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夢見の悪い幻想録  作者: ごまみりん
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静寂

[嵐の前の静けさ]



「距離は500って所か……、これぐらいならいけるだろう?」


「はい………先生」


SSG-3000の銃口の先には獣の姿をした妖怪がいる。口元には血が滴り、獲物を探して彷徨き回っていた。


人里付近で三人の子供を喰い殺した悪い狼。赤ずきんに退治される時が来た。


「お前のタイミングで行け……」


双眼鏡を覗きながら言う。僕は今回観測手に徹する。




藍沢は息を止めた。一瞬の沈黙の後、気の抜けるような音と共に双眼鏡の向こうで獣が倒れた。


7.62ミリ魔術弾は獣の頭蓋を貫通して一瞬で命を奪った。



「500メートルでヘッドショット………即死か……、まぁ及第点だね」


「じゃあ…………」


「合格だ」


藍沢は「やったー!!」と跳び跳ねている。


「騒ぐな……妖怪が寄ってくるだろ」


「でも!!これで……」


「あぁ……紫さんには話しておくから」




□□□□□□




「へぇ………あの子は使い物になるようになったのね」


「はい。これからは簡単な仕事なら任せてもよろしいかと……実戦経験も積ませたいので」


八雲紫は藍沢のプロフィールと訓練中のデータに目を落としていた。


「亮さんは合格させたのよね?」

「はい。及第点に達したと感じました」


「なら良いわ、仕事を回しましょう。あなたの式からの評価は?」


「風見幽香が担当したのは魔法です。藍沢は僕と違い攻撃に特化した魔法を得意とするようです。隠密作戦より白兵戦に適性があるのではないかというのが風見幽香の評価です」


「そう………なら、その内そういう仕事も任せられそうね。あなたも楽が出来るでしょう?」


「そうですね、そうなる事を祈ってます」



藍沢澪の訓練を開始してから半年が経った。


初めはいちいち銃の反動で驚いて組み手の時には毎回足を払われ転んでいたが、半年後には気付いたら一通りの技術を身に付けていた。


全く子供の成長には早さには驚かされた。



「でもねぇ……今仕事が無いのよ」


八雲紫は溜め息をついた。


「いいじゃないですか、仕事が無いのは平和という事ですよ」


「そうね……でも、おかしいのよ。小さな反体制勢力さえも動きを見せてないの」


まるで嵐の前の静けさだと思った。大規模な攻勢に出る前の準備期間。


「探りますか?」


「えぇ……近い内にお願いするわ。今はにとりが情報を集めてるから何かあればにとりに言って頂戴」


「了解しました、では……」


「あ……それと」


退室しようとすると八雲紫に呼び止められた。


「永遠亭の姫があなたに会いたがってるそうよ。暇な時にでも行ってあげなさい……」


永遠亭の姫が僕に何の用があって会いたがってるかは知らないが呼ばれてる以上、面倒だが会いにいかない訳にはいかない。



「はい。暇な時に」



□□□□□□



「やぁ、亮。愛弟子はいいのかい?」


にとりが冗談めかして言う。


「もう放っておいても大丈夫だ。紫さんから話は聞いた。現時点で分かっている情報を教えてくれ」

「はいはい」と言うとにとりはキーボードを叩き始め、モニターに情報が映し出された。


「これは?」


モニターに映し出された情報の数は驚く程少なかった。


「残念ながら分かってる情報はこれだけなんだ。今も情報収集は続けてるけどめぼしい物は無いね。こういう状況だから後手に回ってしまって、紫も作戦を立てるに立てられないらしいよ」



幻想郷中の反体制勢力が全て活動を停止した。はっきり言って異常な事態だ。そんな状況で情報が一つも入ってこないというのは非常にまずい。


これまで僕達は予防的な作戦で事が起こる前に面倒事の芽を摘んできた。


しかし今回は事が起きてから動く警察的な任務になるかもしれない。あまり好ましくは無い。事が起きるという事は犠牲が出るという事だ。


「本当に何も無いのか?些細な事でも良い、幻想郷中で何かしらの動きは無かったのか?」


「動きか………」


にとりはデスクに置いてあった飴を一つ口に含み天井を見た。



「関係無いかもしれないけど…………妖怪の山の大天狗の一人がクビになったらしいよ」


「クビ?何故?」


「んー、私も昔の同僚からの又聞きだから詳しくは知らないけど………なんか権力闘争の果てに敗れたらしいよ……」


椅子の上でくるくる回りながらにとりは「食べる?」と飴を出してきたが、タバコを見せ断った。


「で……その都落ちした大天狗サマはどうしたんだ?」


タバコに火をつけて聞く。


「さぁね……でも、まだ御山にいるんじゃない?他に行く宛なんて無いでしょ。どうでも良い役職に付けられてお払い箱って所だと思うよ」


「どこの世界でもある物だな」


「そうだね……生き物は争いを止められないからね」


にとりは飴を口の中で転がし、僕は紫煙を吐き出す。



「とりあえず僕も探ってみる。そっちも何か分かったら連絡してくれ」


耳に付けたインカムを指でとんとんと叩く。


「分かったよ。けど期待しないでね?」


手を振るにとりを背に彼女の自宅兼工房を出た。

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