れた世界は血を流し続けた。
そんな最中、世界の常識が崩れ去る事が起きた。
魔法の理論化。それまでオカルトや迷信、フィクションの類いだったものが現実になりオカルトは科学を侵食し、科学はオカルトと溶け合っていた。
それは人類が新たな扉を開いた瞬間であったと同時に戦争が新たなステージへ入った転換点でもあった。
すぐに魔法は軍事利用された。リスクも少なく、一定の効果を上げられる魔法は既存の兵器やNBC兵器に代わり戦場に浸透していった。
僕はそんな世界で生まれた。
僕の両親は魔法使いだった。父さんも母さんも優秀な魔法使いだった。魔法の理論化に成功した<原初の七人>と呼ばれる魔法使い達の二人だった。
他の<原初の七人>が各国の軍や政府に引き抜かれて効率的により多くの命を奪う研究をしている中、父さんと母さん、僕と梨佳の四人は静かに日本で暮らしていた。
家には沢山の魔法書があって小さな頃から何となく絵本代わりに読んでいた。
いつしか分からない所を両親に聞くようになっていた。
僕が小学生になった日、父さんに書斎に呼ばれた。
「亮、魔法を勉強するか?」
僕は二つ返事で答えた。勿論肯定だった。
父さんの教える魔法は魔法書に書かれていた魔法なんか比べ物にならないぐらい複雑で難しい物だった。
何度も何度も薬品の調合に失敗し顔が煤だらけになった。それを紅茶を持ってきた母さんと梨佳に笑われた。
「まだまだお父さんには届きそうに無いわね……」
母さんはそう言って顔に付いた煤を拭ってくれた。梨佳は「魔法って大変だねー」と言って頬をつついた。
梨佳は魔法に見向きもしなかった。梨佳には魔法の適性が無く、全く魔力を持っていなかった。
しかし梨佳は特殊な力を持っていた。父さん、母さん、梨佳はその力を[侵食]と呼んでいた。
僕が三年生になると父さんの学会についていくようになった。
父さんの後ろを歩く僕にもフラッシュが降り注ぐ。
《次代の<原初の七人>の一人》
《世界最高の魔法使いの正統後継者》
なんて言われたりもした。
五年生になると父さんの研究の手伝いもするようになり、中学生になると父さんに論文を書いてみないかと言われた。
書いた論文は学会でそれなりに評価され、父さんと母さんにも誉められた。
17年間、父さんと母さんと梨佳と僕の平和な生活は続いた。
17歳の時、家族四人でウィーンへ行った。学会に出席する父さんと母さんについていった。
ここ数年の不安定で混迷を極めた国際情勢の中でテロの被害にも合わずに歴史的な街並みを残し、かつてヨーロッパの中心としてハプスブルク家が栄華を誇った音楽の都。
学会の後にウィーンフィルのコンサートを聞きに行く予定だった。
退屈な学会が終わり僕達は会場から出た。梨佳と手を繋いで父さんと母さんの後ろに続く。
迎えのリムジンのドアが開かれた。
父さんと母さんがリムジンに乗った瞬間リムジンは爆発した。
僕と梨佳は炎に包まれ吹き飛ばされた。何かに身体を打ちつけ、意識が薄れる。
遠のく意識の中で燃え盛る炎と光に包まれながら泣く梨佳が見えた。
「お兄ちゃん………私はお兄ちゃんの傍にずっといるから……」
「り……か?」
「お兄ちゃん……大好きだよ」
僕の意識はそこで途絶えた。




