凶兆
[姉・兄・妹]
「という事らしい」
「へぇ……まさかかぐや姫に気に入られるなんてね……この色男」
「やめてくれ……僕は色男なんかじゃない」
「藍と二股したら許さないわ……」
「紫さん、疲れてるんですか?」
永遠亭から八雲邸に戻り、かぐや姫からのアドバイスを八雲紫とにとりに伝えると茶化された。
やっと手に入れた手掛かりなのにその過程をピックアップして騒がれたらこちらとしては堪ったものではない。
これが帰ってきてから何回も繰り返されているのだ。永遠亭でビタミン注射でもしてもらいたくなってくる。
「とりあえず状況を整理しよう……。幻想郷中の危険分子が活動を停止した、原因は不明。それと同時期に妖怪の山の大天狗が更迭された。更にかぐや姫は妖怪の山のパワーバランスが崩れて何かが起こると言っている………。にとり、更迭された大天狗について何か分かったか?」
「うん、昔の同僚に当たってみたよ。こいつだね……」
モニターに目を向ける。
「名前は唆護。大天狗の一人だった。かなりのタカ派らしく、唆護一派は武闘路線を突き進んでいた。人里との交易停止、条約破棄等を求めて裏でコソコソやってたりもしたって噂もあった。ここ最近、妖怪の山では厄介事を未然に防ぐ為に抜き打ちの天魔直属の部隊による監査が行われるようになったらしいんだけど、唆護はそれに引っ掛かったんだよ。その監査でさっきの噂の証拠が出ちゃって逮捕、拘束。他の穏健派の大天狗の暗殺計画も出てきたって話だよ。それで更迭されたんだね、現在は処分が下るまで留置所で24時間体制の監視付きで拘束されてる」
「唆護の部下達は?」
「監視が付いてるみたいだけど目立った動きは無いっぽいね」
「こっちも静かって訳か……」
幻想郷中の危険分子と妖怪の山随一の過激派が同じタイミングでだんまりを決め込んだ。自然に考えれば、
「手を組んだのかもしれないわね」
八雲紫が言った。
「唆護一派と危険分子が協力して大規模な攻勢に出るって事?」
「えぇ、そう推測できるわ」
「唆護一派の目的は唆護の奪還と妖怪の山首脳部への報復、危険分子は[会議]に参加している勢力への大規模な攻勢作戦が目的………こんな所ですかね?紫さん」
「そうね……少し天魔の所に行ってくるわ。妖怪の山の首脳部と協議して72時間以内に状況を開始するから、何時でも出られるようにしておいて頂戴」
「風見幽香にも伝えておきます」
「お願いね。それじゃあ、よろしく」
「「了解」」
八雲紫はスキマへと消えた。
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にとりの工房でのブリーフィングが終わり外に出ると、もう夕方だった。
西陽が肌を焼く。
自室に戻ろうとすると廊下を藍沢が走ってきた。
「おい……廊下を走るなよ。ケガするぞ……」
「あ、先生!!大丈夫だよ、私ケガしな……」
藍沢はベチンという音と共に顔面を廊下に打ち付け、突っ伏したまま動かなくなった。言わんこっちゃない。
藍沢に近付き「大丈夫か」と声をかけると、低く唸るような声が聞こえた。
生まれたての小鹿のように立ち上がった藍沢は鼻血を出し、膝を擦りむいていた。しかも涙目。半年間の訓練は何だったのかと思ってしまう。
「ぜんせい………いだくないでずから……」
「………とりあえず座れ」
自室から救急箱を取ってきて手当てをすることにした。
鼻にティッシュを突っ込み、膝を消毒し絆創膏を貼る。
「それより何でここにいるんだ?」
藍沢は風見幽香の家に居候している。八雲邸にいるのは珍しい。
「にとりさんに装備のメンテナンスをお願いしようと思って……」
「そうか……じゃあさっさと行ってこい」
「はい!!」
「もう走んなよ」
言った傍から藍沢は廊下を走っていく。アホだ。
僕も自室に戻ろうとすると「先生!!」と呼び止められた。
にとりの工房に向かった筈の藍沢が立っていた。
「何だ?」
藍沢は周りをキョロキョロ見渡して誰もいないことを確認しているように見える。
「あの………私、先生に弟子入りして良かったです!!」
「は?」
いきなり感謝の言葉を投げられた。何かあったのだろうか?
「いきなりどうした?」
「いえ……簡単な仕事を回して頂ける事が決まったから……いい機会なので言おうかなって」
藍沢は俯きながら続けた。
「私、お父さんが死んでから一人になっちゃったって思ってました。でも先生と幽香さんが私に色んな事教えてくれて、先生の訓練は厳しくて幽香さんと魔法の勉強した時は難しくて訳分かんなくなったりしたけど………、一人じゃないって思えたんです。まるでお兄ちゃんとお姉ちゃんみたいだなって。だから何て言うか……」
藍沢は口ごもってしまった。言葉が出ないのだろう。
正直恥ずかしくて今すぐ逃げ出したい。だけど教え子が言ったのだから先生が何か言わない訳にもいかない。柄じゃないが仕方ない。
「まぁ最初は銃の反動に驚いて腰抜かしたり、組み手で足を払われて転んでばっかりの使えない奴だったけど、半年でここまで成長するとは思わなかったよ。まだまだ使えない奴だけどね。けど………お前は僕の自慢の一番弟子だよ」
何となく藍沢の頭に手を置いてしまった。やはり何処と無く梨佳に似ているせいかもしれない。
「先生………」
「ほら、メンテナンス行ってこい。にとりの事あんまり待たせるなよ」
「はい!!」
藍沢は満面の笑みを浮かべながら、にとりの工房へと走り去っていった。
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夜、僕は縁側にいた。久しぶりに縁側で酒を飲もうと思った。
この半年間藍沢の訓練で忙しく、ゆっくり酒も飲めなかった。
もう梅雨も明ける。この忌々しい蒸し暑さともおさらばだ。
梅雨の匂いとタバコの匂いの中、ウィスキーをグラスに注ぎ口に含む。久しぶりの胃が熱くなる感覚に懐かしささえ覚える。
星を見ながら藍沢の事を考えていた。僕の初めての弟子。自慢の一番弟子。
正直嬉しかった。八雲紫が藍沢に仕事を回す事を了承した時叫びたくなる程嬉しかった。弟子の実力が認められたのだから。
笑みが溢れてしまう。いつか弟子が自分を越える日を想像すると気色の悪いにやけ面が出てしまう。
今日は飲みすぎてしまうかもしれないと思いながらグラスに手を伸ばした時
ピシャッ
グラスにヒビが入った。誰も触れてないのに、縦にヒビが入ったのだ。
鳥肌が立ち冷や汗が流れる。
空を見上げると不気味な程に星が瞬いていた。




