虐殺
[生け贄が必要だよね]
[虐殺編]佳境です
その場にいた者達は陽光を遮った存在が何か分からなかった。
スーツを着た白髪赤目の青年。背中からは墨汁を垂らしたように真っ黒な翼が噴き出していた。翼は形を絶えず変えながら蠢いている。
青年の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。しかしその表情を見て和やかな気持ちになる者はいないだろう。
表情は貼りついたように笑みを保ち、目は何処を見てるのか分からない。
その青年の名を呼んだのは八雲藍だった。
「亮………?」
その青年――佐山亮は自らの名を呼ぶ声に反応せずに虚空を見つめていた。
「亮さん、その翼は……」
八雲紫の声にも反応せずに佐山亮は地上で彼を見上げる有象無象の妖怪達を一瞥した。
「こいつらが………」
小さく呟くと今度は地上の妖怪達に呼びかけた。
「一つ聞く。昨晩人里外周部の森で人間の女を殺した奴はいるか?」
「亮……一体何を……?」
場が冷たい空気に支配される。
誰も動けなかった。その場にいる全員が空から自分達を見下ろす青年を攻撃する事が出来なかった。
紅蓮のような目が有象無象を再度一瞥する。沈黙という選択肢は無かった。
「俺らが殺した……」
声を発したのは異形の妖怪だった。目は一つしか無く、ゴツゴツとした歪な姿をしていた。その周りには烏天狗が数匹と同じような歪な姿の妖怪が数匹いた。
「そうか………嬲って、犯して、殺したな?」
「あ……あぁ」
「そうか………お前達が……」
佐山亮は笑みを変えずに言った。しかし場にいる他の者達の血の気は一気に引いていった。
佐山亮の翼が大きくなっていく。その様は幻想郷の管理者、妖怪の賢者と呼ばれる八雲紫の手足が無意識に震える程おぞましい物だった。
「お前達が……僕の弟子を…………藍沢を殺したんだね」
佐山亮は喉から絞り出すように声を出し、顔に両手を這わせる。翼は不気味に蠢く。
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佐山亮の言葉を聞き八雲紫と八雲藍は絶句した。
彼女達も藍沢澪の事を可愛がり実の家族のように接していた。故に彼女達はショックを受けた。
しかしそれ以上に彼女達は佐山亮を案じていた。彼にとって藍沢澪は一番弟子であると同時に妹のように可愛がっていた存在だった。そんな存在が殺されてまともな精神状態ではいられないだろう。
現に彼は今まで見たことも無い禍々しい翼を顕現させ現れた。彼の纏う空気は恐ろしく冷たく、敵も味方も戦う事を忘れ動けずにいた。彼女達も例外では無かった。
「そ……それでよ……それが何だっていうんだよ……」
口を開いた妖怪が佐山亮に問い掛ける。
「何だっていうんだよ?あぁ………知らないんだよね……そっか……」
佐山亮は顔を覆っていた両手を取った。
能面。彼の表情を形容しうる言葉はそれしか無かった。完全な虚無がそこにあった。
「あれはね……僕の弟子でね。出来は悪いけど………自慢の一番弟子だったんだよ。優しい子なんだ……うん、そうだね。ハハハ……その通りだね。うん。近い内に僕の仕事も任せようと思っていたんだけどね………大丈夫だよ。心配しないで………僕は大丈夫。死んじゃったんだよね、お前達に犯されて嬲られて。うん………死んじゃったんだね」
佐山亮は時折誰もいない中空を見つめ話しかけていた。その時の声は兄が妹に話す時のように優しかった。
「僕は先生だから……師匠だから、弟子のした事の後始末をしなくちゃいけないんだ……。死んじゃったから供養とか……お葬式とか……。だから後始末と供養をしなくちゃ………」
佐山亮の言葉が途切れた瞬間、八雲紫が叫んだ。
「ッ!?まずい!飛んで!!」
それに反応出来た者は殿を担当した者達と唆護だけだった。
「[侵食・贄]」
佐山亮が佇む高度より上に避難した者達は目を疑った。
先程まで自分達がいた要塞周辺は黒色の球体に包まれていた。
球体が消滅するとそこには巨大なクレーターと血の海が広がっていた。
「これは………」
「私達でも再生には膨大な時間を要するでしょうね……」
蓬莱山輝夜と八意永琳が口を開いたが声は震えていた。
佐山亮はゆっくりと視線を地上から上空へ移した。
「あ……と……ひーとーりィ?」
先程とは打って変わって口元に裂けるような笑みを浮かべ唆護に目を向けた。
唆護は震える身体を無理矢理動かし逃げようとした。
全力で脇目も振らずに逃げようとした。
しかし羽ばたこうとした時違和感を感じた。羽ばたけないのだ。
その時唆護は気付いた。自らの翼が無くなっている事に。
唆護は地へ墜ちていく。強い衝撃が唆護の身体を巡る。まともに立つことも出来ずに地を這いつくばり恥辱と恐怖に震えながら逃げる。
背後から地を踏みしめる音がする。その音は段々と近付いてくる。
哀れな天狗は追い縋る死から逃げようとする。しかし死は彼を逃しはしなかった。
サクッ
佐山亮は唆護の背中に彼の刀を突き刺した。刀は豆腐に爪楊枝を刺すように唆護の身体を貫いた。
「ぐッ……この程度で俺を殺せると思ってるのか?舐められた物だ……」
唆護は精一杯の虚勢を張る。
佐山亮は刀を引き抜き、唆護を仰向けにする。
その時唆護は佐山亮の表情を見た。佐山亮は聖母のように優しく柔和な笑みを浮かべ唆護を見ていた。
「そうだね……たかが刀の一刺しじゃ殺せないね。じゃあさ……これはどう?」
佐山亮の手から翼と同じ色をした液体が流れる。その液体が唆護の傷口に落ちる。
「な……んだ?ヴッ……ェ……」
唆護の口から黒い液体が溢れ出す。それは傷口や全身の毛穴や目からも流れる。
「ウッ………オェッ……ア゛ァッ……」
唆護は自らの身体から流れ出る液体に溺れていく。目は黒一色に染まり、溢れ出す液体で呼吸が出来ないでいる。
それを佐山亮は微笑みながら見ていた。彼の翼は喜ぶかのように周囲の物を全て薙ぎ倒し、彼は唆護が溺れ死ぬまで5分間立ち尽くして見ていた。
渇いた笑いが響き渡った。




