弟子
[柄じゃない事ばかり……]
「最近、人里の子供に付きまとわれてるそうじゃない」
「そうですね……迷惑してますよ」
「あら……その割りには最もらしい事言ってたようだけど?」
「そうですかね?」
「そうよ」
自室で装備のメンテナンスをしていると八雲紫がスキマを開いてちょっかいを出してきた。何処から聞き付けたのか藍沢雫の事を話題にして邪魔してくる。
「父親を殺されて冷静さを欠いているだけですよ……それ取ってください」
「これかしら?」
「はい………どうも」
「じゃあ冷静さを取り戻しても弟子入りを志願してきたら?」
「ゾッとしますね。狂ってる」
八雲紫は扇子で口元を隠しながら笑った。
「一理あるわね………でもそれは昔のあなたも同じじゃないかしら?案外似た者同士なのかもしれないわね」
「…………違いますよ」
断じて違う。僕は冷静さを欠いてなかった。冷静に、粛々と、淡々と技術を身に付けていった。最初から理由と目的を持ってこちらに飛び込んだ。だから違う。
「そう………。それよりあの子、理由を見つけたみたいよ?聞いてあげたら?」
「やたらと藍沢雫の事、気にかけますね……珍しい事もある……」
「そんな日もあるでしょう……あの子墓地にいるわ、頼んだわよ?」
「頼んだって………」
文句を言おうとするとスキマが閉じた。スキマが閉じると同時に装備のメンテナンスも終わった。これを狙っていたのだろう。無言の圧力という物は苦手だ。
「はぁ………面倒くさい……」
コートを片手に部屋を出た。
人里の外れにある墓地。沢山の墓石とその下に眠る数多の骸。藍沢雫の父親もその仲間入りを果たした。
暫く墓地の中を歩くと少女が墓の前に突っ立っている姿が見えた。
「やぁ、お花供えても良いかな?後お線香も……」
「どうぞ……」
墓の前に突っ立っていた藍沢雫に許可を貰い、持ってきた花と線香を供え手を合わせる。
「いやぁ……人生の先輩からのアドバイス通りにお墓参りするなんて、中々素直なんだね」
「あなたに言われなくても近々行くつもりでした」
「あぁそう、まぁ関係無いから良いけど」
藍沢雫は眉間に皺を寄せながら墓石に刻まれた名を見ている。
「それで……何故ここに?」
「死者を悼む為に」
「嘘ですね」
「嘘じゃないよ」
「嘘です、あなたは人の死を悼むような人に見えません」
言い方はきついが半分は当たりだ。赤の他人の死を悼むなんて考えられない。藍沢雫の父親には悪いがどうでもいい。
「随分な物言いだね。八つ当たりなら他を当たってくれ」
藍沢雫に背を向け歩き出す。理由を聞く前に八つ当たりされてしまった、聞く気が起きない。今日の所は帰ろうと思っていたが
「私理由見つけたんです……」
背後から声がした。背を向けたままタバコに火を付ける。
「私……妖怪が憎かった。私のお母さんは私が小さい頃妖怪に殺された………今度はお父さんも………。私は昔から妖怪が嫌いだった………お母さんを殺した妖怪が嫌いだった。でもお父さんは妖怪も人間も分け隔てなく愛しなさいって……。お父さんは人里が好きで、人間が好きで、妖怪が好きだった。だから私がこのまま妖怪を憎み続けたら……きっとお父さん悲しむ。だから私強くなりたいんです、もう私みたいな人が出ないように、お父さんがしてたように人里を守れるようになりたいんです!!だから弟子にしてください!!お願いします!!」
きっとこの子なら大丈夫だろう。そう思った。憎しみに囚われ続けないで、この子は何かを守ろうとしている。
「僕の教える技術は守る為の物じゃない。命を奪う技術だ。それを君がどう使おうが僕の知った事じゃない。だけど、君は表から守る事が出来なくなるかもしれない。それでも良いの?」
「良いんです、決めた事ですから」
どうやら意志は堅いようだ。この子は今から茨の道を歩む事になるだろう。僕に弟子入りしてもしなくても険しい道のりを歩んでいかなければならない。それなら、険しい道を幾分か楽に歩ける方法ぐらいは教えてやっても構わないだろう。
「従僕」
「何かしら……主様」
僕が呼ぶとスキマから僕の式――風見幽香が現れた。
「お前の家でこの子を預かってくれ」
「話は聞いてたから良いわ……それにしても、あれだけ嫌がってたのに結局弟子にしたのね」
「弟子にしたつもりは無い。それと、お前の所である程度鍛えて置いて欲しい」
「分かったわ」
「え………あの、どういう?」
状況を飲み込めてないのか、藍沢雫が挙動不審な態度を取っている。
「お前は今から僕の式の所に行くんだよ。基礎的な訓練を受けて貰う。話はそれからだ」
「え………それじゃあ……」
「弟子を取ったつもりは無い。お前が自分の身と誰かを守れる程度の技術を教える。それだけだ。分かったらさっさと行きなよ」
「…………はい!!宜しくお願いします師匠!!」
「……………やめてくれ」
師匠とか呼ばれるのは柄じゃない。
こっちに来てからという物、柄じゃない事ばかりやっている気がする。




