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夢見の悪い幻想録  作者: ごまみりん
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新章です


[虐殺編]





晩秋。木枯らしが吹き、木々の葉は枯れ落ちて冬が間近に迫っている事を伝える。


こんな季節になると無性に温かい物が食べたくなるもので、人里を歩いていた僕は吸い寄せられるように一軒のうどん屋に入った。


「かけうどん一つ、大盛りで」


注文し席に座る。休暇を貰って外に戻って買ってきたコートを横の席に置く。


暫くタバコを吸いながら呆けていると、



「相席よろしいかな?」


「あぁ……岩井さん、どうぞ」


警備隊長が向かいに座った。


「最近は冷えますね……」


「そうだな……こんな日は温かい物が食いたくなる。佐山殿は何を頼んだのだ?」


「かけうどん、大盛り」


「そうか……親父!かけうどん、大盛り一つ」


警備隊長は大きな声で店主に注文しタバコを吸い始めた。


「禁煙中だった筈では?」


「吸わないとやってられなくてな……佐山殿も聞いただろう?先日の件は……」


「殉職者が出たそうで……」


「あぁ、一人……。慣れないものだよ……」


先日、人里内で発生した傷害事件の犯人の追跡中に隊員が一人殉職した。犯人は妖怪で喉を掻き切られたそうだ。犯人は拘束され地底送りになったらしい。


この殉職した隊員は警備隊長が随分と目をかけていたらしく、殉職の報せを聞いて警備隊長は酷く落ち込み、怒ったという。


目の前で禁煙中だったのにも関わらずタバコを吸って平静を保とうとしている男を見て僕は酷く彼が羨ましくなった。人の死に慣れてしまった僕は彼のように誰かの死を悼む事が出来るだろうか?愛してる人でも無ければ赤の他人の死を悼めるだろうか?きっと彼は優しいのだろう、僕には無い、人に無くてはならない物を持っている。欠陥してない人間。


うどんを無心に啜り、互いに無言で食事をする。


きっと八雲一家の誰かが死んでしまったら僕は酷く悲しむだろう。誰一人として死んで欲しく無い。でも厳紡や他の者が死んだ所で何も思わないだろう。その他大勢が幾ら死んでも何も響かないし何も感じない。





「ごちそうさまでした……」


うどんを食べ終えタバコに火を付ける。腹は満たされたし、体も暖まった。警備隊長も食べ終えたらしく何本目かのタバコに火を付ける。


小一時間程、世間話をしていた。嫁とケンカしたとか娘が反抗期とか、平和極まり無い話題。そんな毒にも藥にもならない話を聞き流していると



「佐山亮さんですか?」


声を掛けられた。テーブルの横には少女が立っていた。グレーのブレザーにプリーツスカート、シャツにリボン。外の制服の様な格好だった。歳は15か16ぐらいだろうか。艶のある黒髪のショートボブ。


「佐山亮さんですよね?」


「まぁ、そうだけど。君は?」


「雫………何でここに?」


警備隊長が少女に声を掛けた。どうやら少女の事を知っているらしい。


「おじさんには関係無い………、私は藍沢雫です。佐山亮さん、あなたにお願いがあります」


「何?」


「私をあなたの弟子にしてください」


「無理、さようなら」


テーブルに代金を置いて立ち上がる。


「待ってください!お願いします、弟子にしてください!!」


少女は僕の腕を掴んで引き止めようとする。


「いや、だから無理な物は無理だって」


「どうして無理なんですか!?私が女だからですか!?」


「別に女だからって訳じゃないよ。男でも取らない。弟子とか取らないし、教える事とか無いから。てかいきなり何?」


実際そうだ。弟子なんて受け付けた覚えも無いし、取る気も無い。そもそも教えられる事が一つも無い。


「警備部隊の人に聞きました。あなたは八雲一家の護衛なんですよね?噂も聞きました、紅魔館の吸血鬼の手足を切り落としたって………。私は強くなりたいんです、あなたのように強くなりたいんです!!」



「ダメだ。言っておくけど、僕は物凄く弱い。護衛も名ばかりの居候だよ。君が何の為に強くなりたいかは知らないけど弟子は取る気も無いし面倒だから取りたくも無い。岩井さん、知り合いならどうにかしてください……じゃあ」




後ろから呼び止める声がしたが無視して外に出る。コートを着て道を歩く。藍さんに頼まれていた買い物をしてから帰らなければならない。



「待ってよ!!」



後ろから面倒な声がした。振り返ると少女が息を切らしながら僕を睨んでる。



「私の……私の父さんは……妖怪に殺された……私の事を一人残して!!死んでいったの……。弱いから死んだの!妖怪に殺されて娘一人残して死んだのよッ!!」


往来を行く人達の視線が集まる。警備隊長が少女の元へ走ってきて泣き叫ぶ少女を宥める。



「藍沢雫だっけ?」


「……………え」



「良いことを教えてあげるよ。人生の先輩からのアドバイスだよ。君のお父さんは弱いから死んだ訳じゃない、死ぬべき時に死んだんだよ。強かろうが弱かろうが死ぬ時は死ぬんだよ。強さは関係無い。今の君が誰に弟子入りしようが強くはなれないよ。それだけ」



少女は警備隊長に詰め所へと連れられていく。人々の視線も元に戻り、往来には日常が戻っていく。


少女は強くはなれない。あんな目をしたまま技術を身に付けたらろくなことにはならない。あんな世の中の全てを憎みきった、いつかの誰かのような目をしていたら駄目だ。



「あ…………」


タバコを吸おうと思ったが空だった。どうやらうどん屋で全部吸ってしまったようだ。



「クソ………」


悪態をつきながら、僕は頼まれた油揚げを買う為に豆腐屋へと向かった。

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